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2 移り来たる者たち

実力行使の提案/手作りクッキーのお土産

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「しかし、現実問題としては時間がありません。『ゲート』完全閉鎖までのタイムリミットが迫っているので」

 俺は自分の計画を打ち明けた。

「できれば明日の晩にも、校庭で大掛かりな儀式を行いたいと思います。学園に出没している霊をすべて僕の前に召喚し、滅霊の呪力によって一網打尽に滅びていただきます。もちろん、生霊の本体であるOB・OGの皆さんに危害が及ぶことはありません」
「そんなことできるの?」

 可成谷さんの表情に驚きと疑念が交錯した。俺は「できます」と力を込めた。

「今まで繰り返し教わってきた呪法なので自信はあります。事前に父親の許可が必要なんですが、なんとかなりますよ」

 技量に自信があろうとなかろうと、可成谷さんに失望されたくなかった。都市伝説に語られる滅霊師にふさわしい働きをし、日輪を正常な状態に戻す。彼女をはじめすべての日輪関係者に讃えられる勝利者として俺は聖往に帰る。男子たる者、これを成し遂げずにおれようか。

 大威張りで生徒会室を訪れる自分を想像した。

 水際佳恵の目の前に日輪高校長らの感謝状を叩き付け、ドヤ顔で「Mission complete!」と報告する。やはりこれ以外のエンディングはあり得ない……と思うのだが、そんなにうまくいくかどうか。


 事態を冷静に見れば、いまだに現象面に振り回されているだけで問題の真相は闇の中だ。可成谷さんの疑わしげな表情に抗えず、俺がやむなく「無理押しの強行突破と言われれば、それまでですが」と認めると、彼女は「まあ、対症療法だよね」と身も蓋もない言い方をした。

「この学校の異変に二つの側面があるのは分かるよね? 一つは卒業生中心の怨霊の大量発生で、もう一つは学校と外界を結ぶ時間帯が次第に短くなって、学校が外界から遮断されつつあること。これには共通する一つの原因があると私は思うけど、座光寺君の考えは?」
「その点は僕も同意します」
「なら、二つの現象を引き起こしている原因を突き止める必要があるでしょ。そっちが先決じゃない?」
「そう思います。ただ、申し訳ないですが原因解明の方は僕の専門外です。僕がここに呼ばれたのも、実力行使を求められたからだと思っているので」

 そう口に出してから、「この3か月間、皆さんは実態解明について何をしてたのですか?」という嫌味に聞こえたかもしれないと思い当たり、内心うろたえていると、可成谷さんは「確かにそうね」と2度頷いた。

「座光寺君の判断に任せる。ただね、一つ確認したいのだけど」
「はい」

 可成谷さんの表情が引き締まり、俺の目をひたと見つめてきた。

「あなたが転校してきたのは、この学校に降りかかった災難を根本的に解決するためだったの?」
「もちろんです」
「そう?」

 互いの視線が火花を散らす一瞬があり、俺は気圧されまいとして「はい」と声に力を込めた。可成谷さんは駄目を押すように問いを繰り返す。

「私は今、『根本的に』って言ったけど、この点はあなた自身も真剣に考えてると受け取っていいのね?」
「はい!」
「分かった。座光寺君を信じる」

 俺の真意について彼女が何を気に掛けていたのか合点がいかなかったが、いくらか疑念は晴れたのか、張り詰めていた空気も緩んだように感じた。

「だいたい話は済んだかな。教室に戻っていいよ。クッキーはおいしかった?」

 意表を突かれ「あ、おいしかったです」とつかえ気味に答える俺に、オカルト研究部長は「ならよかった。一昨日家で焼いたんだけど」と笑顔を見せて立ち上がる。皿に盛られたクッキーをポリ袋に流し込み、ビニールを巻いた針金で袋の口を縛って「持ってって」と俺に差し出した。

「ありがとうございます……。可成谷先輩は授業に戻らないんですか」
「私はちょっと用事があるから。あ、それと」

 立ち上がりかけた俺を引き留め、あたりを憚るような低い声で可成谷さんは言った。

「あの4人には気を許さないで。特に西塔貢には」
「え、どういうことです?」
「いずれ詳しく話します」

 俺は「承知しました」と答え、彼女に軽く頭を下げて部室を後にした。

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