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魔剣伝説
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「普通のゴーレムじゃない?」
「そうだ」
拾い上げた緑色に光る石を眺めながらアルグスさんは応える。
「普通ゴーレムっていうのはエンチャンターが近くにいない状態じゃ複雑な命令は遂行できない。それこそ『敵を殺せ』とか『門を守れ』くらいしかね」
確かに私もそれは知ってるけど、さっきのゴーレム、単純に襲い掛かってきただけじゃ?
「あのゴーレムは敵を目視しても、部屋に入ってきても、すぐには襲い掛かってこなかった。ドラーガが十分に近づくまで待って、多分本当は全員が室内に入るのを待ちたかったんだろうね。でも僕とクオスが絶対に室内に入ってこなかったから仕方なく諦めてドラーガを襲う事で僕達を部屋の中に誘き出そうとしていた」
「え? 単純に反応が遅かっただけじゃぁ……?」
「よく思い出してみて。僕を攻撃した時とドラーガを攻撃した時じゃあわざとらしいほどテイクバックの大きさが違ってただろう?」
言われてみれば。確かにドラーガさんに攻撃した時のテイクバックは大きかった。それこそ私が彼を助ける暇があったくらいに。あれはわざとだった?
「その後の戦いでも、大ぶりな攻撃が躱されると戦い方を修正していた。普通の遠隔自立ゴーレムにはあんな戦い方は出来ない。それに、ゴーレム以外にも不審な点がある」
もしかして、罠の事だろうか。アルグスさんは数歩歩いて、部屋の入り口から真っ暗な奈落の底を眺めながら呟く。
「この部屋の落とし穴、ゴーレムが何かしてるような素振りはなかった……操作したのは、一体誰だろうな……」
「どっちにしろ、今日の探索は中止した方がよさそうね……」
いつの間にか近づいてきたアンセさんがそう言う。なんとも消化不良だけど、私の処女冒険は何の成果も無しで終わりということか。
この言葉にアルグスさんも異論はなかったようで、体についたほこりを払って帰り支度を始める。
ゴーレムは、ダンジョンを守るのではなく冒険者をあの罠に嵌めるために十分に引き付けるのが役目だった。何のためにそんなことを? 考えながらとぼとぼとダンジョン内を歩いていると、私の肩をポンと叩く人がいた。ドラーガさんだ。
「そう考え込みすぎるな。初めての冒険にしちゃなかなかいい動きだったぜ?」
あんたは最悪だったよ。
「というかなんでドラーガさん部屋の中入っちゃったんですか。会話の通じなさそうな相手なら外に誘き出すって話でしたよね? 明らかに話の通じないゴーレムだったのに」
「人を見た目で判断するのは良くないな」
人じゃないんですけど。というかやっぱりゴーレムっていうことに気付いてなかった?
「確かに俺も『あれ~、なんかゴーレムっぽいなぁ~?』とは思ったさ。だがな、もしかしたらゴーレムっぽい見た目なだけで、ただの人間かもしれないだろう。実際俺はまな板っぽい見た目の回復術師と一緒に仕事してるしな」
誰の事だこのヤロウ。
「いやでも『ゴーレムっぽい』と思ったんならそれに従った判断を出すべきでしょう」
「人の身体的特徴をあげつらって偏見を持つのは良くないことだぞ」
何その心遣い。
納得いかない。納得いかないけど冒険初心者に十分マウント取って満足したのか、ドラーガさんは私の前を歩いていく。それと入れ替わりにまた私の肩を叩く人がいた。
振り向くとそこには眉間に皺を寄せたクオスさん。彼女はグイと肩を引っ張って私の歩みを止める。
「お前ホント調子乗んなよ?」
なんなの。
「さっきも言ってましたけど……私、何かしましたか?」
この際だ、もう直接聞こう。クオスさんは一体私の何が気に入らないのか。何に怒っているのか。それが分からなきゃ直すこともできない。命を預ける仲間だっていうのに。
「はぁ~、出た出た。『私またなんかやっちゃいましたか』ってか? 『普通にしてたつもりですけど』ってか?」
何なんだろう。本当に分からない。クオスさん以外は誰も何も言ってこないし。私の何がいけなかったんだろう。悲しくなって私は涙が滲んでしまった。
「涙は女の武器、ってか? そういうところよ。朝帰りするわ、寄り添って危ないところを助けるわ、初心者ってことを武器に彼に近づきやがって」
え? 『彼』ってまさか……
「今度私のドラーガさんに色目使ったらケツの穴に矢じり突っ込んで奥歯ガタガタいわすわよ。この泥棒猫が」
泥棒猫とかリアルで言う人初めて見た。っていうか『私のドラーガさん』?
「どっ、どういうことです!? クオスさんとドラーガさんって付き合ってるんですか!?」
「付き合ってはないけど、いずれは結ばれる運命よ!!」
ええ……? あの人のいったいどこが気に入って……? というかドラーガさんをパーティーから追放することにはクオスさんも賛成してるんじゃ?
