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美優の場合 2

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太郎が師匠と呼ぶ、あやふやな黒き存在。

実体を感じる事は出来ないから、あやふやな存在。
黒い煙のようなドス黒い存在だ。

彼が、『師匠』と呼ぶ黒き存在との出会いはセンセーショナルだった。

あれは太郎が、30歳を迎えた日のことだ。

彼は一人暮らしをしていた。
この汚部屋が彼の城だ。
食べ物やお菓子の食いカスや、雑誌やゲームソフトが散らばっていた。
山積みになっていないのが救いだが、いずれ足の踏み場が無い状態になるのだろうなと予感させる。


家賃は3万とアパートの外見からしたら破格の値段だ。
この部屋は、『出る』と言われているお得な部屋だ。
既に何人か不慮の死を迎えた者がいると不動産屋から指摘されていた。
懐具合の悪い太郎からすれば、渡りに船の家賃の安さだった。

ブラック企業で壊れるまで扱き使われ体調を崩して解雇された。
この頃の太郎は心を壊し満足に外にも出られない状態であり、親兄弟などの身寄りのない身としては逃げるようにこの部屋に転がり込んだ。

”確かに何か気配がする”

心の具合から、幻聴や幻覚が見え始め『お薬』をもらっていた。
太郎は、ぶつぶつと誰かに話しかける日々が始まった。


彼は、夕方に目が覚め遅い朝食を食べる。
彼の食事は、大半がカップラーメンで栄養バランスとは無縁の生活をしていた。
将来、彼の身体が壊れるのは容易に予測出来るが、心が壊れかけている状態でまさに心身共にクラッシュする日を待っている状態だった。

なけなしの貯金を溶かしつつ無意味な日々が続いていた。
生きているのか、死んでいるのか分からない日々。

ある時、洗面台の鏡の前で呟いた。

「俺は、賢者になってしまった。」
太郎は、自分の年齢を自嘲気味に笑う。
「童貞道を極め30年修行を積むとなれる、エリート職業だ。今までに、泣かせたエロゲーのヒロインは、数知れず。」

鏡の前に項垂れる男の姿にため息が出た。

「賢者かぁ…」
ボサボサの髪をかきあげる。白いものが混じり出していた。

”ふーん、君面白いね。”
太郎の耳に覚えのない声が聞こえた。

振り返る…散らかっている床から、黒い煙の様な塊がゆらゆらと揺らめいてた。

”山田太郎君だっけ?”

「え?」

黒きあやふやな何かが、自分の名前を知っている事に絶句する。

「何?この生き物?」
声に出したつもりだが、声になったか分からない。
ゆらゆら揺らめいている何かが見えるが…果たして生き物なのか。
そんな生き物がいるはずがないと彼の常識が否定する。

「僕は天使サリエル」
揺らめいていた蜃気楼の様な何かが、形づいていく。背丈は膝頭ほどだろうか。
第一印象は目が大きい、拳ほどあろうか。
二頭身のあやふや何かが彼を見つめる。
大きな口がニヤリと笑った。

”天使?”

太郎は、天使と名乗るこの何かが天使ではないと思った。
見た印象を率直に述べれば、

”どう見ても、『悪魔』じゃないのか?”
そう思ったと同時に天使は声に出した。

「君の魂を」

ボッと空気が揺らめいた。正確には空間が揺らめく、炎の様な青白い何が揺らめくと天使が笑う。

「その魂、貰いに来たぁ!!」

天使は短い両手を振り上げる…瞬きした次の瞬間には天使が大鎌振り上げ自分に向かって振り落とそうしていた。
何がなんだが分からない状況下で、次の瞬きの瞬間に鈍痛が全身を貫いた。

ザグっ!

体内をブチブチと突き刺さる衝撃が走り、鈍痛がそれを追いかけて体内で暴れ出す。

「グァ!」

太郎は、あまりの痛さに両膝をつき倒れる。
どん、どんと床に叩きつけられる太郎。
突き刺さっていた大鎌が引き抜かれる…ぴゅうーーと人間の身体から発する音とは思えないがドバドバと溢れ出す。
だが、それが血なのかどうか分からなかった。
赤くもないし、どす黒くもない…どちらかと言うと青白く光っている様なものだったからだ。脂分が光の反射で虹色に煌めいている様に見える。

大鎌を抱える天使は…怪訝そうに呻いた。

「あれ?魂が取れないよ?」

ザグっ!
躊躇いもなく再び振り下ろす。

グァ!
太郎は声を上げる。
全身を貫く鈍痛に悲鳴を上げる。耳の奥がグワングワンと鳴り響き、差し込まれている様な圧迫感に神経が壊れていく。

もしかしたら、夢なのかもと考えるが、この痛みが妄想だとは思えない。
掠れる瞳に照らされるのは、首を傾げる自称天使。

「なんで?」

天使はブツブツ独り言を零し始める。

「えぇ?ダンプでマグロにしないとダメなタイプ?」

大鎌を振り回しながら、倒れ込んだ太郎の周りを歩き出す自称天使。

「マグロなんて…グロぉーーい」

自称天使は、モンクの叫びの様に自分のしでかした事よりも、太郎をマグロにする事の顛末を気にしていた。

その様に、鈍痛で体を動かせず最後の時を待つばかりの太郎がぼやいた。

”『悪魔』の間違いだろ?”

ジロリ、自称天使が太郎の心の叫びを聞き取ったのか、顎に手をやり一旦考え込む。

パチンと指を鳴らした。
指がある様に見えないが…まるで○えもんのマジックハンドの様な手をした自称天使。

ニヤリと笑いかけてくる。

「よし、決めた!喜べ、人間!」
自称天使が一人話を進める様に、太郎は思うのだ。

”何言ってやがる…この状況で何を喜ぶんだ?”

自分の血?の海に沈んでいる事切れる前の肉の塊に天使が耳元で楽しげに声をかける。

「お前の魂を対価に、契約してやるよ!」
言うや否や、キャッキャっと天使は倒れた血塗れ?の太郎の身体の上で踊り出していた。

太郎は意識の落ちる瞬間にぼやいだのは。

”死神じゃねぇーか!”



太郎は、目が覚めた日から天使サリエルを師匠と崇め、魔導の深淵に達する為日夜修行に励む様になった。
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