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第三部 女王様の禁じられたよろこび

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 奴隷としての奉仕を終え、私は帰宅用に多岐沢が手配したハイヤーに一人で乗った。

 ホテルへ着てきた衣服は没収され、今は多岐沢が私のために買ったという黒のイブニングドレスを着ている。その下には何もつけていない。どうせこのまま私にあてがわれた初台のマンションに直行するのだから、別に寒いとも感じない。ドレスの下の素っ裸を運転手に悟られていようがどうでもいい。

 この日渡された緊急避妊薬「レレレボ2×××」は秋に発売予定のリニューアル版で、1回の服用量をこれまでの3錠から2錠に抑えたのだという。……何を考えてるんだろう。在庫を増やすだけにならないといいのだが。いずれにしてもバッグに入っているこれは、いつもと同じように家に帰ってから捨てるつもりだ。

 ジジイの精子で私は孕んだりなどしない。私の胎はその種のものに対して原理的に閉じられている。


 間もなく午前1時。ハイヤーの後部座席で私は、帰り際に多岐沢から渡された6日後の特命に関する資料を読んでいた。

 相手の男は株式会社バビロン製薬の常務取締役、真朋揚三まとも・ようぞう。63歳。野平より二つ上のジジイ。一男二女があり、一番上の娘は結婚していて4歳の孫(男)がいる。長女の結婚相手は大手商社の課長。長男は東大卒の厚生労働省事務官僚で今は課長補佐(そういえば多岐沢の娘婿も厚労省だった)。ちなみに30歳独身。ふーん。どんな面をしてるか知らないが、普通の女ならこの長男の相手をしたいところだろう。

 ジジイは現在、妻と大学生の二女の3人暮らし。黒毛のチワワを飼っている。その前はミニチュアダックスだった。犬の散歩は誰がするんだろう? このジジイが出勤前に自分でするのか? 多分そうに違いない。

 別のペーパーにはバビロン製薬の沿革とここ2年間の業績。会社のサイトでIR情報にも目を通しておくようにと注意書きがしてあった。一般用医薬品の製造販売をメインとするフタツ星に対して、この会社は医療用医薬品と新薬開発が専門だ。そういう会社の常務をもてなす狙いというのは……いや、これ以上の詮索はやめておこう。鞭を振るいながら責め言葉に交えるファクトではない。一応頭には入れておけということだろう。

 そして、ターゲットの正面写真が一葉。ひと目見て気が滅入った。


 
 ジジイとしては多岐沢のタイプに分類される、ことさら「オジサマ」を気取りたがる手合いという印象。うう……。この手の一番苦手な奴が奴隷として私の足元に這いつくばるのか。これは当日までにしっかり自分を仕上げておかないと。

 車は既に甲州街道に入っていた。窓の外では、新宿副都心の高層ビル群が闇の中に輪郭を浮かび上がらせ、航空障害灯を点滅させている。
 もうじき私の家、社が月80万円の家賃を全額負担している2LDKのデザイナーズマンションに着く。これは、正式に入社するまでという期限付きで私にあてがわれた巣箱だ。そう、私は期間限定の「囲いもの」。営業本部長直属の「特命従業員」という、社の内部留保によって狂い咲く束の間の徒花あだばななのだ。


「君の働きは高く評価している」

 ホテルの部屋を出る時、多岐沢は真顔になって言った。

「あと3回、頑張ってくれないか。それで君の特命は終わりにしようと思う。こんな心身に負荷のかかる仕事をいつまでも続けさせたくない」
「いいえ、お役に立てるのなら、私はいつでも」
「まぁそう言うな。特命が終わった後に君の内定がぐらつくわけじゃない。それは安心してもらっていい」
「……ありがとうございます」
「卒業まで、君も勉学の方が大変だろうからな。今の住まいは来年の入社まで社が負担するし、身分もそのままだ。さすがに固定給に移行するわけにはいかんが、収入面で必要が生じたらいつでも言ってくれ。何かデスクワークを用意させる」
「本当にいろいろとご配慮いただいてますのに、至らないばかりで」
「何を言ってる。遠慮は無用だ」

 そつのないように受け答えをしているが、いつまでも会社に利用されている気はない。昨年中に私は行政書士の資格を取った。そして、来春の卒業までに公認会計士試験にパスするつもりでいる。政令で定められた2年間の財務実務をこなして会計士の資格を得れば、この会社にもう用はない。


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