「そりゃあドラーガさんが冒険者に向いてないのは私も分かってるわ。だから彼には冒険者からは足を洗ってもらって、家庭に入ってほしいのよ」
役割逆じゃないスかね?
「とにかく! ドラーガさんは渡さないわよ!」
いらないスけど。
ドン、と肩パンしてクオスさんは先を歩いて行った。
はぁ……なんか、どっと疲れた。
――――――――――――――――
当然ながら冒険は疲れる。
それが何も成果が無かったとなれば一層だ。
おまけに記念すべき処女冒険だったというのに。
私はメッツァトルのアジトで椅子に座ったまま大きくため息をついた。冒険から帰った日の夜。他のメンバーはリビングでお茶を飲んだり編み物をしたりと思い思いの時間を過ごしている。
アルグスさんが言うには冒険、特に明確な依頼じゃないダンジョンの探索なんかは十回潜って一度でもお宝に巡り合うことができれば上出来らしい。
ダンジョンを主戦場にしてるほとんどの冒険者は通常の依頼仕事で金を稼いで、その利益をダンジョン探索や未開の地の踏破につぎ込む、なんともロマン溢れる生活だそうだ。
探索だけで黒字を出しているのはAランク冒険者でもほんの1割ほど。Sランクでも一握り、それもよほど安定したスポンサーの支援がある人だけらしい。
「うちはスポンサーがいないからね。だからほとんどの内部が未踏破の、このムカフ島は魅力的なダンジョンなんだよ」
だ、そうだ。
まあある程度は予測した通り。冒険者なんてほとんどが、他で仕事の出来ないスネに傷持つ無頼漢か、よほど自分に自信のある人くらいだから。
斯くいう私も『回復術』の技能があれば冒険者なんかよりも町医者をした方がよほど実入りはいい。それでも冒険者を志望したのは、子供の頃から本で読んで知っていた、この地に伝わる物語、それをどうしても自分の目で確かめたかったからだ。
かつて竜人族と言われる種族が存在し、この地で人間と争っていた時に現れた、魔剣を所有する竜人の姫のおとぎ話。
300年近くも昔の話で正確には伝わっていないと言われているけれど、私の読んだ童話では、竜人の姫は慈悲深い美しい心の持ち主で、争いを収める効果のある魔剣『野風』を用いて戦を終わらせたが、それをよく思わない好戦派の人たちに嵌められて、火口投下刑にされてしまったという。
その姫はこのムカフ島のどこかに今もまだ眠っているのだと。魔剣と共に。いつかその魔剣がまた必要とされる時が来ると信じて待っているのだと。
最近ようやく本格的な探索の始まったムカフ島。自分の目でその美しい童話の伝説を確かめてみたい。その好奇心を押さえることができなかったから、ここに来た。
「そうだ」
拾い上げた緑色に光る石を眺めながらアルグスさんは応える。
「普通ゴーレムっていうのはエンチャンターが近くにいない状態じゃ複雑な命令は遂行できない。それこそ『敵を殺せ』とか『門を守れ』くらいしかね」
確かに私もそれは知ってるけど、さっきのゴーレム、単純に襲い掛かってきただけじゃ?
「あのゴーレムは敵を目視しても、部屋に入ってきても、すぐには襲い掛かってこなかった。ドラーガが十分に近づくまで待って、多分本当は全員が室内に入るのを待ちたかったんだろうね。でも僕とクオスが絶対に室内に入ってこなかったから仕方なく諦めてドラーガを襲う事で僕達を部屋の中に誘き出そうとしていた」
「え? 単純に反応が遅かっただけじゃぁ……?」
「よく思い出してみて。僕を攻撃した時とドラーガを攻撃した時じゃあわざとらしいほどテイクバックの大きさが違ってただろう?」
言われてみれば。確かにドラーガさんに攻撃した時のテイクバックは大きかった。それこそ私が彼を助ける暇があったくらいに。あれはわざとだった?
「その後の戦いでも、大ぶりな攻撃が躱されると戦い方を修正していた。普通の遠隔自立ゴーレムにはあんな戦い方は出来ない。それに、ゴーレム以外にも不審な点がある」
もしかして、罠の事だろうか。アルグスさんは数歩歩いて、部屋の入り口から真っ暗な奈落の底を眺めながら呟く。
「この部屋の落とし穴、ゴーレムが何かしてるような素振りはなかった……操作したのは、一体誰だろうな……」
「どっちにしろ、今日の探索は中止した方がよさそうね……」
いつの間にか近づいてきたアンセさんがそう言う。なんとも消化不良だけど、私の処女冒険は何の成果も無しで終わりということか。
この言葉にアルグスさんも異論はなかったようで、体についたほこりを払って帰り支度を始める。
ゴーレムは、ダンジョンを守るのではなく冒険者をあの罠に嵌めるために十分に引き付けるのが役目だった。何のためにそんなことを? 考えながらとぼとぼとダンジョン内を歩いていると、私の肩をポンと叩く人がいた。ドラーガさんだ。
「そう考え込みすぎるな。初めての冒険にしちゃなかなかいい動きだったぜ?」
あんたは最悪だったよ。
「というかなんでドラーガさん部屋の中入っちゃったんですか。会話の通じなさそうな相手なら外に誘き出すって話でしたよね? 明らかに話の通じないゴーレムだったのに」
「人を見た目で判断するのは良くないな」
人じゃないんですけど。というかやっぱりゴーレムっていうことに気付いてなかった?
