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7・依頼人⑦向井絢斗
年が明けて【7・依頼人⑦最終話】
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結城さんの『もや』は消えていなかった。
1月2日、早くも結城さんはF県に戻ってきたため、早々に会う約束を取りつけ、左手の甲が触れるように結城さんと接触した。
すると、『もや』は薄くなり、完全に消えた。
左手の甲での接触は、やはり消失条件の1つだった。
いっしょにいたケントさんに、消えたことを告げると「そうか」と小さく答えた。
━━━━依頼人⑦向井絢斗
ほぼ本人にて解決。報告することはない。
備忘録として記載しておく。←すねるなよぉっ
東雲病院のケースワーカー二見凛(30)は、入院している患者の退院先を決めれる立場にあり、職権を乱用して特定の施設に患者を複数名入所させていた。だがその施設は実際は金だけを搾取しほとんど対応することのない悪質な事業所だった。二見はそれを知りながら、退院する患者の生活保護の申請を代理で行い、施設に送り込み、そして自分は施設から見返りをもらっていた。介護の必要な患者にもほとんど支援をせず、衣食住と最低限のコストで運用していたと思われる。
青海市市役所障害福祉課の職員結城直哉(27)は1人の精神疾患患者が死亡したことにより、このケースワーカーのずさんな職務を知り、殺意が芽生える。
12月29日新藤凪改め覆面調査員山田として向井絢斗が面談、本人により自白。その際録音も撮り、後日東雲病院の経営者に送付予定。
施設については見学と称して足を運ぶが、表向ききちんと対応した施設かと思われた。施設の責任者に二見の証言を聞かせ、ようやく自白する。入所者の口座管理を施設が行い、そのほとんどを搾取していたとのこと。この施設については、しかるべき機関に情報提供する予定。
1月2日結城直哉、左手の甲との接触により『もや』消失
結城さんに会った翌日、涼くんを寮に送り初詣に来た。
じじいが「終わりだ」と言っていた新年が、無事にやってきた。
何も起こらなかったことに安堵し、これからも起こらないように神頼みしておく。
ひどく昔のことを思い出した。親父の思い出はほとんど良いものがなかったが、世紀末についての話は面白かった記憶がある。
親父の時代、1999年の7月に地球が滅亡する、というノストラダムスの大予言が流行ったそうだ。空から降ってくる『恐怖の大王』とは何なのか、友達みんなでわいわい話してたなあ、と懐かしみながら俺に教えてくれた。俺が7才のころだった。
今はノストラダムスなんて聞いたことがない。過去の、外れた予言だ。
あのじじいのたわ言も、外れて風化されて忘れられますように。
俺はたった25円で、神様に大きな大きなお願いをした。
「さ、帰ってから楽しみだな~」
とケントさんがワクワクしていた。
「ケントさん、なんてお願いしたかわかりますよ……」
と冷ややかに告げる。
「え、あまねは違うことお願いした?」
ケントさんはありえない、という表情で返事する。
「え、うん、世界平和かな」
「25円でそれはないだろ~」
「ケントさんはエロいことなんでしょ?」
「バカだな、それも含めてのことに決まってるだろ」
「え」
「お前、ほんとカップルの自覚ないなあ」
とケントさんはあきれたようでこつんと頭を小突かれた。
駐車場にたどり着き、車に乗り込むと、ケントさんは手をつないでくれた。
俺が人前だと恥ずかしがるのを知ってて、つながずにいてくれたけど、本当はつなぎたかった。でも、今の俺ではダメだ。いつか、外で堂々とつなげたらいいなと願った。
ああ、これを頼んだら良かったと今ごろ思う。
「ケントさん、俺さっき世界平和願っちゃったけど、ケントさんとずっとこうやって手をつなぎたいな、って願ってるよ」
「お、じゃあ次の神社でそうお願いしろよ?」
「え、もう1ヶ所行くの?」
「お正月って3ヶ所回るんだろ? 三社参り。オレもよく知らないけど」
「デートみたいですね」
「デートだろ」
ケントさんは俺の右手を持ち上げて、甲にキスをした。
「初デートが神社ってなんか年寄りだな」
ケントさんは複雑な面持ちのようだったが、俺は嬉しかった。
「俺は心地いいですよ」
「……あまね、ここは田舎だから、大学進学する時は東京とか大阪選べよ。そしたら、周りの人間なんて誰もオレたちを気にしないから、あまねも堂々とオレと手をつなげるんじゃないか」
「……俺が大阪にしたら、ケントさんいっしょに来てくれるんですか?」
俺は驚いた。てっきり、ケントさんはF県のままで俺はこのそばの大学を選ぶと思っていたから。
「当たり前だろ。どこを選んでも、いっしょに引っ越していっしょに住みたい。お金の心配はいらないからな。ああ、先に養子縁組しとくか」
「ケントさん……」
俺はケントさんの左手を、両手でギュッとした。
早く『もや』の件を片付けて、ケントさんとそんな暮らしがしたいなと、俺は夢を見た。次の神社ではそう願おうかな。もう少し、お賽銭を奮発して。
━━━年末年始、涼くんの泊まり込みのおかげで俺はずいぶんと体調が回復し、カメラアイで過去の検索ができた。
カレーを作ったあの日、9月までしか遡れなかったが、年が明けてすぐ続きを再開し、8月某日に①と左手の甲の接触の確認が取れていた。
