【完結】コドクニアラズ ~淫らな『なんでも屋』~

ナツキ

文字の大きさ
上 下
72 / 102
8・依頼人①江崎葵

回想~調査編

しおりを挟む
過去の、山元さんの事件を伝えたニュース番組を思い出す。
4月6日夕方から夜にかけて、おばあさんと2人で暮らしていた山元智加さん(16)が自宅で殺害された。なにも盗まれてないことから、物取りの可能性は低く、怨恨の可能性はないか交遊関係を調べているとのことだった。
この日は雨が降り、視界が悪かったようで防犯カメラにもはっきりと映らず、目撃情報もなかった。耳の悪い祖母は来客にも気づかず、孫が自室で倒れているのを発見したのは翌朝だったという。



なにも盗まれていない、と警察は判断しているが。

このノートの存在は、おばあちゃんには知られてなかったのだろう。それで盗まれたという意識がなかった。

4月6日、山元さんは殺され、持っていたノートを盗られた。このノートは、今スタッフが使用している。この日、きっとスタッフが山元さんのうちへ行き、取り返したのだろう。この時やむを得ない事情で殺害したのかもしれない。


午後になってcafeリコに行き、 厨房、洗い場に挨拶をして、ホールスタッフの待つカウンターへと向かった。
本日のスタッフは谷口千尋店長、磯貝亜矢子さん、長谷川芽生さん、古屋朝陽くん。

申し送りを行い、午前からのスタッフが休憩に入った。

「あまねくん、偉いね。毎日入ってるじゃん」
芽生さんが話しかけてきた。

「稼ぎ時ですから~」
と俺はおどけて答える。芽生さんも、親の手を借りずに大学進学した苦労人のようで、いつも前向きに声をかけてくれる人だった。バイトと勉学の両立が難しく、2年の時に中退してしまったらしいが。今はフリーターをしながら、海外留学に向けてお金を貯めているところらしい。

「あまねくんの高校、修学旅行はいつなの?  秋?」

「来年の2月ですね、お金貯まるかなあ」

「修学旅行くらい、さすがに出して欲しいよね。  毒親って、まじこういうことにお金使ってくれないんだよね」
芽生さんは毒親育ちのようで、芽生さんの前では俺もそんな感じの育ちということにしていた。こうやって2人でこそこそ話すの、すごく楽しい。
「やー、ほんとそうなんですよね。イレギュラーな出費がキツイ~。海外旅行から北海道にスキー旅行に変わったんで、金額的にはまだましなんですけど。支払日まで時間あるんで、がんばって貯めますよ~」

「偉い、偉いぞっ!  足りなかったら、少しは出してあげるから、声かけてね」

「芽生さんやさし~」
にこにこと芽生さんに笑顔を傾けた。

「あ、朝陽くん戻ってきたから、あたしも休憩行くね」

「はい」

俺はホールをぐるりと回り、お冷やをついでいったり食べ終えた皿を下げたりした。今年はパフェが人気らしく、器が足りなくなりそうだったので、洗い場さんまで下げずにカウンターで手洗いすることにした。

「パフェがよく出るなぁ」
と朝陽くんが声をかけてきた。

「そうですね、去年はここで洗わなくて済んだ気がします」

「あまねくん、去年も夏働いてたの?」

「はい、去年の7月からですね。あさひさんは、今年の冬からでしたね」

「そう。同じころ入った子、2人とも辞めちゃったんだよな。乃愛ちゃんかわいかったのになあ」

「乃亜ちゃんアイドルでしたねえ。山元さんは?」

「山元ー?  あいつさぼりまくりだったし、失敗を乃愛ちゃんになすりつけるし、オレ嫌いだったなあ。亡くなったんだってな。それでも嫌い」

「cafeリコで、唯一の名字でしたしね」
誰も、智加ちゃんと呼ぼうとしなかった、ある意味レアキャラの彼女。素行不良で、辞めるのが先か辞めさせられるのが先かと言われてた。3月に彼女の起こしたトラブルで、乃愛ちゃんと俺がめちゃくちゃ客に怒鳴られ、ばしゃりと水をかけられた。乃愛ちゃんは、次の日から来れなくなって、辞めた。

「あさひさん、これ拭いていってくれますか」

「いいよ」

10個ほど洗ったパフェの器を、朝陽さんに託し、濡れたついでにシンクの掃除をした。午前中は店長だったんだろうな、という汚れ具合だった。
その時、亜矢子さんが2階から降りてきて、俺に話しかけた。
「あまねくん、明日、2階に入ってくれない?」