「確かに俺も『あれ~、なんかゴーレムっぽいなぁ~?』とは思ったさ。だがな、もしかしたらゴーレムっぽい見た目なだけで、ただの人間かもしれないだろう。実際俺はまな板っぽい見た目の回復術師と一緒に仕事してるしな」
誰の事だこのヤロウ。
「いやでも『ゴーレムっぽい』と思ったんならそれに従った判断を出すべきでしょう」
「人の身体的特徴をあげつらって偏見を持つのは良くないことだぞ」
何その心遣い。
納得いかない。納得いかないけど冒険初心者に十分マウント取って満足したのか、ドラーガさんは私の前を歩いていく。それと入れ替わりにまた私の肩を叩く人がいた。
振り向くとそこには眉間に皺を寄せたクオスさん。彼女はグイと肩を引っ張って私の歩みを止める。
「お前ホント調子乗んなよ?」
なんなの。
「さっきも言ってましたけど……私、何かしましたか?」
この際だ、もう直接聞こう。クオスさんは一体私の何が気に入らないのか。何に怒っているのか。それが分からなきゃ直すこともできない。命を預ける仲間だっていうのに。
「はぁ~、出た出た。『私またなんかやっちゃいましたか』ってか? 『普通にしてたつもりですけど』ってか?」
何なんだろう。本当に分からない。クオスさん以外は誰も何も言ってこないし。私の何がいけなかったんだろう。悲しくなって私は涙が滲んでしまった。
「涙は女の武器、ってか? そういうところよ。朝帰りするわ、寄り添って危ないところを助けるわ、初心者ってことを武器に彼に近づきやがって」
え? 『彼』ってまさか……
「今度私のドラーガさんに色目使ったらケツの穴に矢じり突っ込んで奥歯ガタガタいわすわよ。この泥棒猫が」
泥棒猫とかリアルで言う人初めて見た。っていうか『私のドラーガさん』?
「どっ、どういうことです!? クオスさんとドラーガさんって付き合ってるんですか!?」
「付き合ってはないけど、いずれは結ばれる運命よ!!」
ええ……? あの人のいったいどこが気に入って……? というかドラーガさんをパーティーから追放することにはクオスさんも賛成してるんじゃ?
「そりゃあドラーガさんが冒険者に向いてないのは私も分かってるわ。だから彼には冒険者からは足を洗ってもらって、家庭に入ってほしいのよ」
役割逆じゃないスかね?
「とにかく! ドラーガさんは渡さないわよ!」
いらないスけど。
ドン、と肩パンしてクオスさんは先を歩いて行った。
はぁ……なんか、どっと疲れた。
――――――――――――――――
当然ながら冒険は疲れる。
それが何も成果が無かったとなれば一層だ。
おまけに記念すべき処女冒険だったというのに。
私はメッツァトルのアジトで椅子に座ったまま大きくため息をついた。冒険から帰った日の夜。他のメンバーはリビングでお茶を飲んだり編み物をしたりと思い思いの時間を過ごしている。
アルグスさんが言うには冒険、特に明確な依頼じゃないダンジョンの探索なんかは十回潜って一度でもお宝に巡り合うことができれば上出来らしい。
ダンジョンを主戦場にしてるほとんどの冒険者は通常の依頼仕事で金を稼いで、その利益をダンジョン探索や未開の地の踏破につぎ込む、なんともロマン溢れる生活だそうだ。
探索だけで黒字を出しているのはAランク冒険者でもほんの1割ほど。Sランクでも一握り、それもよほど安定したスポンサーの支援がある人だけらしい。
「うちはスポンサーがいないからね。だからほとんどの内部が未踏破の、このムカフ島は魅力的なダンジョンなんだよ」
だ、そうだ。
まあある程度は予測した通り。冒険者なんてほとんどが、他で仕事の出来ないスネに傷持つ無頼漢か、よほど自分に自信のある人くらいだから。
斯くいう私も『回復術』の技能があれば冒険者なんかよりも町医者をした方がよほど実入りはいい。それでも冒険者を志望したのは、子供の頃から本で読んで知っていた、この地に伝わる物語、それをどうしても自分の目で確かめたかったからだ。
かつて竜人族と言われる種族が存在し、この地で人間と争っていた時に現れた、魔剣を所有する竜人の姫のおとぎ話。
300年近くも昔の話で正確には伝わっていないと言われているけれど、私の読んだ童話では、竜人の姫は慈悲深い美しい心の持ち主で、争いを収める効果のある魔剣『野風』を用いて戦を終わらせたが、それをよく思わない好戦派の人たちに嵌められて、火口投下刑にされてしまったという。
その姫はこのムカフ島のどこかに今もまだ眠っているのだと。魔剣と共に。いつかその魔剣がまた必要とされる時が来ると信じて待っているのだと。
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