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2 移り来たる者たち
如鬼神(SHIKIGAMI)
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座光寺家は「如鬼神」という使い魔を無数に従え、滅霊の儀式で使役している。
俺は14歳の時、「婢鬼」と「嫋鬼」の2体を親父から譲られた。当初からどちらも若い美女の姿をしていたが、俺はさらに自分好みの仕様に作り変えた。
婢鬼は露出度マックスの超薄手羽衣にグラマラスな肉体を包んだエキゾチックな風貌で、俺を「若君様」と呼び無条件に隷従するというキャラ。かたや嫋鬼は、俺を主人と敬うどころか徹底的に下僕扱いする超絶高飛車お嬢であり、しかも腹黒い。SとMの両刀嗜好をそのまま反映させたんだろう、と言われれば返す言葉もない。が、すべては俺のパフォーマンスを最高度に実現するための設定だ。部外者に文句を言われる筋合いはない。
窓の外のシャッターを下ろしてカーテンも閉め、自室を完全な闇にしてから、マッチを擦って2本の燈明を灯す。1.5メートル間隔で置いた燈明の間に、八葉蓮華を描いた筵を敷いて結跏趺坐し、声低く召喚の呪法を唱えること約3分。湯を注いだカップ麺に箸をつけてもよさそうな頃、蝋燭に照らされて橙色に染まるフローリング上に、なまめかしい女人が両手を前へ思いきり伸ばして拝跪するかたちが浮かび上がる。
「若様。お久しゅうございます」
囁くような女人の言葉は、彼女の頭上に、薄緑色のおぼろな光を帯びた横書きの日本語の文字となって浮かび上がった。文字の帯はやがて、蛇さながらに身をうねらせ自在に宙を舞う。要するに聴覚に難がある人にもメッセージが伝わる仕様である。
自分の言葉を幻影のテロップとして空中に出現させるのは、婢鬼のどうでもいい芸の一つだ。「……お久しゅうございます」はつかのま宙を漂ってから、俺の視界を左から右へと流れて消えた。
拝跪の姿勢を崩さない彼女の背中。その肩甲骨の下の陰翳、脇の下から胸部、腰へと流れる見事なラインを目にした男は、憑かれるままにそれに触れようとするだろう。電車内で生身の女性相手に実行したなら生涯を棒に振る行為だ。婢鬼の肢体は、男にそうさせずにはおかない妖しい吸引力を全方位に発散している。だが、伸ばした手は空しく宙を掴み、煽られた欲望は行き場を失うしかない。
彼女は「如鬼神」なのだから。
無言のまま、婢鬼は微動だにしない。俺も「面を上げよ」などと早々に許したりしない。代わりに、おごそかにこう宣告するのだ。
「相変わらず、精進が足りぬようだな」
「申し訳ござりませぬ!」
麗しい肢体に震えが走り、絞り出すような、苦悶を帯びた声が発せられる。同時に、「申し訳ござりませぬ!」と「!」まで付いた鮮紅色のテロップが宙に現れ、痙攣を伴って狂おしげに舞い踊る。俺は16歳男子なりの言葉責めで劣情のボルテージを上げているだけなのだが、婢鬼は抗う立場にない。
「我にはひと目で分かる。わが目の届かぬところで爾がどのように過ごしていたか。おのが懈怠に身を任せ、けしからぬ快楽をほしいままにしておったのであろうが」
「お……仰せの通り!」
「どのように償いをいたすか」
「若様の望むままに」
「口先で言い逃れようとするでない!」
稲妻に打たれたかのように、薄衣をまとった女身がびくりと震える。ここでようやく俺は「面を上げてよい」と許しを与える。
投げ出された女の両手がゆっくりと引き寄せられ、乱れた黒髪の中の顔が持ち上げられていく。燈明に照らされ浮かび上がるのは、東西文化の粋が結晶した女神像の顔。インドと西アジアの血塗られた歴史に洗われ磨き抜かれたその褐色の美貌から、畏敬と尊崇の思いに満ちた眼差しが俺に向けられる。
西域の破壊神が気の遠くなるような流転の末、はるか極東の弓状列島に打ち上げられた成れの果て。それが婢鬼だ。
「我のためにいかがわしい快楽を忘れ、粉骨して働くか。爾」
「若様の御為とあらば、この身が塵となり無量無辺恒河沙の世界をさまよいし後にも、お尽くし申す所存にござりまする」
「柄にもなく殊勝なことを。ならばなぜ、確と我を『若君様』と呼ばぬ!」
「お許しくだされませ!」
見開かれた婢鬼の両目に、驚愕と悔恨の電撃が走った。棍棒で叩き伏せられたかのように両手を投げ出し、五体投地の姿勢に戻る。俺は威厳を込めて宣告した。
「良いか。我は二度と、『若様』などとは聞く耳を持たぬ」
「お言葉、肝に銘じまする」
平伏したまま俺の言葉を待ち焦がれる婢鬼の背中に、3秒ほどの間を置いて告げる。
「明日の晩、我は大掛かりな祭儀を執り行う。爾も粉骨して働かねばならぬのだ。我が呼び出すまで、確と心を改めておくのだぞ」
「承知仕りました」
「今は以上である」
滅霊師見習い・座光寺信光の奴隷である元破壊神の輪郭は次第にあやふやとなっていく。その姿が薄明かりの中に没して消えたのを見届けてから、俺は締めくくりのマントラを誦し、異界とこの世を繋ぐ道を塞いだ。
結跏趺坐を解いていったん正座の形に移り、一呼吸の後に立ち上がって部屋の明かりを付け、燈明を消す。嫋鬼を召喚するのは明日の儀式開始の直前でいい。彼女を呼び出す……いやお迎えさせていただくのには心構えと体力が必要だ。俺は早めにベッドに入って、すぐ眠りに落ちた。
