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最終章 ヤクザが来たでござる
統合失調症
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「エイヤレーレ、昨日の話の続きをしましょうか」
俺がそう言うと、それまで死にかけのサバのような目をしていた女王、エイヤレーレ陛下は顔を真っ赤に紅潮させて笑顔になった。
全てのピースが揃った感じだ。
二日前に来たばっかの勇者が他の予定すっ飛ばしていきなり陛下に謁見できるというのも少しおかしいとは思っていたが。
結論から言えば、陛下はここ数年健康上の理由からろくに公務をしていない。この国の政治的中枢は、宰相アグンをはじめとした高級官僚が全てを回し、他国の使者や貴族、豪商との謁見すら体調不良を理由に全て断っていた。
2年ほど前から幻聴や幻覚の症状に悩まされていた陛下の話し相手になるという事を俺が申し出ると宰相アグンは笑顔を見せ、二つ返事でこれを了承した。
彼女はおそらく統合失調症。魔王軍に常に監視されているという妄想に囚われて、心が疲弊しきっているのだ。
陛下の部屋に入る前、俺は再度アイツに話しかける。
「やっさん……聞こえますか、やっさん?」
『あぁ? なんやねんコルァ』
相変わらずの態度だが、もう俺は怯えない。
「聞きたいんですが、俺はこの世界でいったい何をすれば?」
『問題を解決せえ。こっちからはそんだけや』
いつも通りのいい加減な指示だが、しかしそうだ。『魔王を倒せ』でも『魔族を滅ぼせ』でもない。問題を解決すればいいんだ。この世界には統合失調症を抑える薬もないし、俺も治療方法は分からない。でも陛下の話し相手になって心を慰めることくらいはできるはずだ。
『ところでケンジコルァ』
だからコルァやめて。
『どこまで進んだ?』
え……見てないの? ベアリスは助言しない時も見守ってくれてはいたみたいなんだけど。リリースした魚に餌はやらないタイプか。というか急に『どこまで進んだ』とか聞かれてもどこから話したらいいものか。どこから見てないんだろう。
『迎えは来たんか?』
え、そこから? 4日も前じゃん。ていうか翻訳やって貰った時こっちの状況何も見ずにやってたって事?
『おいサブ! 通信の状態が悪ぃぞ!!』
『うス』
「あ、大丈夫です聞こえてます! 迎えも来たし、これから依頼主の話を聞いてきます!!」
何でもかんでもサブに振らないで。サブを殴っても通信状態は良くならないからね? サブは通信機じゃないし昭和の家電でもないんだから。
まあいい。やっさんの事は置いておこう。もうあの人に何か期待しても無駄だ。俺は目の前にあるドアをノックして、陛下の私室に入っていった。
――――――――――――――――
というわけで俺は陛下の話し相手を申し出たのだが。
まあこれが出るわ出るわ。妄想のオンパレード。やれ「家臣がみんな私の悪口を言っている」だとか、やれ「宰相は魔族が化けている」だとか。正直言ってどうするのが正しいのか。
一つ一つ理詰めで反論していった方がいいのか、それとも合わせた方がいいのか。
「見ろケンジ、窓のところに止まっている鳥を。あれは魔族が化けているスパイだ。ああやってずっと私を監視しているんだ」
十分三人は座れるサイズの大きいソファであるが、母親にしがみつく幼子のようにエイヤレーレは俺の腕に抱き着いたまま話す。
20代中盤から後半くらい、妙齢の婦人ではあるが、こんな不安そうな女性を突き放すなんて俺には出来ない。これがおっさんだったらはっ倒しておしまいだけど。
「サーチ」
できるかどうかはやってみないと分からなかったが、俺は手のひらを空中にかざし、エイヤレーレにも見えるように索敵画面を表示した。
「見て、エイヤレーレ。この画面の青い光点が味方、今は無いけど赤い光点が敵、緑は中立だ。窓のところは……ここ。鳥は緑色みたいだ。つまり魔族じゃあないね。安心して」
スッ……と左腕にかかってた荷重が抜けた。不思議に思ってエイヤレーレの方を見てみると、困惑の表情を見せていた。
「何その魔法……」
「え?」
何……と言われても、周囲を索敵して敵味方を判別する魔法だが……確かに俺以外の奴がこれを使ってるところは見たことないけど。
「敵味方ってどうやって判別してるの? って言うかそんなの分かるの? 途中で敵が裏切ったら赤から青に変わるの? それはどのタイミングで? ケンジが寝返りを知った時? それとも敵が心の中で寝返りを決めた時?」
「…………」
言われてみれば……これ、いったいどうやって判別してるんだ? 俺が相手の事一切知らなくても判別してるみたいだから、相手の気配? って言うかこの間の城壁近くにいた鳥と今窓にいる鳥で何か気配が違うとも思えないけど。
もっと単純に人間なら青、魔族なら赤、とか? あ、でもそう言えば前に人間を裏切って魔族側についた時はちゃんと光が反転してたな……
ん!? じゃあホントにどうやって判別してるんだ? ますますわからなくなってきた。俺は今までこんな訳の分からない物を頼りに敵味方を判別してたのか!?
