翠の桜

れぐまき

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発芽

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突然だが、私は来年で十八になる
結婚はしていない
貴族の娘がほぼ十三やそこらで嫁に行く事を考えると少し…いや、かなり遅い方だ

上のお姉さま達のお世話や自分の恋に忙しく、私のことは割と放任だったお父様は、今更ながら婿選びに精を出している
詳しくは知らないが大分前からお兄様の薦めで文の遣り取りをしている殿方の中から選ばれるのだろう
私に決定権なんてないし、それをイヤだとも思わない
特に何も考えず、ただお父様やお兄様の言いなりになって琴や和歌を嗜みながら何もかもを諦めたような眼をして暮らす毎日
そんな私でも、乳母やお付の女房達に言わせると、唯一生き生きとする瞬間があるらしい


それは―・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「どうも、姫。ご機嫌は如何です?」

「ようこそ業平様、おかげで楽しく暮らしておりますわ。それで今日はどういったご用件で?」

「恋を語らう相手もいない我が従姉妹殿が今日のように趣深い秋の日にお一人では寂しかろうと思いまして、こうして御機嫌伺に参上いたしました」

「…まぁ、これはお気遣い痛み入ります。ですが私のことなどお気になさらなくて構いませんよ?貴方を慕う数多の花々に貴方の時間を奪ったと恨まれては困りますもの」

「…それこそお気になさらず。私には恋人などおりませんし、もし居たとしても私の相手は思いやりのある人でしょうからね。寂しい従姉妹を慰めるために少しばかり足が遠のいても怒りなどしませんよ」

「…まぁ、それはとてもよく出来た恋人ですわね」


そう、この胡散臭いまでの爽やかな笑を浮かべて座っている男
年下の従兄弟、業平と対話している時だという

笑いながら毒を吐いてくるこの男と居る時が一番生き生きしているなんて失礼な話だ


確かに、幼い頃は彼と過ごすのも楽しかった気がする
叔父さまにつれられて我が家に来た時、彼は必ずお兄様やお姉さまの所ではなく私のところに来ていた
歳が近かったこともあり、私と彼はいつも一緒に遊んでいた・・・と、思う・・・
実際、小さい頃のことはあまり覚えていないのだけど・・・小さなころの彼は私によく懐き、とても可愛らしかった気がするのだが・・・

一体何時からこんな風になってしまったのだろうか

ため息をついてそんな事を考えていると彼が口を開く


「・・・私が来ることで何か都合の悪いことでも?」

「…え?」

「叔父上には隠して、通わせている男でもいらっしゃるのですか?」

「お父様に隠して?」

「だから私が頻繁に訪ねて、勘違いされると困るとでも・・・?」

「は?ちょっと、何を仰っているのです?」


言っている意味が理解できず、まだ何か言いたそうにしている業平様を遮って言葉を続ける

「何を考えていらっしゃるのか分りませんが、通わせている殿方などおりませんわ。ましてお父様に隠してだなんてありえません」

きっぱりと言い切ると彼は一つ息をついてまたいつもの憎まれ口を叩く

「ま、あたりまえですね。貴女に通う男なんて居るわけない」

「・・・そうですわね」

何だか引っかかる言い方だったけど
そうだそうだ、と何度も頷く彼の表情が何処となく嬉しそうに見えて、私は反論しかけた口をつぐんだ
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