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第三部 女王様の禁じられたよろこび

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 さらに私は腹に力を込め、部屋の隅まで届けと声を張り上げた。

「真朋揚三!」

 漬物石がピクリと震えた。よく見ると、乱れた呼吸で背中がかすかに上下している。私が何の呪文を唱えたわけでもないのに、石に生命が宿ったということだろうか?
 驚くのはまだ早かった。その漬物石から、声が発せられたのだ。

「あの……わたくしが」
「え?」
「わたくしが、その、真朋揚三で」
「……何か聞こえたような気がするんだけど」
「私が、真朋揚三でございます」

 何という神秘! 糠漬けの上に乗って野菜を圧搾するしか役に立たぬデカい石が言葉を発したのか? しかし私は、良識を備え臣民の支持を集める者として、石が口をきくなどという与太話を認めるわけにはいかない、絶対に!

「そこにいるお前」
「はいっ!」
「今、言葉を発したのはお前か?」
「はいわたくしです!」

 私は鞭を手に立ち上がる。世の中にはあってはならないことがある。どれほど世界に非常識が溢れようとも、支配者たる者は王国における決まりごとを明確にしなくてはならない!

「お前は漬物石じゃないか」
「つ……漬物?」
「私が捜してるのはブタなんだよ。確かにお前は、石ころのくせに臭いニオイを振り撒いてるが、漬物石は糠漬けの上に乗っかってるものだろ?」

 少し間を置いた。必要な休符を数えて、再び声を張り上げる。

「糠味噌臭くなるならともかく、ブタ小屋のニオイがするのはなぜだ? お前、漬物石はお役御免になってブタ小屋に放置されてたとでもいうのか?」
「その通りでございます!」
「漬物石の役にも立たぬお前が、女王たる私の視界に入っている? それはどういうことだ?」
「意図せざる次第とは申せ、まことに申し訳無く」

 最後まで言わせぬうちに、力の限り鞭を床に振り下ろした。

「『意図せざる』だと! もういっぺん言ってみろこの腐れ石が!」
「お許しください!」

 私はその、デカいだけで何の役にも立たぬ石を見下ろす。ブタ小屋のニオイを放つ石ころの分際で、「意図せざる次第」などと、いっぱしの人間気取りな言葉を発したのだ。こんなことが許されて良いのだろうか。

 ゆっくりと、辛抱強く私は言い含めた。

「私には理解できない。漬物石のくせになぜ、そうやって人間の言葉を語りたがる? 漬物石の存在理由は重みだけだ。蓋の上に乗って糠に漬けられた野菜を圧搾する、それ以外にはない、いや、あってはならない。そうだろう?」

 説諭は通じたらしく、漬物石は物音を発しなくなった。これで良い。無機物は無機物として然るべき姿に立ち返り、私は危ういところで、世界がカオスの中へ融解するのを防いだのだ。
 そして、石には石の属性というものがある。「転がる石に苔は生えない」という警句でも知られるあれだ。ただ、その属性を発動させるには特別な呪法を用いなければならない。

「そもそもお前は、なぜそんなところに鎮座している? そこを漬物桶の蓋の上だとでも思ってるのか!」

 私はウォーターベッド上の、石ころがうずくまっているすぐ横に鞭を振り下ろした。水を吸った布団を打つような音がして、漬物石が激しく痙攣する。

「さっさと下りろ! いいか、石らしく転がって下りるんだぞ。汚らしい何かを出したり動かしたりしたらブタ小屋に千年放置してやるからな!」

 漬物石は器用に転がって、ベッドの下に落ちた! よろしい、だてに川で揉まれて角が取れたわけじゃないのね、やればできるじゃないの!

 でも、この漬物石は冷たいコンクリートの上に相変わらず同じ格好で静止している。そうやって私にどれだけ背骨や肩甲骨の陰翳を見せつけようとも、キョウの背中の美しさには比べるべくもない。ただ、たるんだ皮膚やあちこちに浮き出ているシミなど、ジジイなりの歳月がそこに刻まれていて、それが癪に障った。

 お前。今までのくだらない人生で、これまたくだらない女に、いい気になってその背中を見せつけたことがあったのかい? 「綺麗だ」と言ってもらおうとしたのかい? この薄のろが!

 そんなお前を、私は決して許しはしない。



 さて。師匠でさえ舌を巻いた、私の責め言葉の妙を存分に味わってもらおうか。

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