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序章 女王様の呼び出し

放課後②

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「それって大変じゃね?」
「慣れりゃ平気だろ」
「でもよ、初めのうちは誰かに剃ってもらうしかねえと、俺は思うな」

 財部の顔は至って真剣だ。俺はその顔を穴のあくほど見つめてから言った。

「叫べよ」
「何?」
「叫べよ若者らしく。『俺は江上のケツの回りを剃りたい!』って」
「江上で? は、ちげーよ」

 動揺を覆い隠そうとする、引きつった笑い。江上さつきは財部のクラスメートで、なかなかの美形な上に胸もでかい。

 全裸でベッドに仰向けとなり、両腿を手で支え羞恥のどん底ですべてをさらけ出す江上。そのさらけ出された部分に、剃刀を手に向き合う自分のイメージが、既にこいつのひそかな〝青春の1ページ〟になっているのだろう。賭けてもいい……などと感染性の妄想の虜になっていると、制服の内ポケットでスマートフォンが鳴った。不意を突かれ全身を震わせる俺を、財部が「カノジョからか?」と嘲弄する。

「だったらお前とここにいるかよ!」

 財部の目を睨み返し、鳴り続けるスマホ画面を見る。表示されている未登録の携帯番号に若干の不安と期待を抱きつつ耳に当てる。

「はい」
『座光寺君? 私が誰か分かる?』

 「カノジョ」ではないが「彼女」ではあった。聞き憶えのある声ながら、名前が咄嗟とっさに出てこなかった。

「いえ、すみませんどなたでしょう」
『駄目ね! そういう時はおずおずと「誠に申し訳ございません……」とでも言って相手が名乗るのを待つのが作法! 基本「どちら様?」はNG! あなた社会に出て苦労するわよ』

 もはや思い出さぬわけにはいかない。生徒会長の水際佳恵みずぎわよしえ先輩は、常にこんな調子でハイテンションに居丈高なのだ。「分かりました水際先輩、お言葉肝に銘じます」と低姿勢に出ると『目上の人間には名前を言われなくたって即座に反応しなさい』とかさにかかってきたので、さすがに言い返したくなった。

「相手が誰だろうと、電話を掛けた方から名乗るのが礼儀じゃないですか?」
『いちいち口答えしない! それが若者の美徳。あなたこの理屈分かる?』
「分かりませんね。それで何の御用ですか」
『お取り込み中すまないけど、今から生徒会室に来れる?』

 財部の顔をちらと見てから、スマホ画面の時計を確認した。16時43分。

「ぜんっぜん『取り込んで』ませんけど、いいですよ。何か緊急の用件でも?」
『詳しいことはこっちで話すわ。よろしく』

 生徒会長は俺の返事も聞かずに電話を切った。

 スマホをポケットにしまう間、財部は青空を見上げて楽しそうに言った。

「女王様からお呼び出しか。たっぷり可愛がられて来いよ」
「うっせ。チャリ借りるぜ、明日返す」
「傷付けんなよ!」

 親に3万円で買ってもらったという財部のマウンテンバイクに跨り、俺は学校へ引き返した。
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