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8・依頼人①江崎葵
回想~依頼編
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以前、俺はケントさんに「思い出せない記憶がある」と言ったことがある。
あながち嘘ではないのだが、実は俺は自ら記憶に蓋をしていたのだ。
『もや』発現順⑷あ①、について、俺はあいまいにしかケントさんに説明しなかったのは、記憶に蓋をしてしまっていて、説明しようにもできなかったからである。8月1日に起きた出来事を、俺は自分の意思で忘れるようにと封印した。涼くんは記憶を失くした俺に、後日大まかなあらすじだけ教えてくれた。それをはずみで思い出してしまい、震えが止まらなくなったのだった。
ケントさんに誤解されたくない、解かれた記憶をケントさんに説明をしよう。震えたのは、ケントさんが怖かったわけではない。それを伝えるために、やはり①についてはすべて話してしまった方が良いのだろうな。話す順について悩んだが、順序良く最初から言った方がわかってもらえる気がする。
「ケントさん、……さっき震えたことの言い訳を、今から話していいですか?」
「いいよ。別のことを思い出したって言ってたな」
テレビの前のラグに並んで座り、ケントさんは俺の肩を寄せてくれた。
「うん。長い話になっちゃうんですけど……」
『もや』が視え始めたのは昨年の7月だったんですけど。cafeリコで『もや』をまとった彼を視たあと、同じ月の月末に逮捕されるニュースを見て、『もや』が悪意の現れではないのかと思ったんです。俺は動揺して、親友の涼くんに相談することにしました。
「一ノ瀬……ちょっといいかな」
8月初旬、夏休み。俺は帰省しなかった一ノ瀬の部屋を訪ねた。
「いいよー。今日も暑いね」
「部屋さむッ!!」
「秋吉いないから、めっちゃ温度下げてる~サイコー」
同室である秋吉孝太郎は、前期課外が始まるまで実家へと帰省していた。学年一の秀才だ。
勤勉で神経質な彼に、学年一気配り上手の一ノ瀬を同室にしたことは、見事な采配であると言えた。俺の方は、うまくいかなかったけど……。
「……あれ?」
「? なに」
「あ、いや…なんでもない。なんか話あるの?」
「あー、うん。ちょっと不思議な話なんだけど、聞いてほしくて……」
俺は、先月から『もや』が視え始め、その人が事件を起こしたことを話した。
俺だけが視える『もや』について話すのは恥ずかしかったが、一ノ瀬はこういうこともなんでも受け入れてくれるので、素直に告白することができた。
「じゃあ、『もや』は殺意とか悪意っぽいものの具現化ってことだな?」
「と、思ったんだけど。そのうち視えなくなるかな」
「なんかのお告げかもなぁ? 他に視えた人いる?」
「この寮にはいない」
「あー、良かった。小出さんとかに視えてたら、ごはん食べられなくなっちゃう」
「小出さんは大丈夫でしょ~、あの人悪意とか縁遠そう」
「善人ほど、裏の顔あるかもよ? オレとか」
一ノ瀬に『もや』視えたら、俺はどうするだろう。なにに怒ってるか、まず殺意の相手探すかな。それで、その問題を解決してやりたい。
「一ノ瀬に『もや』現れたら、俺手伝うよ」
「こっわ~」
「あ、違う、違う。殺意が消えるように、手伝うってこと」
「おー、それいいね。……あのさ、オレの彼女の話していい? ライン来たんだけど」
「うん?」
「4月にcafeリコでバイトしてた子、亡くなったよな?」
「あー、うん。山元さん」
「その子の、形見探したいんだけど、いっしょに話聞かない? 手伝ってよ」
「うん? いいよ」
そんなわけで、俺は江崎葵さんの話を聞きに図書館へと向かうのだった。
「葵ちゃん、」
一ノ瀬が図書館の談話スペースに座る江崎さんに声をかける。
ここはおしゃべりをしながら勉強やディスカッションできるワークスペースだ。
