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2 移り来たる者たち

人はなぜ怨霊になるのか

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「……何か?」
「あ、ごめんなさい。いやー、本物の座光寺さんがここにいるんだなって思ったら感動しちゃって」
「そりゃ、少なくとも偽物じゃありません」

 その返事の何が受けたのか、可成谷さんは「偽物!」と軽く手を打って笑った。

「『本物』とか言ってごめんなさい。今まで『滅霊師めつりょうじ』ってオカルトマニアの間でも都市伝説みたいなものだったから、私もあなたの顔見るまで信じられなくて。部長としてはお茶の一つも出さなきゃって思ったの」
「それは恐れ入ります」
「で、どう? 次期部長になってもらえる?」

 俺は紅茶を噴きそうになった。

「入部のお誘いだったんですか。それなら先にそう言ってもらえれば……」
「ごめん。学校がこんな状態になってから誰も部室に来なくなっちゃって。もともと私が設立した部だから、自然消滅させるわけにもいかないのね。せめて部員にはなってくれない?」

 先々のことを考えて「承知しました」と答えると、可成谷さんは「やった」と相好を崩した。ミッション達成に向けて、在校生とは良好な関係を築いておく必要があった。とはいえ「せっかく転校してきたんだから、そう慌てずにゆっくりしてったら?」と言われると、背すじに冷たいものが走る。

「ただですね……聖往の生徒会長からはきついお達しがありまして」

 俺は、水際さんから前夜に下された理不尽な宣告について全部話した。力を込めた訴えが通じたのか、可成谷さんは窮状を察してくれたように見えた。

「そりゃひどい話ね」
「でしょう? ですから僕個人としても、ぜひ皆さんに協力をお願いしたいと」
「分かったわ。ところで」

 戯れ言ではないニュアンスを込めて、可成谷さんは続けた。 

「あなたを、『座光寺君』って呼んでもいい?」
「そりゃ、『さん』なんて呼ばれる方が困ります」
「それじゃ座光寺君。私も君が一日も早く聖往に戻れるように力を尽くします」
「ありがとうございます!」

 俺は、テーブルに額を叩き付ける勢いで平身低頭した。

 可成谷さんは確かに「君が一日も早く聖往に戻れるように力を尽くします」と言った。まさに暗黒世界に舞い降りた天使、いや、後光を背にした吉祥天女を見る思いだった!

 感涙を抑えつつ、彼女への感謝を込めて「いただきます」とクッキーに手を伸ばす。ああ……おいしい。この人のためなら何でもして差し上げたい。「消えろっつってんだろうが!」のひと言でリーゼント怨霊を追い払ったド迫力の印象は完全に脳裏から消えていた。

「異変が起きてから、私なりにいろいろ考えたんだけど」
「ぜひお聞かせください」

 気負い込む俺に彼女は「そんな大したことじゃないよ」と照れたような笑いを見せるのだが、それがまた、俺の目には一段と輝きを放っている。

「ゲストの大半は、日輪の卒業生でしょ。ここに戻ってきてるのは、今が決して幸せじゃないからだと思うの」
「それだけで、怨霊になったりしますか?」

 可成谷さんは立ち上がって、書棚から背表紙も読めないほど古びた本を一冊抜き出し、あるページを開いて目を落とした。

「あとは、高校時代に残してきた何らかの悔い」
「悔い?」
「そう、悔い。私だって来年は卒業だけど、多分両手で抱えきれないくらいの悔いを残して卒業するんじゃないかと思う。でも人間は前に進まなきゃ生きていけないから、無理にでも忘れようとするでしょ? そうやって抑圧が積み重なって密度が増していくと、自分で気づかないうちに『悔い』は怨霊の形となって災いをもたらす……源氏物語の『六条御息所ろくじょうのみやすどころ』みたいに」
葵の上あおいのうえを憑り殺した生霊ですね」
「さすがにご存じね。あのエピソードで肝心なのは、御息所は葵を殺そうとは思ってなくても、源氏が自分のところへ戻ってくる可能性は完全に諦めてたってこと。……人間には何であれ『これがあれば生きていける』っていう何かが必要で、それさえあれば、いっときの絶望も時の経過で癒されて前へ進めるようになる。その何かが弱くなったり、消えてしまったりした時に、人は肉体の生死にかかわらず悪霊化するんだと私は思う」

 彼女の言う通り、生霊は当人の意図によって出現するわけではない。そして現象自体としても珍しくはない。しかし、この日輪高校で起きている大量発生はそれだけでは説明がつかない。

「……校門を出て、しばらく校舎や校庭の様子を見てたんですが」

 俺は、前日の下校時に起きたことを話した。

「『ゲート』が閉まると同時に、校舎や体育館からゲストの皆さんが何百人も湧いて出て、僕の前に押し寄せてきました。一人二人ならともかく、あれだけの個体数が同じ場所に同時に現れるなんて聞いたことがありません。これは明らかに、『ゲスト』本体一人一人の事情とは無関係のように思います」

 可成谷先輩は書棚に本を戻すと、椅子に座って続きを促すように俺の顔を見る。俺は「確かにそれはそうだと思うんですが」と後を続けた。

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