にもかかわらず、①の『もや』は消えていない。
1月2日、早くも結城さんはF県に戻ってきたため、早々に会う約束を取りつけ、左手の甲が触れるように結城さんと接触した。
すると、『もや』は薄くなり、完全に消えた。
左手の甲での接触は、やはり消失条件の1つだった。
いっしょにいたケントさんに、消えたことを告げると「そうか」と小さく答えた。
━━━━依頼人⑦向井絢斗
ほぼ本人にて解決。報告することはない。
備忘録として記載しておく。←すねるなよぉっ
東雲病院のケースワーカー二見凛(30)は、入院している患者の退院先を決めれる立場にあり、職権を乱用して特定の施設に患者を複数名入所させていた。だがその施設は実際は金だけを搾取しほとんど対応することのない悪質な事業所だった。二見はそれを知りながら、退院する患者の生活保護の申請を代理で行い、施設に送り込み、そして自分は施設から見返りをもらっていた。介護の必要な患者にもほとんど支援をせず、衣食住と最低限のコストで運用していたと思われる。
青海市市役所障害福祉課の職員結城直哉(27)は1人の精神疾患患者が死亡したことにより、このケースワーカーのずさんな職務を知り、殺意が芽生える。
12月29日新藤凪改め覆面調査員山田として向井絢斗が面談、本人により自白。その際録音も撮り、後日東雲病院の経営者に送付予定。
施設については見学と称して足を運ぶが、表向ききちんと対応した施設かと思われた。施設の責任者に二見の証言を聞かせ、ようやく自白する。入所者の口座管理を施設が行い、そのほとんどを搾取していたとのこと。この施設については、しかるべき機関に情報提供する予定。
1月2日結城直哉、左手の甲との接触により『もや』消失
結城さんに会った翌日、涼くんを寮に送り初詣に来た。
じじいが「終わりだ」と言っていた新年が、無事にやってきた。
何も起こらなかったことに安堵し、これからも起こらないように神頼みしておく。
ひどく昔のことを思い出した。親父の思い出はほとんど良いものがなかったが、世紀末についての話は面白かった記憶がある。
親父の時代、1999年の7月に地球が滅亡する、というノストラダムスの大予言が流行ったそうだ。空から降ってくる『恐怖の大王』とは何なのか、友達みんなでわいわい話してたなあ、と懐かしみながら俺に教えてくれた。俺が7才のころだった。
今はノストラダムスなんて聞いたことがない。過去の、外れた予言だ。
あのじじいのたわ言も、外れて風化されて忘れられますように。
俺はたった25円で、神様に大きな大きなお願いをした。
「さ、帰ってから楽しみだな~」
とケントさんがワクワクしていた。
「ケントさん、なんてお願いしたかわかりますよ……」
と冷ややかに告げる。
「え、あまねは違うことお願いした?」
ケントさんはありえない、という表情で返事する。
「え、うん、世界平和かな」
「25円でそれはないだろ~」
「ケントさんはエロいことなんでしょ?」
「バカだな、それも含めてのことに決まってるだろ」
「え」
「お前、ほんとカップルの自覚ないなあ」
とケントさんはあきれたようでこつんと頭を小突かれた。
駐車場にたどり着き、車に乗り込むと、ケントさんは手をつないでくれた。
俺が人前だと恥ずかしがるのを知ってて、つながずにいてくれたけど、本当はつなぎたかった。でも、今の俺ではダメだ。いつか、外で堂々とつなげたらいいなと願った。
ああ、これを頼んだら良かったと今ごろ思う。
「ケントさん、俺さっき世界平和願っちゃったけど、ケントさんとずっとこうやって手をつなぎたいな、って願ってるよ」
「お、じゃあ次の神社でそうお願いしろよ?」
「え、もう1ヶ所行くの?」
「お正月って3ヶ所回るんだろ? 三社参り。オレもよく知らないけど」
「デートみたいですね」
「デートだろ」
ケントさんは俺の右手を持ち上げて、甲にキスをした。
「初デートが神社ってなんか年寄りだな」
ケントさんは複雑な面持ちのようだったが、俺は嬉しかった。
「俺は心地いいですよ」
「……あまね、ここは田舎だから、大学進学する時は東京とか大阪選べよ。そしたら、周りの人間なんて誰もオレたちを気にしないから、あまねも堂々とオレと手をつなげるんじゃないか」
「……俺が大阪にしたら、ケントさんいっしょに来てくれるんですか?」
俺は驚いた。てっきり、ケントさんはF県のままで俺はこのそばの大学を選ぶと思っていたから。
「当たり前だろ。どこを選んでも、いっしょに引っ越していっしょに住みたい。お金の心配はいらないからな。ああ、先に養子縁組しとくか」
「ケントさん……」
俺はケントさんの左手を、両手でギュッとした。
早く『もや』の件を片付けて、ケントさんとそんな暮らしがしたいなと、俺は夢を見た。次の神社ではそう願おうかな。もう少し、お賽銭を奮発して。
━━━年末年始、涼くんの泊まり込みのおかげで俺はずいぶんと体調が回復し、カメラアイで過去の検索ができた。
カレーを作ったあの日、9月までしか遡れなかったが、年が明けてすぐ続きを再開し、8月某日に①と左手の甲の接触の確認が取れていた。
にもかかわらず、①の『もや』は消えていない。
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