「はい、大丈夫ですよ」

2階は店長が入ることが多かった。暇なので、サボるのに最適だったからだ。

「あいつさー、店長さー、コーヒーマシン適当に洗浄してるっぽいんだよね。明日、バックヤードいつもより念入りに掃除してくれないかな」

「はは、店長らしい~いいですよ」
俺は雑っぽい店長がけっこう好きだった。

俺は私生活ではけっこうだらしないが、学校とバイト先ではきっちりするタイプなので、よく褒められる。カメラアイのおかげで物事を正確に把握できるので、仕事ももちろんできた。




夕方になり、渡辺さやかさんがやって来て、朝からのスタッフだった芽生さんと朝陽くんが帰った。店長はこのまま2階を担当するということで、1階のフロアを亜矢子さんとさやかさんと俺とで担当した。今は夏休みで、年齢層がいつもより若いせいか、夕方からもパフェがめちゃくちゃ売れた。このパフェは実は亜矢子さんの考案したパフェで、本社からも気に入られて他県でも提供されているようだ。
「亜矢子さんのパフェ、めちゃくちゃ人気ですね。レシピ考えるの好きなんですか?」

「製菓の勉強してたからね、味のバランス取るのは得意なんだ。今クリスマスのケーキ考えてるよ」

「亜矢子さんすごいなあ。どんなケーキなんですか?」

「私はクリームが好きなんだけど、クリスマスのケーキってほら、冷凍保存してるからおいしくないじゃない?  だからパフェと同じように、クリームとイチゴはカウンターであと乗せするケーキにしたくて。スポンジと、、、」
と亜矢子さんは細かく説明してくれた。ほんとにレシピ考えるの好きなんだな。休憩の時に考案してるのをたまに見かける。


さやかさんは21時になると、颯爽と帰っていった。夕方いっしょになることが多いが、口数が少なく、あまり自分のことを話したがらないクールな人だった。ただ、とても男気のある方で、山元さんがいたころのスタッフ内での不穏な空気でも我関せずでいて、仕事に来た山元さんには普通に話していた人だ。年齢は、このcafeリコのスタッフ内で一番上である。



片付けが早く終わり、22時にロッカールームへと戻ると、俺は着替えを終えた亜矢子さんに声をかけた。

「亜矢子さん、さっきのレシピ、図案見せてもらえませんか?  パクリはしませんから」

「なにー?  作りたくなっちゃった?」

「俺は作れないですけど~、寮の調理師さん作ってくれないかなって。あ、昔のレシピとか見てみたい♡♡」

俺はかわいこぶって、お願いしてみた。すると、亜矢子さんは「しょうがないな~」と言って、ロッカーに置いていたレシピノートを、パラパラと開いて見せてくれた。

「今考えてるのはこれだけど、人に言わないでね。この過去のやつだったら、写真撮ってもいいよ」

「あ、これおいしそう♡」
俺はなんページか遡って、適当に褒めながら、4月ころに考えたレシピまでめくっていった。




探していたページは、やはり破られてなくなっていた。しかし、筆圧強く描かれたラクガキは、次のページにも爪痕を残していたようで、わずかに文字とイラストとは別のくぼみが残っていた。

ノートを閉じて、再度確認する。

全体的にコーヒー豆を散らばせた絵柄で、カラフルなA5サイズのノート。

日本上陸10周年の限定ノベルティ。

コーヒー豆の形をした0の色はゴールドがかったオレンジ。
これは東京店のスタッフにしか配られなかったもの。
店長が2冊だけ東京からもらったやつで色ちがいなんだと、昨年の忘年会で言っていた。

それから細かい擦れた跡。

破られたであろうページ。




やはり、亜矢子さんが持っているこのノートを、山元さんは盗んだのだ。

ロッカーに鍵はかかるが、かけ忘れていたのかもしれない。


「亜矢子さん……4月6日に、なにしてたか覚えてますか?」






亜矢子さんには、上半身を渦巻くように『もや』がかかっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

守護霊は吸血鬼❤

凪子
BL
ごく普通の男子高校生・楠木聖(くすのき・ひじり)は、紅い月の夜に不思議な声に導かれ、祠(ほこら)の封印を解いてしまう。 目の前に現れた青年は、驚く聖にこう告げた。「自分は吸血鬼だ」――と。 冷酷な美貌の吸血鬼はヴァンと名乗り、二百年前の「血の契約」に基づき、いかなるときも好きなだけ聖の血を吸うことができると宣言した。 憑りつかれたままでは、殺されてしまう……!何とかして、この恐ろしい吸血鬼を祓ってしまわないと。 クラスメイトの笹倉由宇(ささくら・ゆう)、除霊師の月代遥(つきしろ・はるか)の協力を得て、聖はヴァンを追い払おうとするが……? ツンデレ男子高校生と、ドS吸血鬼の物語。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...