「あまね、cafeリコでバイトしてるから連れてきた」
「うん、頼もしい助っ人だあ」
頼もしいだなんて、久しく言われてないけど。一ノ瀬の彼女さんいい人~。
「んじゃ葵ちゃん、最初から話してくれる?」
「うん。……山元智加ちゃん、同じ青葉高校の同級生なんだけど、いっしょに学校のダンスクラブに入ってたのね。それでまあまあ仲良かったんだけど、今年の4月に亡くなって。6月に、いっしょに住んでたおばあちゃんから、形見分けをしたいと連絡が来たの。ほら、智加ちゃんのもの処分するって辛いでしょ。だから、少しでも誰かにあげたかったみたい。それで、あたしはインスタに載ってた、ノートが欲しいって言ったの」
江崎さんはスマホを取り出し、インスタグラムのある写真を見せてくれた。
「これ。智加ちゃんのアカウントなんだけど、最後に投稿したやつ。ここに写ってる、このノートが欲しいなと思ってて。でも、おばあちゃんに伝えたんだけど家にはなかったみたいで」
A5サイズの、コーヒー豆を散らばせた、カラフルなノート。
「これ、あまね持ってるよな?」
「持ってる」
でも、おかしい。このノートは、昨年cafeリコの親会社が日本上陸10周年の記念に配布したノベルティで、F県にあるcafeリコでは昨年のスタッフしか持っていないはずだ。昨年7月辺りに配布され、俺はちょうどバイトを始めたばかりだったが、個数が足りたようで俺にも配ってくれた。山元さんは確か今年の2月からバイトに入ってたので、ノートを持っているはずがない。
もしかして、まだ余っていて谷口千尋店長があげたのかな? その可能性は否定できないが。
「cafeリコで過去に配られたノベルティですね」
と、簡潔に述べた。
「このノート、cafeリコに忘れられてないかな? 家にも、学校にもなかったから、バイト先に忘れてきたかと思うんだけど」
「葵ちゃん、このノート欲しかったのって、なんか理由があるの?」
「あー……あのね、智加とラクガキしたんだぁ」
それは、ダンスクラブのみんなで、顧問の先生を描いたラクガキだという。
「みんなで先生待ってる間、たまたま悪ノリしてワイワイ描いたの。すっごく楽しかった。書き終える前に先生来ちゃって、その時は写真も撮ってなかったの。そのあと智加死んじゃうなんて……」
なるほど。ノート本体ではなく、みんなで描いた思い出のラクガキが欲しいと。
「さっきのインスタ、もう一回見せてもらえますか?」
江崎さんはうなずき、もう一度インスタグラムの画面を開いて見せてくれた。
「アップにできますか?」
江崎さんは指2本使って少し拡大してくれた。
「今日バイト入ってるんで、バックヤード探してみますね」
と、江崎さんに伝えた。
山元さんのインスタグラムに写っていたノートは、俺が持っているものとは一部違った。アップにしてわかったが、これは一号店である東京店だけに配られた特別なノートだ。小さく10とエンボス加工された部分の0の色が違う。F県のcafeリコでは、2冊しか存在しない。
さらに、アップにして見えた細かい傷、擦れ。
同じノートでも、それらのついたものなら俺は判別ができる。
あのノートは、昨日もcafeリコで見かけた。
「あまね、」
図書館から帰ろうとした俺を一ノ瀬は追いかけてきた。
「やっぱ、あのノートってスタッフのやつだった?」
「山元さんのノートじゃない、って一ノ瀬は気づいたんだ?」
「あーうん、智加ちゃんてけっこうズルい子なんだろ? 葵ちゃんはそういうふうに思ってないけどさ。別の子から、スクショ見せてもらったんだ」
これ、と一ノ瀬はスマホを見せてくれた。
「さっき見たインスタの、コメント欄のスクショ。今は削除されてるんだけど、智加ちゃんよく思ってない子がスクショして拡散してたみたい」
そのスクリーンショットの内容は、こんなものだった。
━━━これが戦利品かwww
━━━なんでこのノート持ってるの?
