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2 移り来たる者たち
動じない人たち
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じゃあ、生霊を生み出した当人を一人一人探し出して連絡を取り、「あなたは、これこれこういうわけで、ご自身で気づかないうちに母校に大変な迷惑を掛けています。何とかしてください」と頼み込むのか?
あり得ない。頭がおかしいと思われるのがオチだ。
「あの、皆さんには本当に申し訳ないんですが……」
5人の無表情な視線が一斉に俺に集中する。身の置き場もないが仕方がない。
「今、話を聞いて、正直言ってお役に立てるかとても不安になりました。確かに僕は滅霊師座光寺家の跡取りですが、実務経験は2カ月前の1回しかありません」
今日は放課後にでも水際先輩に事情を説明し、この任務も転校もなかったことにしてもらおう。そんなふうに考え始めていた。
日輪高校の5人は顔を見合わせ、やがて可成谷さんが「そういえば滅霊師って一子相伝だったよね?」と尋ねてきた。俺が「そうです」と答えると、さらに「兄弟とかは?」と聞いてくる。俺は自分が一人っ子であることも認めた。
「座光寺家の大事な御曹司ってわけね」
可成谷さんは無表情にそう言い、髪の長い痩せ型の3年生──彼の名が 漆原蓮といい、フェンシング部の副部長であるのは後で知った──を顧みた。
漆原さんは「不安なのは分かるけど、君自身はどうしたい? 無理ゲーだから尻尾を巻いて聖往に帰る?」と直球で問い詰めてきた。続いて寺川さんが、凄みのあるスマイルとともに「もうちょっと楽しんでいかないか?」と煽ってくる。駄目押しとばかりに元木さんが「そうだよ、せっかく来たんだし」とやんわり退路を塞ぎにかかった。
次第に、逃げようにも逃げられない空気が出来上がっていく。
逆に言えばそれだけ期待されている証拠なので、心のどこかで「こうやって追い詰められるのも悪くない」と感じてはいた。素直に真に受ければいいのかもしれないが、俺は「しかし……」と遠慮深く振る舞うことにした。
「この前に僕が滅霊をしたのは45年前に失恋自殺した人です。生霊というのは本人がまだ生きているわけで、下手をすると……」
弁解が終わらないうちに、全力疾走する足音が廊下から聞こえた。
ゴム底の校内履きと分かる駆け足の音は、教室入り口の前で静止した。2年2組の5人は黙ったまま戸口を凝視しているが、何も変化は起きない。静寂のうちに3秒、4秒と過ぎていく。
駆け寄ってきた「誰か」は引き戸のすぐ外に立っているらしい。なのに入口の戸に嵌められた曇りガラスの外には、廊下の暗い空間が透けているだけだった。
「ちょっと見てこようか?」
そう言って俺が腰を浮かしたのと同時に、西塔が「あれ」とベランダ側の窓を指差した。その方向に目を向けて、俺は息を呑んだ。
無数の顔が、窓枠の下の部分から生えたように目だけ出してずらりと並び、こちらを見ている。どれも高校生らしい若い男女だ。
鼻から下が隠れているので判然としないが、目尻が微妙に歪んでいたり皺が寄ったりしているのは、俺たちを見て笑っているらしい。時折、隣同士で目を見合わせては、何が可笑しいのか頭を小刻みに上下させたりしている。どういう約束なのか、眼鏡を掛けている者はいない。
男子の髪型はスポーツ刈りから七三分け、パンチパーマやらリーゼントとバラエティーに富んでいるが、女子はそうでもない。そしてそれらの頭頂部は、定規を押しつけたように均等な同じ高さで並び、鼻筋さえ窓枠の上に見せようとしない。そうやって揺れたり細かく動いたりしながら、教室内の6人を観察していた。
「分かるよね? 毎日ああいうことやられちゃ誰だって神経が参るさ」
「つまりここに踏みとどまっている俺たちは、選び抜かれた最強の5人ってわけだ」
「あんまりアテにしてもらっちゃ困るけどね」
「でも見てよ。今日はあの子ら、珍しい人がいると思って興味津々みたいだよ」
「あの状態から話しかけてくることもあるけど、そのうち消えるよ。まあ頼りにしてるからね? 座光寺君」