俺は14歳の時、「婢鬼」と「嫋鬼」の2体を親父から譲られた。当初からどちらも若い美女の姿をしていたが、俺はさらに自分好みの仕様に作り変えた。
婢鬼は露出度マックスの超薄手羽衣にグラマラスな肉体を包んだエキゾチックな風貌で、俺を「若君様」と呼び無条件に隷従するというキャラ。かたや嫋鬼は、俺を主人と敬うどころか徹底的に下僕扱いする超絶高飛車お嬢であり、しかも腹黒い。SとMの両刀嗜好をそのまま反映させたんだろう、と言われれば返す言葉もない。が、すべては俺のパフォーマンスを最高度に実現するための設定だ。部外者に文句を言われる筋合いはない。
窓の外のシャッターを下ろしてカーテンも閉め、自室を完全な闇にしてから、マッチを擦って2本の燈明を灯す。1.5メートル間隔で置いた燈明の間に、八葉蓮華を描いた筵を敷いて結跏趺坐し、声低く召喚の呪法を唱えること約3分。湯を注いだカップ麺に箸をつけてもよさそうな頃、蝋燭に照らされて橙色に染まるフローリング上に、なまめかしい女人が両手を前へ思いきり伸ばして拝跪するかたちが浮かび上がる。
「若様。お久しゅうございます」
囁くような女人の言葉は、彼女の頭上に、薄緑色のおぼろな光を帯びた横書きの日本語の文字となって浮かび上がった。文字の帯はやがて、蛇さながらに身をうねらせ自在に宙を舞う。要するに聴覚に難がある人にもメッセージが伝わる仕様である。
自分の言葉を幻影のテロップとして空中に出現させるのは、婢鬼のどうでもいい芸の一つだ。「……お久しゅうございます」はつかのま宙を漂ってから、俺の視界を左から右へと流れて消えた。
拝跪の姿勢を崩さない彼女の背中。その肩甲骨の下の陰翳、脇の下から胸部、腰へと流れる見事なラインを目にした男は、憑かれるままにそれに触れようとするだろう。電車内で生身の女性相手に実行したなら生涯を棒に振る行為だ。婢鬼の肢体は、男にそうさせずにはおかない妖しい吸引力を全方位に発散している。だが、伸ばした手は空しく宙を掴み、煽られた欲望は行き場を失うしかない。
彼女は「如鬼神」なのだから。
無言のまま、婢鬼は微動だにしない。俺も「面を上げよ」などと早々に許したりしない。代わりに、おごそかにこう宣告するのだ。
「相変わらず、精進が足りぬようだな」
「申し訳ござりませぬ!」
麗しい肢体に震えが走り、絞り出すような、苦悶を帯びた声が発せられる。同時に、「申し訳ござりませぬ!」と「!」まで付いた鮮紅色のテロップが宙に現れ、痙攣を伴って狂おしげに舞い踊る。俺は16歳男子なりの言葉責めで劣情のボルテージを上げているだけなのだが、婢鬼は抗う立場にない。
「我にはひと目で分かる。わが目の届かぬところで爾がどのように過ごしていたか。おのが懈怠に身を任せ、けしからぬ快楽をほしいままにしておったのであろうが」
「お……仰せの通り!」
「どのように償いをいたすか」
「若様の望むままに」
「口先で言い逃れようとするでない!」
稲妻に打たれたかのように、薄衣をまとった女身がびくりと震える。ここでようやく俺は「面を上げてよい」と許しを与える。
投げ出された女の両手がゆっくりと引き寄せられ、乱れた黒髪の中の顔が持ち上げられていく。燈明に照らされ浮かび上がるのは、東西文化の粋が結晶した女神像の顔。インドと西アジアの血塗られた歴史に洗われ磨き抜かれたその褐色の美貌から、畏敬と尊崇の思いに満ちた眼差しが俺に向けられる。
西域の破壊神が気の遠くなるような流転の末、はるか極東の弓状列島に打ち上げられた成れの果て。それが婢鬼だ。
「我のためにいかがわしい快楽を忘れ、粉骨して働くか。爾」
「若様の御為とあらば、この身が塵となり無量無辺恒河沙の世界をさまよいし後にも、お尽くし申す所存にござりまする」
「柄にもなく殊勝なことを。ならばなぜ、確と我を『若君様』と呼ばぬ!」
「お許しくだされませ!」
見開かれた婢鬼の両目に、驚愕と悔恨の電撃が走った。棍棒で叩き伏せられたかのように両手を投げ出し、五体投地の姿勢に戻る。俺は威厳を込めて宣告した。
「良いか。我は二度と、『若様』などとは聞く耳を持たぬ」
「お言葉、肝に銘じまする」
平伏したまま俺の言葉を待ち焦がれる婢鬼の背中に、3秒ほどの間を置いて告げる。
「明日の晩、我は大掛かりな祭儀を執り行う。爾も粉骨して働かねばならぬのだ。我が呼び出すまで、確と心を改めておくのだぞ」
「承知仕りました」
「今は以上である」
滅霊師見習い・座光寺信光の奴隷である元破壊神の輪郭は次第にあやふやとなっていく。その姿が薄明かりの中に没して消えたのを見届けてから、俺は締めくくりのマントラを誦し、異界とこの世を繋ぐ道を塞いだ。
結跏趺坐を解いていったん正座の形に移り、一呼吸の後に立ち上がって部屋の明かりを付け、燈明を消す。嫋鬼を召喚するのは明日の儀式開始の直前でいい。彼女を呼び出す……いやお迎えさせていただくのには心構えと体力が必要だ。俺は早めにベッドに入って、すぐ眠りに落ちた。
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