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9・最終章 依頼人◯天野伊織

孤独にあらず【最終話】

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「と、撮れた?」

はぁ、はぁ、と息を吐きながら、秘密基地に潜む涼くんに声をかけた。

でも涼くんは出てこなかった。

俺は胸が苦しかったが、なんとか下着と制服を履き、這うようにしてシーツをくぐった。

涼くんは、狭い秘密基地で静かに泣いていた。

「な、に、泣いてるの、さ」

「ごめん……」

「涼くん、が謝ること、なに、もないよ。彼女さんとこ、で編集して、もらえる?」

「ああ。すぐに、する。終わらせよう」

「うん」

涼くんは俺の頭にキスをし、部室を出た。

俺は胸が苦しくて、ゆっくりと出る準備をした。


ブレザーの左胸に刺繍された、咲月学園のエンブレム。

荒く処理した堂本コーチの画像。

サッカー部の部室。

「やめて」という声。




これを、ネット上にアップする。


百瀬くんに煽らせて、炎上させる。







お前が燃えるまで、もうすぐだ。







俺は縛られていた手首をさすりながら、堂本コーチが燃えるのを想像して微笑んだ。
















だが、そうはならなかった。










俺が、自転車置場で倒れたからだ。


暴行により、折れた肋骨が肺に刺さってしまい、呼吸困難に陥った。


遠くで再びサイレンの音が聞こえ、俺は救急車に乗せられ、病院へと運ばれた。

手術に加え、レイプの被害者として、検査がなされた。

事態を知った涼くんと森内くんが、堂本コーチのことを話し、逮捕された。

このタイミングでネットにアップするとわざとだとバレるので、当初の計画は中止した。すんでのところで、彼女に止められたそうだ。精液という証拠があるなら、このまま逮捕起訴された方がいいと。

俺を被害者として世に出してしまったことを、涼くんは俺のそばで泣いて謝ったという。
本当はネット上でコーチだけを叩くつもりだったから。

もう、涼くんは泣き虫だな。

俺は大丈夫だよ。

まあケントさんには怒られるだろうけど。





高校生に淫らな行為、としばらくお茶の間を賑わせるかと思ったけど、残念ながらそれはなかったという。


世界中を震撼させる、パンデミックが起きたからだ。


未知のウイルスがC国から全世界に広まり、未曾有の災害に人々の注目がいってしまった。

九州の小さな町の、小さな事件は跡形もなく消えた。



ただ、堂本コーチは咲月学園を解雇され、強制性交等致傷罪で起訴された。くしくも、殴られ負傷したことで逮捕の要件を満たしたようだ。法改正で男性も被害者になれることも予想外の産物だった。
この事件は裁判員裁判に加え一般に公開されるため、もうF県では有名な強姦魔になることだろう。執行猶予はつかず、ほぼ有期懲役が確定だそうだ。



俺は長いまどろみの中、幸せな気持ちで過ごしていた。
それは誰かがいつも優しく手の甲をさすってくれていたからだ。
ケントさんに出会うまで、過去はすべて苦しいものだったのに、走馬灯で流れた記憶はとても幸せな思い出ばかりだった。そして、この長いまどろみの中でもそれは引き継がれ、俺は時おり微笑んでいたと、ケントさんが教えてくれた。

手術をした病院は別の場所だったが、その後ケントさんのいる大学病院に即刻転院し、俺はずっとそこで眠っていたという。肺の傷よりも、自転車置場で転倒し、頭を強打したことが原因だったそうだ。

世の中がひっくり返ったことを、目覚めたあとに聞いてひどく驚いた。


じじいの言ったことは本当だったんだ。
でもこれと『蠱毒』は関係あるのかな。
cafeリコの大元も、C国なのは偶然?



未知のウイルスによる感染を防ぐため、見舞いが不可になり、早めに転院させといて良かった、とケントさんが言った。俺を心配する涼くんのために、ビデオコールをして俺に見せていたという。その時、ケントさんはなんでiPhoneじゃないんですか、と涼くんが怒ってケンカになったそうだ。2人ってば、すぐケンカするんだから。Androidなのはきっと結城さんがそうだからだよ~。


死相はどうなったんだろうと思ったら、たぶんこの昏睡状態のことを指していたんだ、と涼くんが教えてくれた。
明確ななにかが視えるわけではないそうだ。逆に、顔の輪郭が薄く視えるという。

起きてからはくっきりはっきりと輪郭があるみたいで、ケントさんに殺されることはないぞ、とお墨付きをいただいた。








ああ、これらすべて目覚めてから聞いた話で。約3ヶ月後のこと。

俺はずいぶん長いこと眠っていたようだ。





そう。





4月に入ったある日、俺はやっと目を覚ました。

そばには誰もいなくて、ここどこだっけ?  私は誰?  状態だった。

しばらく白い天井を眺めていると、

「天音くん?」
と聞き覚えのある声が聞こえた。
んん?  俺に「もう電話してくるな」と言った女性だな、と不思議に思っていると、そばで院内用のピッチで大声で話し始めた。

「ケント!!  天音くん起きたよ!!」

うわー、大声で話さないで~心の傷がえずく~。

バタバタと廊下を走る音がし、マスクをしたケントさんがバンッとドアを勢いよく開けて入ってきた。

「あ、あまねっ!」


あー。


えーと。


そう。俺はカンザキアマネだ。


そして、彼はケントさんだ。





ケントさんと付き合ってるんだっけ。



フラれた?

別れた?








そうだ。


思い出した。

あのクラゲの毒針を持ったような彼女も、泣いてくれてる。

看護師さんなんですね。

ケントさんの、誕生日を祝ってくれた人。




俺は?


たしか、お泊まりしたよね。


セックスした。


激しくて、涼くんが心配してくれたよね。


何度も嫉妬されたり。


ケンカになったり。


でも仲直りして。









俺、恋人でいいんだよね。






それで?


ああ、『呪いのメェー様』を炎上させようと、ヘタこいたんだった。

殴られたら、動画的に映えるかなって。


止めさせようとするはずだったのに、怒りに狂ってしまい、仕返しをしようともくろんだ。



それで、この有り様。



社会教師のアラズ先生が言ってたよね。
復讐は連鎖するって。
やられて、やり返して、また仕返しされて。
終わらないよ、って。
皆が不幸になるだけだ、って。


まあ、俺のは自業自得ですけど。




これ、なんの歴史的事件だったっけ。

思い出せない。

カメラアイなのにね。


もしかしたら、能力消えたかもな。


そしたら特待生は無理だ。





いいか。

ケントさんが、すべて支えてくれるから。

そんな約束、したよね。


本当にお荷物になっちゃうけど。



ごめんね、ケントさん。



でも、俺の手の甲をさすりながら、涙を流してくれてるケントさん見たら、大丈夫だって思えた。

俺はムカイアマネ、になれるんだ。








あー、幸せだな。









俺はにこりと微笑んで、再びまぶたを閉じた。






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