━━━ばばあにしてはかわいいやつ持ってたなwww
「盗んだのかなと思ったんだけど」
「……そうだね、去年配られたやつだから、山元さんはもらってなかったと思うよ」
「さっき拡大して見てたろ。誰のノートかわかった?」
「わかったよ」
「山元さんて、殺されたんだよな?」
「らしいね。犯人捕まってないね」
「~~あまね、言いなよ。このノート、今誰かスタッフが持ってるの?」
「……持ってる」
「さっき寮では『もや』は視えない、て言ってただろ。バイト先ではどうなの? 『もや』視えてる?」
俺は悩んだ末、簡潔に答える。
「……視えてる」
あながち嘘ではないのだが、実は俺は自ら記憶に蓋をしていたのだ。
『もや』発現順⑷あ①、について、俺はあいまいにしかケントさんに説明しなかったのは、記憶に蓋をしてしまっていて、説明しようにもできなかったからである。8月1日に起きた出来事を、俺は自分の意思で忘れるようにと封印した。涼くんは記憶を失くした俺に、後日大まかなあらすじだけ教えてくれた。それをはずみで思い出してしまい、震えが止まらなくなったのだった。
ケントさんに誤解されたくない、解かれた記憶をケントさんに説明をしよう。震えたのは、ケントさんが怖かったわけではない。それを伝えるために、やはり①についてはすべて話してしまった方が良いのだろうな。話す順について悩んだが、順序良く最初から言った方がわかってもらえる気がする。
「ケントさん、……さっき震えたことの言い訳を、今から話していいですか?」
「いいよ。別のことを思い出したって言ってたな」
テレビの前のラグに並んで座り、ケントさんは俺の肩を寄せてくれた。
「うん。長い話になっちゃうんですけど……」
『もや』が視え始めたのは昨年の7月だったんですけど。cafeリコで『もや』をまとった彼を視たあと、同じ月の月末に逮捕されるニュースを見て、『もや』が悪意の現れではないのかと思ったんです。俺は動揺して、親友の涼くんに相談することにしました。
「一ノ瀬……ちょっといいかな」
8月初旬、夏休み。俺は帰省しなかった一ノ瀬の部屋を訪ねた。
「いいよー。今日も暑いね」
「部屋さむッ!!」
「秋吉いないから、めっちゃ温度下げてる~サイコー」
同室である秋吉孝太郎は、前期課外が始まるまで実家へと帰省していた。学年一の秀才だ。
勤勉で神経質な彼に、学年一気配り上手の一ノ瀬を同室にしたことは、見事な采配であると言えた。俺の方は、うまくいかなかったけど……。
「……あれ?」
「? なに」
「あ、いや…なんでもない。なんか話あるの?」
「あー、うん。ちょっと不思議な話なんだけど、聞いてほしくて……」
俺は、先月から『もや』が視え始め、その人が事件を起こしたことを話した。
俺だけが視える『もや』について話すのは恥ずかしかったが、一ノ瀬はこういうこともなんでも受け入れてくれるので、素直に告白することができた。
「じゃあ、『もや』は殺意とか悪意っぽいものの具現化ってことだな?」
「と、思ったんだけど。そのうち視えなくなるかな」
「なんかのお告げかもなぁ? 他に視えた人いる?」
「この寮にはいない」
「あー、良かった。小出さんとかに視えてたら、ごはん食べられなくなっちゃう」
「小出さんは大丈夫でしょ~、あの人悪意とか縁遠そう」
「善人ほど、裏の顔あるかもよ? オレとか」
一ノ瀬に『もや』視えたら、俺はどうするだろう。なにに怒ってるか、まず殺意の相手探すかな。それで、その問題を解決してやりたい。
「一ノ瀬に『もや』現れたら、俺手伝うよ」
「こっわ~」
「あ、違う、違う。殺意が消えるように、手伝うってこと」
「おー、それいいね。……あのさ、オレの彼女の話していい? ライン来たんだけど」
「うん?」
「4月にcafeリコでバイトしてた子、亡くなったよな?」
「あー、うん。山元さん」
「その子の、形見探したいんだけど、いっしょに話聞かない? 手伝ってよ」
「うん? いいよ」
そんなわけで、俺は江崎葵さんの話を聞きに図書館へと向かうのだった。
「葵ちゃん、」
一ノ瀬が図書館の談話スペースに座る江崎さんに声をかける。
ここはおしゃべりをしながら勉強やディスカッションできるワークスペースだ。
「あまね、cafeリコでバイトしてるから連れてきた」
「うん、頼もしい助っ人だあ」
頼もしいだなんて、久しく言われてないけど。一ノ瀬の彼女さんいい人~。
「んじゃ葵ちゃん、最初から話してくれる?」
