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INTERMISSION

妖狐

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 葦の茂みを掻き分け、わたしは走った。

 目の前の葦の原は、いつまでも、どこまでも続いている。

 まるで「永遠」みたいに。


 顔を上げれば、丈の高い穂の隙間に空が青い。

 足元から立ちのぼるむせ返るような草と泥の匂い。


 あの人が追ってくる。


 勢子を従えて、狐を殺せと叫んでいる。


 わたしはちっとも恐れていない。いつもと同じことをしてるんだから。


 彼が追い、わたしが逃げる。彼が追い付いたら、いつものように思いっきり、彼の望むようにしてあげる。

 わたしのかわいいあの人。

 

 足がもつれ、太い葦の茎に寄りかかるように倒れ込んだ。

 背中には手綱を絞られる馬の嘶き。あの人が追い付いた。勢子たちも馬を止めた。葦に背中を預けて、わたしは振り返る。

 照りつける太陽を背に、あの人の顔が暗い。

 弓に矢をつがえ、こちらに向けている姿はひどく不格好だ。


 さあ早く、その矢をわたしに。

 わたしの身体にたわむれる時と同じように、それを。

 その矢を受けて、わたしは永遠になる。あんたにとっても、あんたを取り巻くすべての者たちにとっても。

 あやかしの狐であるわたしを、貴人であるあんたが誅殺する。それで何もかも、あるべきところへ納まって、千年も万年も揺るがないものになる。


 どうしたの?

 なぜ矢を下に向けてしまうの?

 その悲しそうな顔はどうしたの。


 いつもと同じだよ。あんたに逢えてわたしは、ずっと幸せだったし、今だって幸せだよ。

 あんたは都で出世する。どこまでも、どこまでも大きくなる。それでいいんだ、大きくおなり。だからこそ、狐であるわたしは今、ここで死ぬ。

 それとも? 勢子に獲物を譲ってかまわないの?


 好きなようにすればいい。

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