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10・番外編 昔話をすこしだけ

一時外泊3

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「キスもしていい?」

俺に覆い被さった涼くんが、キスする寸前に聞いてきた。

「あとでケントさんに殴られれば?」

そう言って、俺は涼くんの唇を受け止めた。
ケントさんのいる前で。


涼くんが更に舌まで入れてきたので、俺は驚いてビクンと身体がハネた。手で涼くんの身体を押そうとすると、涼くんはキスをやめて俺に囁いた。

「逃げないで、気持ちよくしてやるから」

涼くんは喉元と股間に手を置き、俺の口が逃げないように押さえながら、再び深いキスをしてきた。じゅるじゅると舌を吸い、唾液を絡ませていく。軽く応えるが、涼くんほどの熱を俺は持たないため積極的には動かせない。艶かしく舌先が刺激してくれても、どこか他人事のように感じていた。
やがて、涼くんは首筋にキスを落としていく。以前の俺ならビクビクと震えるほどに感じてしまう首への愛撫も、一瞬ピクリと反応したがあとはくすぐったいだけだった。涼くんは鎖骨まで丁寧に愛撫し、最後にジュッと強いキスを残すと、驚いた声を上げた。

「ほんとだ、ケント先生。あまねのチンコ、全く無反応」

「ほら見ろ」

「えー、絶対勃たせてやるっ。ケント先生、もう身体中触っていいでしょ?!」

もうー、涼くんやけになってる。

「涼くん、口でイカせてくれるんでしょ?  早くチンコ咥えなよ」

「あ、あまねぇ~。今日はやけに素直に乗って来たなと思ったら、勃つ気も勃たせる気ないんだろっ」

俺はバラす前に、ついクスクスと笑ってしまった。

「あー!  やっぱりっなんで?  キス好きじゃん」

あ、どさくさにまぎれて余計なことを。
いいか。

「俺、今エロい感じする?」

「……しないよ?  だから気分上げてやろうと思ったんじゃん」

「なんかねー、今の俺、性欲全くないみたい。ケントさんがいうには、生まれたてのような感じだって」

「え?  え?  ……えー」

「初めて涼に勝ったな」
にやけるのをこらえながら、嬉しそうにケントさんは笑った。

「うっそ。オレがあまねのこと見誤るなんて……くそーっ!!  3ヶ月も会えなかったからかぁっ」

「涼くん、ごめんね。でもおかげで治まったよ。新しい記憶を足してくれてありがとう」

「あー……そう?  じゃあいっか……ってなるかっ」

涼くんはもう一度俺にキスをしてきた。今度は右手で乳首を擦りながら。

「エロエロだったあまねが性欲ゼロになるわけないだろ~思い出させてやる~っ」

「あははっ!  やめてっ、涼くん」

くすぐったくて、涼くんの愛撫を逃れようと笑いながらソファを転がる。

「オレ、夕飯作るからな」

ケントさんはキャッキャッとじゃれ合う俺たちにあきれ、キッチンへと戻った。

背中からホールドされ肩への愛撫に悶えていると、涼くんは小さな声で確認してくれた。

「あまね、ほんとに、性欲ゼロなの?」

「そうかもねー。ケントさんとお風呂入っても、俺無反応だったし」

「……エッチしなくていいから、これからもこうやってじゃれていい?」

涼くんがえらくしおらしい。

「あまねが、退寮だけじゃなくて退学までするなんて、夢にも思わなかった。いっしょに卒業できると思ったのに」

3学期、入院して欠席が続いたものの、ギリギリの日数で進級はできていた。堂本コーチの事件も、年度が替わり徐々に風化されていくところだった。


もういいかな、と思ってしまったのだ。

必死に生きて、ケントさんに出会って色欲に溺れ、堕落しそうになったけど踏ん張って。

甘えちゃダメだと、セーブをかけていた。



でもどうかな?