もっと全然別物なのか? ……こう、殺気を頼りに……殺気? 殺気ってなんだ?
考えれば考えるほど分からなくなる。俺がしばらくそうして考え込んでいると、エイヤレーレが話しかけてきた。
「そんな魔法初めて見るんだけど、ケンジはその魔法、どうやって覚えたの?」
「どうやって、って……女神様から使えるようにしてもらって」
「女神?」
エイヤレーレの眉間に皺が寄る。
「女神って……あなたがさっき部屋の外で話してたのと関係あるの?」
ああ、さっきのやっさんとの話を聞かれてたのか。
「女神というか……中年男性の声に聞こえたけど」
んん!? やっさんの声が聞こえてたの!?
「その、戦争と商売の男神、ヤスシ神の使いだとは思っていたけれど……そもそもあなたはいったい何者なの?」
そう言えばフーリエン王家は巫女の家系とペカが言っていたような。……ん? じゃあそもそもエイヤレーレが統失ってのが俺の勘違いで、全部妄想じゃなくて本当の可能性もあるのか?
というかやっぱり統失とファンタジー世界観の親和性が高すぎて、どこまでが実際あった事でどこからが統失の妄想なのかが分からない! とりあえず……とりあえず聞かれたことに答えることにしよう。
「俺はさ、元の世界で死んじゃったんだけど、女神によって生き返らせてもらってさ。いろんな世界を渡り歩いて、勇者として世界を救う旅に出ててさ……」
エイヤレーレが身を引く。さっきまではあんなにベタベタひっついてたのに。
「その……落ち着いて、ケンジ」
なんだよ、その憐れむような眼は。
「非常に言いづらいことではあるけど、きっとね? ケンジの言っていることは、実際にあった事じゃないのよ……」
なんでそんな申し訳なさそうな表情をするんだよ。気遣うような態度をやめろよ!
俺の高ぶる気持ちを察してか、エイヤレーレは俺を優しく抱きしめた。
「大丈夫。私はあなたを決して見捨てたりしないから。きっと、きっと良くなるから!」
「何が良くなるんだよ! どこも悪くねーよ!!」
「大丈夫! 大丈夫だから!!」
「大丈夫じゃねーよ! ってか大丈夫だよ!!」
「あなたは……統合失調症なのよ」
俺がそう言うと、それまで死にかけのサバのような目をしていた女王、エイヤレーレ陛下は顔を真っ赤に紅潮させて笑顔になった。
全てのピースが揃った感じだ。
二日前に来たばっかの勇者が他の予定すっ飛ばしていきなり陛下に謁見できるというのも少しおかしいとは思っていたが。
結論から言えば、陛下はここ数年健康上の理由からろくに公務をしていない。この国の政治的中枢は、宰相アグンをはじめとした高級官僚が全てを回し、他国の使者や貴族、豪商との謁見すら体調不良を理由に全て断っていた。
2年ほど前から幻聴や幻覚の症状に悩まされていた陛下の話し相手になるという事を俺が申し出ると宰相アグンは笑顔を見せ、二つ返事でこれを了承した。
彼女はおそらく統合失調症。魔王軍に常に監視されているという妄想に囚われて、心が疲弊しきっているのだ。
陛下の部屋に入る前、俺は再度アイツに話しかける。
「やっさん……聞こえますか、やっさん?」
『あぁ? なんやねんコルァ』
相変わらずの態度だが、もう俺は怯えない。
「聞きたいんですが、俺はこの世界でいったい何をすれば?」
『問題を解決せえ。こっちからはそんだけや』
いつも通りのいい加減な指示だが、しかしそうだ。『魔王を倒せ』でも『魔族を滅ぼせ』でもない。問題を解決すればいいんだ。この世界には統合失調症を抑える薬もないし、俺も治療方法は分からない。でも陛下の話し相手になって心を慰めることくらいはできるはずだ。
『ところでケンジコルァ』
だからコルァやめて。
『どこまで進んだ?』
え……見てないの? ベアリスは助言しない時も見守ってくれてはいたみたいなんだけど。リリースした魚に餌はやらないタイプか。というか急に『どこまで進んだ』とか聞かれてもどこから話したらいいものか。どこから見てないんだろう。
『迎えは来たんか?』
え、そこから? 4日も前じゃん。ていうか翻訳やって貰った時こっちの状況何も見ずにやってたって事?
