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9・最終章 依頼人◯天野伊織

涼くんの暴走

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翌日、ぐっすりと深い眠りにつけた俺は温かい布団の中で目を覚ました。

すぐ横には天野くん。

彼はすでにスマホをいじっていた。

「あー……天野くんおはよぉ」

少し寝不足気味だが、あばらが痛いわりによく眠れた。彼が隣にいたおかげで寒い冬の朝もぽかぽかだった。

「あまね先パイ、寝顔もかわいくてびっくりしました~。思わず、ゆうと先パイにラインしちゃった」

「えっなななんて?」

「寝顔の写真。あと添い寝してごめんなさい、って」
ほら、と画面を見せられた。
そこにはぐっすりと眠る、無防備な俺の寝顔が写っていた。

「恥ずかしい……」

「瑛二とかに送ったらダメですよね?  あまね先パイファン多いんだけどな~」

「ダメ……」

ここは止めておく。瑛二がまた暴走したら困るし。

「ですよね~残念。あ、百瀬から返事きました」


俺は今しがたき届いたばかりの大量のスクショを見せてもらった。

「メモりますか?」

「いや、大丈夫。画面1個ずつ見せて」
俺はカメラアイで記憶した。こういう時便利だ。

「ありがとう」

「覚えたんですか~?  特進科はすごいなあ♡」

天野くんて感情表現が豊かだ。かわいらしいなあ。

「そろそろ食堂行きますか?」

「いや、俺1回部屋に戻るわ。ありがとね」

「いえいえ~今夜どうするかはまた連絡くださいね。平良は鈴木と仲いいんで、連泊大丈夫ですから~」

「ありがとう、天野くん助かる」

俺は天野くんの部屋をあとにし、キョロキョロと辺りを見回してから3階へと上がった。

咲月学園の学生寮は個室に鍵がかからない。
そのかわり、もし部屋の主がいない時、もしくは主の許可を得ずに入りこんだ場合は厳しい罰則がある。
そのため、涼くんは俺の部屋には入れないはずだった。




「……なんでいるの」

涼くんは、俺の部屋の中にいた。
いつからいたんだ?

「涼くん、罰則知ってるよね?」

「知ってる。あまねが言わなければいいだろ」

「……今すぐ出て行かないと、言うよ」

俺は怒りを抑えて発した。

「どこ行ってたんだよ。オレ、昨日部屋に行くって言ったろ?  なんで逃げるの」

「勝手に部屋に入るようなとこがイヤなんだよ」
俺は語調を厳しくして答えた。

「あまねが帰ってこないからだろ」

「……とにかく、出てって。俺準備するから」

「あまねっ!」

涼くんは衝動的に、俺の身体を壁にぶつけた。
ピキッと骨の軋む音が脳を揺さぶった。
と、同時に、あまりの激痛で息がつまった。

「━━━ッッッ!!」

俺は胸を押さえながら、へなへなとしゃがみこむ。


ああ、ヒビが入ったとこ、完全に折れた。
臓器が傷ついてないことを祈りながら、俺は目を強くつぶった。

コンコン、

そばのドアがノックされた。

返事ができずに座りこんだままでいると、ドアの向こうから天野くんの声がした。

「あまね先パイ~ゼリー渡しときます~」

涼くんが、仕方なくドアを開ける。

「…… 一ノ瀬先パイ?  あまね先パイは?  あっ!!」

すぐそばにしゃがみこんだ俺に気づき、慌てて天野くんもしゃがみこんだ。

「だ、大丈夫ですか?」

「……ッ」
痛くて、すぐには声が出せない。

「……寮母さん呼んできます」
そう言った天野くんの腕をつかんで、首をふる。

「……一ノ瀬先パイ、すみませんけど部屋からでてもらえますか~?」

「ごめん、あまね」
涼くんの顔も、青ざめていた。俺はこくんとうなずいた。

涼くんが出ていくと、ドアを閉めてベッドから枕を持ってきてくれた。その場で横になる。
天野くんは「すぐ戻ります」と言って一度部屋を出た。

ゆっくりと、ゆっくりと浅く呼吸し、骨に響かないようにした。






冷や汗もひき、落ち着いたころ、天野くんが再びノックしてドアを開けた。

「先パイ~牛乳とパンもらってきました。学校はどうしますか?」

「ありがとう、もう少し休んでから行くわ」

「一ノ瀬先パイ、部屋に勝手に入ってきたんですか?  罰則ですよね?」

「あー、あとで涼くんと話すから、大丈夫……」

「わかりました~」
そう言って天野くんはバタンとドアを閉めた。







結局、俺は学校を休んだ。
1日休んで、身体の回復に使おうと思ったのだ。
昨夜寝不足だったこともあり、午前中はあっという間に過ぎた。
目が覚めたのは13時ころだ。
さすがに寝すぎた……と思ってスマホを見ると、涼くんからの着信が十数件とショートメールも入っていた。

こっわ……。

1度トイレに行き、お茶を飲んでから椅子に座ったが、呪いのメェー様について考えるのは夜にしようと思い直し、再びベッドに寝転んだ。

静かに眠れる時に寝ておこう……。






カチャリと音がし、ひんやりした感触で目が覚めた。
横向きで寝ていた俺は、両手を顔の前で重なるように置いていた。

その両手に、手錠がかけられていた。

「?!」
オモチャではない、重みのある手錠。

カチャリと再び聞こえ、左側を向いて寝ていた俺は振り返る。
足元に座っている涼くんの背中が見えた。

はぁ……。

「……なにこれ」

右足首もひんやりと冷たく感じた。

「あまねが逃げないように」
涼くんが振り返りながら答えた。

「演劇部の小道具、借りてきた」

「……バカなの」
あきれた。不法侵入して拘束するなんて。しかも借りてきてまで。

「避けるからだろ。オレと話すまで、トイレも行かせないからな」





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