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1 県立日輪高校

いろいろな「お客」の事情

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 俺のために開けてあった保健室での仮眠後、1時間目が始まる前に生徒会と担任に結果を報告した。生徒会室にいた水際さんに「この後授業受けるの?」と聞かれたので、そのつもりだと答えると「大変ね。無理しないで」と、それまでもその後も見たことがないような優しい笑顔を見せてくれた。しかしこう付け加えるのも忘れなかった。

「あなたが使ったトイレは当分注連縄しめなわでも張っとくから、後のことは心配しないで」

 俺が「使った」ということに、水際さんは特段深い意味を込めてはいなかっただろう。

 その日の授業は意識が朦朧としたまま受けた。体育の授業はさすがに体調が悪いと言って見学にしてもらった。まあ我ながら、よく6時間目まで頑張ったと自分を褒めてやりたい。


 帰宅後はベッドに直行して夕食時まで爆睡した。夜10時過ぎに帰って来た親父は、一部始終を聞いても「そうか。無事に終わって何よりだ」と大して感心した素振りも見せなかった。

「随分諦めが早いと思ったけど、いつもあんなもんなの?」
「まさか」
「そうだよな」

 普通なら、座光寺が依頼を受けるような怨霊は一筋縄ではいかない。やはり松田美根子は例外だったのだ。

「初心者にはうってつけの相手だったろ?」
「何だよそれ」
「まあそう言うな」

 俺の不貞腐れた顔を妙に嬉しそうに眺める親父の顔を見ていると、自分がからかわれていたような気分になってくる。

「そういうお客(親父は悪霊をいつも「お客」と呼ぶ)も珍しくはない。特に若手の……つまり死んでから日が浅い客はな。これが死後50年以上、中には百年以上にもなるような年季の入った客だと頑固なのが多くなる。45年くらいで死亡時の年齢が若いければ、まあ、あっさりしてるかもしれんわ」

 いくら初心者対応だからといって、自殺幇助みたいな格好になるのは「滅霊」のうちに入るのか。俺の疑問に親父はこう答えた。

「本質はみんな同じだ。彼ら自身の意思で荒ぶってるわけじゃない。自分ではどうにもならなかった生前の事情に縛られてるんだ。それから解き放ってやるのが、我々の仕事だ」
「事情、か……」
「そう、『事情』だ」
「じゃあ、お客自身ではその場から立ち去ることもできないの?」
「9割方はそうだ。だから彼らばかり責められない部分もある。慰霊とか除霊で鎮まってくれないなら、その理由を明らかにしなきゃいかんこともあって、これがまた大変でな。まあ、おいおい教えていくさ」

 またゆっくり話をしよう、と言って親父は風呂場に向かった。

 親父は通信サービス会社の中間管理職で、毎月の残業は70時間近い。その上で滅霊師を掛け持ちしているのだが、会社上層部はこの副業を公認しているらしい。そしてどんな理由か分からないが、親父の副業は会社本体の事業にも寄与しているという話だ。

 夜、携帯に突然電話がかかってきて、ただならぬ雰囲気の会話の後で外出する様子は小さい頃から見慣れてきた。そのたびに俺は、「もしこのまま帰らなかったら?」と子供心を締め付けられたことを覚えている。

 小学校高学年の頃には 滅霊がそれなりに危険な仕事であるのは分かるようにはなっていた。真言を教えられ始めた4歳の時以来、般若心経を全文覚えたといっては褒められ、梵字の飲み込みが早いなどとおだてられているうちに、座光寺一門の後継者であることにさして違和感を覚えなくなっていた。自分ながらいい気なものだったが、さすがに最近の親父を見ていると心配になる。滅霊師としての働きが急速に親父の命を削っているような、不吉な予感に胸を締め付けられる。

 こう考えていくと、松田美根子さんには申し訳ないが、俺の経験値という点ではやはり彼女は「イージーモード」だったようだ。

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