ベランダの窓から目を離せない俺がうっかり「困ったな」と呟いてしまったのを聞いて、「最強の5人」はどっと笑った。
いやはや、頼もしい人たちだ。
3カ月の間に怪現象が日常化して、耐性が出来上がってしまったのだろう。
あり得ない。頭がおかしいと思われるのがオチだ。
「あの、皆さんには本当に申し訳ないんですが……」
5人の無表情な視線が一斉に俺に集中する。身の置き場もないが仕方がない。
「今、話を聞いて、正直言ってお役に立てるかとても不安になりました。確かに僕は滅霊師座光寺家の跡取りですが、実務経験は2カ月前の1回しかありません」
今日は放課後にでも水際先輩に事情を説明し、この任務も転校もなかったことにしてもらおう。そんなふうに考え始めていた。
日輪高校の5人は顔を見合わせ、やがて可成谷さんが「そういえば滅霊師って一子相伝だったよね?」と尋ねてきた。俺が「そうです」と答えると、さらに「兄弟とかは?」と聞いてくる。俺は自分が一人っ子であることも認めた。
「座光寺家の大事な御曹司ってわけね」
可成谷さんは無表情にそう言い、髪の長い痩せ型の3年生──彼の名が 漆原蓮といい、フェンシング部の副部長であるのは後で知った──を顧みた。
漆原さんは「不安なのは分かるけど、君自身はどうしたい? 無理ゲーだから尻尾を巻いて聖往に帰る?」と直球で問い詰めてきた。続いて寺川さんが、凄みのあるスマイルとともに「もうちょっと楽しんでいかないか?」と煽ってくる。駄目押しとばかりに元木さんが「そうだよ、せっかく来たんだし」とやんわり退路を塞ぎにかかった。
次第に、逃げようにも逃げられない空気が出来上がっていく。
逆に言えばそれだけ期待されている証拠なので、心のどこかで「こうやって追い詰められるのも悪くない」と感じてはいた。素直に真に受ければいいのかもしれないが、俺は「しかし……」と遠慮深く振る舞うことにした。
「この前に僕が滅霊をしたのは45年前に失恋自殺した人です。生霊というのは本人がまだ生きているわけで、下手をすると……」
弁解が終わらないうちに、全力疾走する足音が廊下から聞こえた。
ゴム底の校内履きと分かる駆け足の音は、教室入り口の前で静止した。2年2組の5人は黙ったまま戸口を凝視しているが、何も変化は起きない。静寂のうちに3秒、4秒と過ぎていく。
駆け寄ってきた「誰か」は引き戸のすぐ外に立っているらしい。なのに入口の戸に嵌められた曇りガラスの外には、廊下の暗い空間が透けているだけだった。
「ちょっと見てこようか?」
そう言って俺が腰を浮かしたのと同時に、西塔が「あれ」とベランダ側の窓を指差した。その方向に目を向けて、俺は息を呑んだ。
無数の顔が、窓枠の下の部分から生えたように目だけ出してずらりと並び、こちらを見ている。どれも高校生らしい若い男女だ。
鼻から下が隠れているので判然としないが、目尻が微妙に歪んでいたり皺が寄ったりしているのは、俺たちを見て笑っているらしい。時折、隣同士で目を見合わせては、何が可笑しいのか頭を小刻みに上下させたりしている。どういう約束なのか、眼鏡を掛けている者はいない。
男子の髪型はスポーツ刈りから七三分け、パンチパーマやらリーゼントとバラエティーに富んでいるが、女子はそうでもない。そしてそれらの頭頂部は、定規を押しつけたように均等な同じ高さで並び、鼻筋さえ窓枠の上に見せようとしない。そうやって揺れたり細かく動いたりしながら、教室内の6人を観察していた。
「分かるよね? 毎日ああいうことやられちゃ誰だって神経が参るさ」
「つまりここに踏みとどまっている俺たちは、選び抜かれた最強の5人ってわけだ」
「あんまりアテにしてもらっちゃ困るけどね」
「でも見てよ。今日はあの子ら、珍しい人がいると思って興味津々みたいだよ」
「あの状態から話しかけてくることもあるけど、そのうち消えるよ。まあ頼りにしてるからね? 座光寺君」
ベランダの窓から目を離せない俺がうっかり「困ったな」と呟いてしまったのを聞いて、「最強の5人」はどっと笑った。
いやはや、頼もしい人たちだ。
3カ月の間に怪現象が日常化して、耐性が出来上がってしまったのだろう。
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