俺、けっこうがんばってきたじゃないか。

ほんの少しの間、どろどろに甘やかされて、ぬるま湯に浸かった生活をしてもいいんじゃないか。


ケントさんに生かされて、甘やかされて、ケントさんなしじゃ立てないくらい弱い自分でいたい。


今17才の終わり、だから……そうだな、18才が終わるまで。一年、のんびりしよう。

「涼くん、あのね。俺、もうすぐ向井天音、になる」

「えっ?」

「ケントさんと、養子縁組する。俺、あんまり家庭環境良くなくてさ。完全には切れないけど、関係を断ちたくて」

「……エッチどころじゃないじゃん。それ早く言いなよ。さあ詳しく聞かせなさい」

イチャイチャして寝転ばせていた俺を起こし、ソファにきちんと座らせた。

「なんで?」

「ケント先生知ってるんだろ。オレも知りたい。親父と仲悪いんだよな?」

「あーうん……」

「あまねって昔のこと全然話さないじゃん?  今日は親父のこと教えてよ。オレもいっしょに嫌いたい」

「なにそれ」

ふふ、と俺は笑った。なんだか、親父の悪口、今なら笑い話として話せそうだ。

ケントさんがソファに座る俺たちに気づき、コーヒーを入れたマグカップを手渡してくれた。

「……俺の親父はねー、壮太郎っていうんだけど、めちゃくちゃなやつでさ。イケメンのね、めちゃくちゃ。周りが許しちゃうやつ」

「壮太郎イケメンなんだ?  どおりで。あまね、久々に見たら美形になってるし、遺伝だな。あ、ごめん……」

「いや、いいよ。俺も似てきたと思った」


アゴをくい、とつかまれ、顔を見つめられる。
「昔、かっこよくもかわいいとも言い難い、って言ったの訂正する。今めちゃくちゃ美人」

「……ありがと。そんなイケメン遺伝子を持つ壮太郎が、俺の母親と結婚したのはいいけど、浮気を繰り返しててね。そのうちの1人と本気になった。俺に妹ができた時、みーちゃん、みーちゃんってすごく喜んでると思ってたのに」

「あまね、妹いたんだね」

「不倫相手の子供も同じころに生まれてて、みーちゃん、って呼ばれてた。母親が死んであの家に住み始めた時ビックリしたよ。壮太郎、俺の妹と義理の妹の名前をそっくりにつけてて同じあだ名で呼んでたの」

「え、えっぐぅ……」

「あれ、ちょっと待って」
そういえば俺、小さい時、あーちゃんて呼ばれてたよな。
もしかして、俺と同い年の兄弟いるのかな。
うわ~。
壮太郎の闇、増えたじゃないか。

「涼くん~俺も昔あーちゃんて言われてたから兄弟いるのかも」

「まじかあ」

壮太郎め、あいつのこと調べたらホコリ出まくるんじゃないか。いつか調査してやるっ。

「壮太郎って、俺が苦しんでるのに、それを笑うことが多かったな。この前の法事で神崎家に俺がめちゃくちゃ責められて落ち込んでた時も、笑ってた。『お前に矛先が向いて助かったよ』って。あの家に住んでたころ、夕食が俺だけもらえなくて、空腹で困っていた時も、にやにや笑ってた」

話せば話すほどヒドイやつで、とても笑い話にできなかった。
無理だ。この人、ほんとにイヤなやつだ。

「ああ、あとね、俺に本をくれたことがあるんだけど。『完全自殺マニュアル』って本。昔のベストセラーだって」

「はあっ?  え、どういうタイミングで?」

「落ち込んでた時だよ」

「壮太郎……まっじでサイコパスだな?」

「だよね、そんなに消えて欲しかったかな」
一応本の趣旨を読み解いたが、自殺を推奨する本ではなかった。むしろ生き残れるよう作者のエールを感じる本のようだった。ただし、壮太郎はそれを配慮したわけではないと、断言できる。

「オレ、嫌うだけじゃ無理だ。ちょっと殴りたい。いやむしろ殺したい。どうにか殺せないかな」

ケントさんと、同じことを言ってくれた。

「涼くんとケントさんが味方でいてくれたら、俺それだけで嬉しいよ。怒ってくれてありがとね」

にこりと微笑んで、コーヒーをひと口飲んだ。
涼くんの肩に頭を寄せ、静かに目をつぶる。




どうか。




この幸せがずっと続きますように。



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