「うん。……山元智加ちゃん、同じ青葉高校の同級生なんだけど、いっしょに学校のダンスクラブに入ってたのね。それでまあまあ仲良かったんだけど、今年の4月に亡くなって。6月に、いっしょに住んでたおばあちゃんから、形見分けをしたいと連絡が来たの。ほら、智加ちゃんのもの処分するって辛いでしょ。だから、少しでも誰かにあげたかったみたい。それで、あたしはインスタに載ってた、ノートが欲しいって言ったの」
江崎さんはスマホを取り出し、インスタグラムのある写真を見せてくれた。
「これ。智加ちゃんのアカウントなんだけど、最後に投稿したやつ。ここに写ってる、このノートが欲しいなと思ってて。でも、おばあちゃんに伝えたんだけど家にはなかったみたいで」
A5サイズの、コーヒー豆を散らばせた、カラフルなノート。
「これ、あまね持ってるよな?」
「持ってる」
でも、おかしい。このノートは、昨年cafeリコの親会社が日本上陸10周年の記念に配布したノベルティで、F県にあるcafeリコでは昨年のスタッフしか持っていないはずだ。昨年7月辺りに配布され、俺はちょうどバイトを始めたばかりだったが、個数が足りたようで俺にも配ってくれた。山元さんは確か今年の2月からバイトに入ってたので、ノートを持っているはずがない。
もしかして、まだ余っていて谷口千尋店長があげたのかな? その可能性は否定できないが。
「cafeリコで過去に配られたノベルティですね」
と、簡潔に述べた。
「このノート、cafeリコに忘れられてないかな? 家にも、学校にもなかったから、バイト先に忘れてきたかと思うんだけど」
「葵ちゃん、このノート欲しかったのって、なんか理由があるの?」
「あー……あのね、智加とラクガキしたんだぁ」
それは、ダンスクラブのみんなで、顧問の先生を描いたラクガキだという。
「みんなで先生待ってる間、たまたま悪ノリしてワイワイ描いたの。すっごく楽しかった。書き終える前に先生来ちゃって、その時は写真も撮ってなかったの。そのあと智加死んじゃうなんて……」
なるほど。ノート本体ではなく、みんなで描いた思い出のラクガキが欲しいと。
「さっきのインスタ、もう一回見せてもらえますか?」
江崎さんはうなずき、もう一度インスタグラムの画面を開いて見せてくれた。
「アップにできますか?」
江崎さんは指2本使って少し拡大してくれた。
「今日バイト入ってるんで、バックヤード探してみますね」
と、江崎さんに伝えた。
山元さんのインスタグラムに写っていたノートは、俺が持っているものとは一部違った。アップにしてわかったが、これは一号店である東京店だけに配られた特別なノートだ。小さく10とエンボス加工された部分の0の色が違う。F県のcafeリコでは、2冊しか存在しない。
さらに、アップにして見えた細かい傷、擦れ。
同じノートでも、それらのついたものなら俺は判別ができる。
あのノートは、昨日もcafeリコで見かけた。
「あまね、」
図書館から帰ろうとした俺を一ノ瀬は追いかけてきた。
「やっぱ、あのノートってスタッフのやつだった?」
「山元さんのノートじゃない、って一ノ瀬は気づいたんだ?」
「あーうん、智加ちゃんてけっこうズルい子なんだろ? 葵ちゃんはそういうふうに思ってないけどさ。別の子から、スクショ見せてもらったんだ」
これ、と一ノ瀬はスマホを見せてくれた。
「さっき見たインスタの、コメント欄のスクショ。今は削除されてるんだけど、智加ちゃんよく思ってない子がスクショして拡散してたみたい」
そのスクリーンショットの内容は、こんなものだった。
━━━これが戦利品かwww
━━━なんでこのノート持ってるの?
━━━ばばあにしてはかわいいやつ持ってたなwww
「盗んだのかなと思ったんだけど」
「……そうだね、去年配られたやつだから、山元さんはもらってなかったと思うよ」
「さっき拡大して見てたろ。誰のノートかわかった?」
「わかったよ」
「山元さんて、殺されたんだよな?」
「らしいね。犯人捕まってないね」
「~~あまね、言いなよ。このノート、今誰かスタッフが持ってるの?」
「……持ってる」
「さっき寮では『もや』は視えない、て言ってただろ。バイト先ではどうなの? 『もや』視えてる?」
俺は悩んだ末、簡潔に答える。
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