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8・依頼人①江崎葵

回想~調査編

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過去の、山元さんの事件を伝えたニュース番組を思い出す。
4月6日夕方から夜にかけて、おばあさんと2人で暮らしていた山元智加さん(16)が自宅で殺害された。なにも盗まれてないことから、物取りの可能性は低く、怨恨の可能性はないか交遊関係を調べているとのことだった。
この日は雨が降り、視界が悪かったようで防犯カメラにもはっきりと映らず、目撃情報もなかった。耳の悪い祖母は来客にも気づかず、孫が自室で倒れているのを発見したのは翌朝だったという。



なにも盗まれていない、と警察は判断しているが。

このノートの存在は、おばあちゃんには知られてなかったのだろう。それで盗まれたという意識がなかった。

4月6日、山元さんは殺され、持っていたノートを盗られた。このノートは、今スタッフが使用している。この日、きっとスタッフが山元さんのうちへ行き、取り返したのだろう。この時やむを得ない事情で殺害したのかもしれない。


午後になってcafeリコに行き、 厨房、洗い場に挨拶をして、ホールスタッフの待つカウンターへと向かった。
本日のスタッフは谷口千尋店長、磯貝亜矢子さん、長谷川芽生さん、古屋朝陽くん。

申し送りを行い、午前からのスタッフが休憩に入った。

「あまねくん、偉いね。毎日入ってるじゃん」
芽生さんが話しかけてきた。

「稼ぎ時ですから~」
と俺はおどけて答える。芽生さんも、親の手を借りずに大学進学した苦労人のようで、いつも前向きに声をかけてくれる人だった。バイトと勉学の両立が難しく、2年の時に中退してしまったらしいが。今はフリーターをしながら、海外留学に向けてお金を貯めているところらしい。

「あまねくんの高校、修学旅行はいつなの?  秋?」

「来年の2月ですね、お金貯まるかなあ」

「修学旅行くらい、さすがに出して欲しいよね。  毒親って、まじこういうことにお金使ってくれないんだよね」
芽生さんは毒親育ちのようで、芽生さんの前では俺もそんな感じの育ちということにしていた。こうやって2人でこそこそ話すの、すごく楽しい。
「やー、ほんとそうなんですよね。イレギュラーな出費がキツイ~。海外旅行から北海道にスキー旅行に変わったんで、金額的にはまだましなんですけど。支払日まで時間あるんで、がんばって貯めますよ~」

「偉い、偉いぞっ!  足りなかったら、少しは出してあげるから、声かけてね」

「芽生さんやさし~」
にこにこと芽生さんに笑顔を傾けた。

「あ、朝陽くん戻ってきたから、あたしも休憩行くね」

「はい」

俺はホールをぐるりと回り、お冷やをついでいったり食べ終えた皿を下げたりした。今年はパフェが人気らしく、器が足りなくなりそうだったので、洗い場さんまで下げずにカウンターで手洗いすることにした。

「パフェがよく出るなぁ」
と朝陽くんが声をかけてきた。

「そうですね、去年はここで洗わなくて済んだ気がします」

「あまねくん、去年も夏働いてたの?」

「はい、去年の7月からですね。あさひさんは、今年の冬からでしたね」

「そう。同じころ入った子、2人とも辞めちゃったんだよな。乃愛ちゃんかわいかったのになあ」

「乃亜ちゃんアイドルでしたねえ。山元さんは?」

「山元ー?  あいつさぼりまくりだったし、失敗を乃愛ちゃんになすりつけるし、オレ嫌いだったなあ。亡くなったんだってな。それでも嫌い」

「cafeリコで、唯一の名字でしたしね」
誰も、智加ちゃんと呼ぼうとしなかった、ある意味レアキャラの彼女。素行不良で、辞めるのが先か辞めさせられるのが先かと言われてた。3月に彼女の起こしたトラブルで、乃愛ちゃんと俺がめちゃくちゃ客に怒鳴られ、ばしゃりと水をかけられた。乃愛ちゃんは、次の日から来れなくなって、辞めた。

