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8・依頼人①江崎葵

天野くんの秘密基地 【8・依頼人①最終話】

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1月6日始業式。

午前で行事は終えたものの、俺は寮に帰れずにいた。
一昨日の話し合いでケントさんにはわかってもらえたのだが、涼くんには納得してもらえず監視が厳しいままだった。
そのため、少し身体を休めたいのに自室のベッドで横になることができないのだった。

一人になりたい時によく使っていた、旧校舎の屋上入り口が寒すぎたので、あきらめて帰ろうとした時、自転車置場でサッカー部1年の天野くんに会った。年末に、寮で数学を教えてあげた子だ。

「あまね先パイ~お疲れ様です」

「お疲れ、天野くん。部活は何時から?」

涼くん何時まで寮にいるかな、と思って聞いてみる。
「今日は14時集合です~寮でごはん食べます」

あと2時間もある。
絶対涼くん部屋に来るから、寝てられない。

「……体調悪そうですね?  自転車後ろ乗って行きますか~?」

「あ、いや……いいや、ありがとう」

俺は一度教室に戻ろうと思った。先に勉強しとこう。

「……あ、先パイ。寮に戻りたくない感じ?」


天野くんするどいなあ。

「あー……うん、そうかな。もうちょっとしてから帰るよ」

「……一ノ瀬先パイですか?」

俺は目を丸くした。

「えっ」

「図星でしょ~。寝たいなら、いいとこ知ってるんで教えますよ。ついてきてください」

天野くんに手を引っ張られ、サッカー部の部室までやってきた。

鍵を持っていたようで、ガチャリと回して部室に入ると、すぐドアを閉めた。

「ここです」

部室に入ってすぐ右手に、たくさんの荷物が積まれていた。ロッカーと壁の間で、5~60センチくらいの幅を天野くんは指差した。

「かがんでシートめくると、秘密基地があるんですよ~」
そう言って、天野くんはシートを持ち上げてくれた。

「ほら、先パイ。入ってみて」

しゃがんで少し進むと、そこには空間があった。下にはマットが敷いてあり、ギリギリ横になれる広さだった。

「すごい。これ天野くんが作ったの?」

「そうです~夏休みに作ったんですよ。知ってるのゆうと先パイと大野なんですけど、一度荷物詰めこんで基地なくしたことになってるんで、知ってるのはおれだけ~♡」

小さな子供のような発言に、俺はおかしくなって笑った。
「ふふ、かわいいな、天野くんは」

「ありがとうございまーす。先パイ、ここで寝てていいですよ。おれ1時間で戻ってくるんで、部員来ても見張っときますから~」

「えー、ほんと?  助かる。……涼くんがね、過保護すぎて」

「体調悪いの、知られたくないんですか?」

「そうなんだよ~寝てれば治るんだけど」

「じゃあ黙っときますね~おやすみなさーい」


俺はリュックを枕にして、横になった。

ズキズキと、呼吸をするたびに胸の下が痛んだ。たぶんケントさんに殴られた時に、あばらにヒビが入ったのだろう。大きく息をするとピキっとなるので、なるべく小さく、そして身体をなるべく動かさないように呼吸をした。

あ、ここ、すごく心地いいな。

俺はゆっくりとまどろみの中へと溶け込んだ。










カチャバタンッ

「もー、知らないですよ~」

天野くんの声で、ハッと目が覚めた。

ケントさんにもらった腕時計を見ると13時半。部員もそろそろ来ているはずだ。
俺は音を立てないように気をつけ、寝返りをうった。

「あまねといたの見たんだよ。なんか知ってるんだろ」

「こわいな~一ノ瀬先パイ。ストーカーですか~?」

相手は涼くんのようだった。ごめん、天野くん。

「もー、少し話しただけですよ。教室に戻るっていってましたよ?」

「さっき見たけど、いなかったんだよ。スマホもつながらないし、ちょっと困ってるの!」

「なんであまね先パイそんなに追いかけるんですか?  つきあってるんですか?」

「付き合ってねーわ。お前自分がゆーとと付き合ってるからって、全部そういう目で見るのやめろ」

え、そうなの?  古賀くんと付き合ってるんだ?


聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、ドキドキした。

「とにかく~、一ノ瀬先パイはサッカーしましょうよ。部活から帰ったら、きっと部屋にいますよ♡」

「はあ~。もしかして、伊織も小悪魔にやられたの?」

「小悪魔って?  あまね先パイのことですか?」

ああ~!  涼くん。後輩になんてこというんだっ俺は決して小悪魔じゃなーい!

「うーん、小悪魔っていうか。儚げ?  危ういですよね。みんなが、守りたくなるのわかります」

「もーやだ。お前が隠してるのはわかったから、居場所言えっ!!」


カチャ
バタン

「お疲れ~、あ、今日は涼もいる!  よしっ」

「ゆうと先パイ~、一ノ瀬先パイがいじめる~」

「ああっ?  涼、後輩いじめるなよ」

「いじめてねーよっ」

その後続々と部員がやってきて、ワイワイガヤガヤと騒がしくなった。振動が少し身体に伝わってきたが、マットのおかげでずいぶんと快適に寝ていられた。

そうして14時前にみんな部室を出ていった。
天野くんは、「閉めときまーす」と言って最後まで残った。



「……あまね先パイ、」
天野くんが声をかけてくれた。

「騒がしくてすみません。寝れましたか~?」

「寝れた。ほんとありがとうね」

「いえいえ~。自転車で送りますよ。起きれますか?」

「あー、いや。大丈夫。ありがとう」

「じゃあ、一ノ瀬先パイがなるべく部屋に行けないようにしときますね~」

「ほんとー?  あ、もしできたら、20時前後に俺出掛けるんだけど、知られたくないんだ。食堂とかで捕まえといてくれると助かるなあ」

「全然大丈夫です~20時前後ですね。あ。先パイ、ライン交換しましょうよ」

「ライン消しちゃったんだ。ショートメールでいい?」

「はい~♡」

「ライン復活したら、また教えるね」

「はい~♡」




こうして天野くんのおかげで、俺は涼くんの追尾を逃れることに成功し、夜cafeリコへと向かうことができたのだった。





━━━━依頼人①江崎葵

8月3日、江崎葵に報告

8月1日、友人だった山元智加(16)の形見を探してほしいという依頼あり。
山元智加は2月から3月にかけてcafeリコでバイトしていたスタッフだった。形見分けをしたいと祖母から江崎葵に連絡があり、インスタグラムに投稿していたノートが欲しいと申し出るも見つからなかったという。

家にも学校にもないとのことで、バイト先を探してみると、バックヤードにて発見。欲しかったノートの一部、ラクガキした数ページを江崎に手渡し、調査終了。


以下、コドアラプロジェクト内での情報共有

ノートはcafeリコオリジナルのもので、スタッフの磯貝亜矢子の持ち物だった。
山元は3月24日に叱責されたことに腹を立て、磯貝のロッカーよりノートを窃盗。同日インスタグラムに投稿。4月5日、同僚だった吉田乃愛(16)より情報を得て、翌6日夕方に店長の谷口千尋(28)が山元宅へ訪問。殺害し、ノートを取り戻す。
磯貝は山元ではなく殺害してしまった店長に怒り、『もや』出現。
1月4日店長への怒りを指摘し、『もや』消失。(8月に左手甲接触済み)






店長には強い動機があった。でもこれはノートには書かないでおこうと思う。
合成麻薬のことも、知る必要はない。

涼くんが俺を守ろうとしてくれたように、俺も涼くんを守りたいんだ。




結末は俺が決めて、俺が終わらせる。
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