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初ダンジョン

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「よし、じゃあマッピを加えての初のダンジョンだ。気合入れていくぞ! トイレは大丈夫だね?」
 
 近所に用事で出かけるんじゃないんだからトイレが大丈夫かどうか聞くのもどうかと思うんだけど、私はこくりと頷く。まあ、近所に用事で出かけてそのまま遭難した人もいますし。
 
「まあ、マッピさんはいきなりドラーガさんと朝帰りしちゃうくらい緩いお股してるんで、しっかりトイレ済ませておかないといけませんからね」
 
 クオスさんが意図の読めない笑顔でそう話しかけてくる。天文館から戻ってきて以来、口調は相変わらずおっとりしてるんだけど、妙に当たりがキツイ気がする。
 
 結局朝帰りというか、あの後も道に迷いまくってアジトに帰ったのは三日後だった。まさか人生初のマッピングがダンジョンの中ではなくカルゴシアの町のど真ん中になるとは思いもよらなかった。
 
「あんまりいじめちゃだめよ、クオス。悪いのはぜーんぶドラーガなんだから」
 
 アンセさんがクオスさんに注意をすると、アルグスさんも申し訳なさそうに口を開く。
 
「いや、正直僕も甘く見てた。ギルドにお使いくらいなら問題ないだろうと思ってたのが認識が甘かったよ。せいぜいチンピラに絡まれるくらいだと思ってたのに……」
 
 いやチンピラにも絡まれましたけどね? 闇の幻影とかいうイタい人達に。
 
 それにしても今回の件、どうやらドラーガさんの『はじめてのおつかい』として私が付き合わされた面もあったらしい。どうもドラーガさんについては他のメンバーの人たちも『何ができて、何ができないのか』、手探りのところもあるみたい。
 
 そして今のところ『何もできない』という結論にたどり着きつつあるみたいだけれども。
 
 正直言って私も嫁入り前の女の子が男の人と一つ屋根の下で夜を過ごした、という事実にはかなり抵抗があるんだけど、アレについては『一つ屋根の下』と言っても、野営した簡易的な屋根の下だし、そもそも場所が町中の空き地だし、で自分の中でどうとらえたらいいのかがまだよく分かっていない。あれは一体本当に何だったんだろう。
 
 とはいえ、です。
 
 目の前にはぽっかりと口を開けたダンジョンの入り口。とうとう私も処女冒険に出ることになったんだ。
 
 入り江の町、カルゴシア。そのカルゴシアに通路のように細い陸続きの『ムカフ島』。『島』とは言われているものの、今の形としては半島になっているこの山は元々海に浮かぶ火山島で、きれいな円錐状の山がどの方向から見てもこちらに向かって見えるので「向カウ島」……『ムカフ島』と呼ばれるようになったらしい。
 
 元々この島にはモンスターの巣くうダンジョンがあることで知られていたけど、孤島であり、補給を受けにくいことからあまり攻略に乗り出す人はいなかった。ところが数年前にムカフ島火山の噴火でカルゴシアと陸続きになることで、パトロンのいない、あまりお金のない冒険者でも攻略に支障が無くなり、冒険者が殺到することとなった。
 
 まだまだ未知の領域が多く、島全体にダンジョンが広がっていることもあり、その全貌は杳として知れない。噂じゃ魔神デーモン級のモンスターも潜んでいるとか……
 
 私たちはカルゴシアと陸続きになっているムカフ島側の冒険者ギルド駐屯地で最後の補給をしてから既知のダンジョン入口の前に立つ。入口は現在三つほどが既知のものだけど、島全体にはもっとたくさんあるだろう、というのが有識者の見解だ。
 
 梁で補強された入口をくぐって、私たちは山肌のダンジョンにさっそく入り込む。先頭はクオスさん、次にアルグスさん、ドラーガさん、その後に私が続いて、最後尾がアンセさん。エルフであるクオスさんの聴覚はかなり敏感らしく、斥候として機能して、次にパーティー最強のアルグスさんが続き、殿しんがりを強力な魔法の使えるアンセさんが押さえる、という布陣だ。
 
 ドラーガさんは弱いし、迷子になられると困るので隊の中央。そしてダンジョン攻略の生命線ともなるマッパーはなんと私が勤めることになった。理由は名前が『マッピ』だから。大丈夫かな、このパーティー。
 
 少し……10メートルくらい進むともう日の光は届かなくなり、暗闇の世界になった。先頭付近のアルグスさんがカンテラに火をつけようとすると聖魔法の呪文の詠唱の声が聞こえた。
 
「光の慈母たる女神ヒルケよ、哀れな迷い子たちを導き給え、トーチ!」
 
 その瞬間、まばゆい光が私達を包み込んだりはしなかった。
 
まあ、どうだろ……明るい……? うん、何もないよりは大分明るい気がしないでもない。明るい明るい。すごいよ。猫だったら多分何の障害もなく歩き回れる明るさだと思う。私は人間だから無理だけど。
 
 魔法を使ったのはドラーガさんだった。聖属性の初級魔法。ダンジョンや建屋内で火の気のない明かりを出す魔法なんだけど、ドラーガさんの『指先の光』では全く周りが見えなかった。
 
「マッピ、トーチをお願いできる?」
 
 アルグスさんに促されて、私はマッピングをしながらもトーチの魔法を唱えて明かりを出現させる。正直言ってマッパーをドラーガさんと変わってほしいけれど、ほんの数日前の『あの体たらく』を見ていればお願いする気にはなれない。
 
 トーチの光があると言っても見えるのはほんの十メートル程度の距離。入り口付近はまだ前回のマップがあるとはいえ、先の見えないダンジョンはまるで大口を開ける地獄の獣のよう。
 
 初めての恐怖を他の人に悟られないように黙々とマップを確認しながら歩いていると先頭のクオスさんが立ち止まった。
 
「もう来たか?」
「うん……」
 
 アルグスさんの問いかけにクオスさんは短く答え、腰帯に差していた弓を踏んで足で整え、弦を張る。
 
 『来た』とはまさか……モンスター? 私がそう考えていると、クオスさんはそのまま矢を弓につがえて、そしてそのままの姿勢で小さな声で呪文を唱える。
 
「風の精霊シルフよ、我が尖兵たちをにっくきかたきの心の臓へと導き給え」
 
 一発、二発、三発と、クオスさんが弓を弾くと、その度に小さく「ギャッ」と声が聞こえた。クオスさんは何事もなかったかのようにさっさと弦を弓から外してまた歩き始めた。
 
 淡々とした作業。
 
 あまりにも静かな日常のような風景。それが思った通りこのダンジョンに入って最初の『戦闘』だったのだ、と私が理解したのは、数十メートルほど歩いてゴブリン三匹の死体を確認してからだった。
 
 まるで朝食のパンを千切るかのように、静かに行われた殺戮。
 
「す……凄い……」
 
 アルグスさんはゴブリンをちらりと一瞥し、何事もなかったかのようにそのまま歩き続ける。
 
 ゴブリン自身にも、彼らの持ちものにも一切気を払うことはない。彼らにとっては敵でも障害でもない。ゴブリンなど道に落ちている石を避けるのと同じなんだと、私は理解した。
 
「分かるか? これがS級のS級たる由縁だ」
 
超絶ドヤ顔のドラーガさんの笑み。
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