「あさひさん、これ拭いていってくれますか」

「いいよ」

10個ほど洗ったパフェの器を、朝陽さんに託し、濡れたついでにシンクの掃除をした。午前中は店長だったんだろうな、という汚れ具合だった。
その時、亜矢子さんが2階から降りてきて、俺に話しかけた。
「あまねくん、明日、2階に入ってくれない?」

「はい、大丈夫ですよ」

2階は店長が入ることが多かった。暇なので、サボるのに最適だったからだ。

「あいつさー、店長さー、コーヒーマシン適当に洗浄してるっぽいんだよね。明日、バックヤードいつもより念入りに掃除してくれないかな」

「はは、店長らしい~いいですよ」
俺は雑っぽい店長がけっこう好きだった。

俺は私生活ではけっこうだらしないが、学校とバイト先ではきっちりするタイプなので、よく褒められる。カメラアイのおかげで物事を正確に把握できるので、仕事ももちろんできた。




夕方になり、渡辺さやかさんがやって来て、朝からのスタッフだった芽生さんと朝陽くんが帰った。店長はこのまま2階を担当するということで、1階のフロアを亜矢子さんとさやかさんと俺とで担当した。今は夏休みで、年齢層がいつもより若いせいか、夕方からもパフェがめちゃくちゃ売れた。このパフェは実は亜矢子さんの考案したパフェで、本社からも気に入られて他県でも提供されているようだ。
「亜矢子さんのパフェ、めちゃくちゃ人気ですね。レシピ考えるの好きなんですか?」

「製菓の勉強してたからね、味のバランス取るのは得意なんだ。今クリスマスのケーキ考えてるよ」

「亜矢子さんすごいなあ。どんなケーキなんですか?」

「私はクリームが好きなんだけど、クリスマスのケーキってほら、冷凍保存してるからおいしくないじゃない?  だからパフェと同じように、クリームとイチゴはカウンターであと乗せするケーキにしたくて。スポンジと、、、」
と亜矢子さんは細かく説明してくれた。ほんとにレシピ考えるの好きなんだな。休憩の時に考案してるのをたまに見かける。


さやかさんは21時になると、颯爽と帰っていった。夕方いっしょになることが多いが、口数が少なく、あまり自分のことを話したがらないクールな人だった。ただ、とても男気のある方で、山元さんがいたころのスタッフ内での不穏な空気でも我関せずでいて、仕事に来た山元さんには普通に話していた人だ。年齢は、このcafeリコのスタッフ内で一番上である。



片付けが早く終わり、22時にロッカールームへと戻ると、俺は着替えを終えた亜矢子さんに声をかけた。

「亜矢子さん、さっきのレシピ、図案見せてもらえませんか?  パクリはしませんから」

「なにー?  作りたくなっちゃった?」

「俺は作れないですけど~、寮の調理師さん作ってくれないかなって。あ、昔のレシピとか見てみたい♡♡」

俺はかわいこぶって、お願いしてみた。すると、亜矢子さんは「しょうがないな~」と言って、ロッカーに置いていたレシピノートを、パラパラと開いて見せてくれた。

「今考えてるのはこれだけど、人に言わないでね。この過去のやつだったら、写真撮ってもいいよ」

「あ、これおいしそう♡」
俺はなんページか遡って、適当に褒めながら、4月ころに考えたレシピまでめくっていった。




探していたページは、やはり破られてなくなっていた。しかし、筆圧強く描かれたラクガキは、次のページにも爪痕を残していたようで、わずかに文字とイラストとは別のくぼみが残っていた。

ノートを閉じて、再度確認する。

全体的にコーヒー豆を散らばせた絵柄で、カラフルなA5サイズのノート。

日本上陸10周年の限定ノベルティ。

コーヒー豆の形をした0の色はゴールドがかったオレンジ。
これは東京店のスタッフにしか配られなかったもの。
店長が2冊だけ東京からもらったやつで色ちがいなんだと、昨年の忘年会で言っていた。

それから細かい擦れた跡。

破られたであろうページ。




やはり、亜矢子さんが持っているこのノートを、山元さんは盗んだのだ。

ロッカーに鍵はかかるが、かけ忘れていたのかもしれない。


「亜矢子さん……4月6日に、なにしてたか覚えてますか?」






亜矢子さんには、上半身を渦巻くように『もや』がかかっていた。
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