『おいサブ! 通信の状態が悪ぃぞ!!』
『うス』
「あ、大丈夫です聞こえてます! 迎えも来たし、これから依頼主の話を聞いてきます!!」
何でもかんでもサブに振らないで。サブを殴っても通信状態は良くならないからね? サブは通信機じゃないし昭和の家電でもないんだから。
まあいい。やっさんの事は置いておこう。もうあの人に何か期待しても無駄だ。俺は目の前にあるドアをノックして、陛下の私室に入っていった。
――――――――――――――――
というわけで俺は陛下の話し相手を申し出たのだが。
まあこれが出るわ出るわ。妄想のオンパレード。やれ「家臣がみんな私の悪口を言っている」だとか、やれ「宰相は魔族が化けている」だとか。正直言ってどうするのが正しいのか。
一つ一つ理詰めで反論していった方がいいのか、それとも合わせた方がいいのか。
「見ろケンジ、窓のところに止まっている鳥を。あれは魔族が化けているスパイだ。ああやってずっと私を監視しているんだ」
十分三人は座れるサイズの大きいソファであるが、母親にしがみつく幼子のようにエイヤレーレは俺の腕に抱き着いたまま話す。
20代中盤から後半くらい、妙齢の婦人ではあるが、こんな不安そうな女性を突き放すなんて俺には出来ない。これがおっさんだったらはっ倒しておしまいだけど。
「サーチ」
できるかどうかはやってみないと分からなかったが、俺は手のひらを空中にかざし、エイヤレーレにも見えるように索敵画面を表示した。
「見て、エイヤレーレ。この画面の青い光点が味方、今は無いけど赤い光点が敵、緑は中立だ。窓のところは……ここ。鳥は緑色みたいだ。つまり魔族じゃあないね。安心して」
スッ……と左腕にかかってた荷重が抜けた。不思議に思ってエイヤレーレの方を見てみると、困惑の表情を見せていた。
「何その魔法……」
「え?」
何……と言われても、周囲を索敵して敵味方を判別する魔法だが……確かに俺以外の奴がこれを使ってるところは見たことないけど。
「敵味方ってどうやって判別してるの? って言うかそんなの分かるの? 途中で敵が裏切ったら赤から青に変わるの? それはどのタイミングで? ケンジが寝返りを知った時? それとも敵が心の中で寝返りを決めた時?」
「…………」
言われてみれば……これ、いったいどうやって判別してるんだ? 俺が相手の事一切知らなくても判別してるみたいだから、相手の気配? って言うかこの間の城壁近くにいた鳥と今窓にいる鳥で何か気配が違うとも思えないけど。
もっと単純に人間なら青、魔族なら赤、とか? あ、でもそう言えば前に人間を裏切って魔族側についた時はちゃんと光が反転してたな……
ん!? じゃあホントにどうやって判別してるんだ? ますますわからなくなってきた。俺は今までこんな訳の分からない物を頼りに敵味方を判別してたのか!?
もっと全然別物なのか? ……こう、殺気を頼りに……殺気? 殺気ってなんだ?
考えれば考えるほど分からなくなる。俺がしばらくそうして考え込んでいると、エイヤレーレが話しかけてきた。
「そんな魔法初めて見るんだけど、ケンジはその魔法、どうやって覚えたの?」
「どうやって、って……女神様から使えるようにしてもらって」
「女神?」
エイヤレーレの眉間に皺が寄る。
「女神って……あなたがさっき部屋の外で話してたのと関係あるの?」
ああ、さっきのやっさんとの話を聞かれてたのか。
「女神というか……中年男性の声に聞こえたけど」
んん!? やっさんの声が聞こえてたの!?
「その、戦争と商売の男神、ヤスシ神の使いだとは思っていたけれど……そもそもあなたはいったい何者なの?」
そう言えばフーリエン王家は巫女の家系とペカが言っていたような。……ん? じゃあそもそもエイヤレーレが統失ってのが俺の勘違いで、全部妄想じゃなくて本当の可能性もあるのか?
というかやっぱり統失とファンタジー世界観の親和性が高すぎて、どこまでが実際あった事でどこからが統失の妄想なのかが分からない! とりあえず……とりあえず聞かれたことに答えることにしよう。
「俺はさ、元の世界で死んじゃったんだけど、女神によって生き返らせてもらってさ。いろんな世界を渡り歩いて、勇者として世界を救う旅に出ててさ……」
エイヤレーレが身を引く。さっきまではあんなにベタベタひっついてたのに。
「その……落ち着いて、ケンジ」
なんだよ、その憐れむような眼は。
「非常に言いづらいことではあるけど、きっとね? ケンジの言っていることは、実際にあった事じゃないのよ……」
なんでそんな申し訳なさそうな表情をするんだよ。気遣うような態度をやめろよ!
俺の高ぶる気持ちを察してか、エイヤレーレは俺を優しく抱きしめた。
「大丈夫。私はあなたを決して見捨てたりしないから。きっと、きっと良くなるから!」
「何が良くなるんだよ! どこも悪くねーよ!!」
「大丈夫! 大丈夫だから!!」
「大丈夫じゃねーよ! ってか大丈夫だよ!!」
「あなたは……統合失調症なのよ」
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