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『リュヌ、リュヌ! こっちへきてください!』
『トゥール、その先には抜け道があるのですよ!』

小さい頃の夢だ。

『じゃあ』
『じゃあ?』
『探検です、リュヌ!』

二人で抜け出して、毎日のように森や川辺で「探検」をしていた。

王家の血を引く彼と、貴族の末端の自分。

いずれは長子として爵位を継ぐ彼と、婿を取る自分。

階級も定められた未来も違う。

だが幼子には関係がなかった。

自分と同じ金の髪を持つ少年が、半身のように思えて、
きょうだいのようにも思えて、いつも一緒に過ごしていた。

『リュヌ、なんだか様子が変です……、足が取られて……』
『昨日の雨の影響で地盤が崩れているのでしょう、
トゥール、これ以上は危険です、道を戻りま……』
『きゃあ!?』
『……ッ、トゥールッ!!』

「……ッ!!」

トゥールはベッドから飛び起きる。

バク、バクと心臓が嫌な脈打ち方をしている。

完全に意識が覚醒していないのだろうか。

トゥールには、夢の中で感じたものが、現実に戻って来た今も残っている。

雨が降った後の臭い、泥や土砂の臭い、濡れた土を踏んでいく感触。

まるで昨日起きたことを思い出しているかのように、鮮明に。

足元はぬかるみ、周辺には突き出た枝や流れ着いた木片がある。

大きく視界が揺れ、身体が何かの急激な衝突で突き飛ばされる。

枝が肩を裂き、痛みが走る。

そして、隣では……リュヌが倒れ、首元から血を流している。

(リュヌは、そうです……あの時に、私を庇って……)

疎遠になったのはその日からだったろうか。

リュヌが怪我をして帰ってきたときには騒ぎになった。

使用人は血相を変えて医者を呼び、
幼子の周りで慌ただしく大人たちが行き交い、何かを叫んでいた。

二人はその光景をどうすることもできず、互いを庇い合うよう抱き合っていた。

リュヌは「自分がただ転んだだけだ」と説明した。

彼らの両親も意向を汲み、二人を無理に引き剥がしはしなかった。

それでも、周囲からは冷ややかな目を向けられた。

トゥールはこの一件以降、彼へ負い目を感じるようになった。

微妙な関係が続いている最中、情勢の変化があり、
二人は離れざるを得なくなった。

自分は孤児になり、彼の消息はわからない。

もう二度と会えない、永遠の別れだと思っていた……。

トゥールはベッドから降り、鏡台の前へ立つ。

ネグリジェの肩紐をずらし、肌を露わにするとそこには生々しい傷跡。

傷口自体は塞がってはいるが、小麦色の肌で奇妙に色が抜けている一閃が目立った。

『ねえねえは傷物だからな』
『こんな身体を誰が貰う?』

脳裏で彼らの言葉が蘇る。

(……リュヌは、許してくれますか……?)



翌朝、トゥールはリュヌに連れられて邸宅を訪れた。

懐かしい、という気持ちと、その立派さに圧倒される他人行儀な気持ちがあった。

何度か来たことはある。

だが二人の仲は幼児期の「お目こぼし」で許されているようなものだったため、
来た、といってもエントランスやせいぜいリュヌの私室に入る程度であり、
正式に招かれたことなどない。

リュヌに招かれるまま中に入り、トゥールはすぐに違和感を覚えた。

トゥールは違和感の正体を探るよう、
記憶の中にある薄ぼけた邸と、今彼女の目に映っているものを比べる。

昔に来た時は、もっと温かみのある空間だった。
ここは記憶と比べると何かが足りない。

……そうだ、絵だ。

昔来た時には、壁にたくさんの姿絵や写真が飾られていた。

そのどれもが仲睦まじい家族の姿を映したものだった。

リュヌの両親と幼い頃の彼、……その隣には、よく似た姿をした男の子が立っていた。

理由はわからないが、それらを全て剥がし、
その跡を消すために壁を塗り替えてあるのだろう。

邸全体には人の生活に寄り添ってきたのだろう古さがある。

だが壁だけは異様に新しい。

それが違和感の原因だった。

邸には人気がなかった。

一人で住むには広々としすぎている。
にもかかわらず、リュヌ以外の姿が見えず、
シン、と静まり返っているのが余計に異質さを感じさせるのだろう。

トゥールは静寂を破るよう、ポツリ、と呟く。

「あの子は……?」

リュヌの顔がトゥールの言葉を聞き、ヒク、と引き攣る。

トゥールはしまった、と失言を恥じた。

自分だって内乱で家族を亡くした身だ。

それなのに、何て無神経なことを言ってしまったのだろう……。

「ご、ごめんなさい、私……」
「いえ……」

声色は落ち着いているが、場を繕うような返答だった。

僅かな間のあと、彼は言葉を続ける。

「弟のエクリプスは……死にました」

今度は、やけに冷たく、突き放すような言い方だった。

悲しみから立ち直れていないとも怒っているとも受け取れる様子だ。

辛い記憶に触れてしまった。

仮に怒らせてしまっているのだとしても、結局は自分が原因だ。

「あ、あの……リュヌ、」

トゥールは彼に声を掛けようとした。

「トゥール」

しかし、言葉を、もしくはこの話題自体を遮るように、呟かれる。

「はい……っ」
「場所を移しましょう」

彼女はそれに従うしかなかった。
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