初恋と想い出と勘違い

瀬野凜花

文字の大きさ
上 下
69 / 96

69 違和感 ルイスside3

しおりを挟む
 フィオナ嬢の茶色い小綺麗な靴の下。
 その下にある、あの白いものは、なんだ。

「ルー?」

 不思議そうに呼びかけるフィオナ嬢。

「フィオナ嬢……。何か踏んでいないか?」

 フィオナ嬢は慌てて足を持ち上げた。

「嫌だ、何か変なものでもあったのですか? あら、花しかありませんよ。ルーの見間違いではありませんか?」

 僕はその答えに愕然とした。

 花ない、だって?

「そんなことより、フィーって呼んでくださいよ。昔みたいに」

 

 鳥肌がたった。急に寒くなったように感じる。

 この女は、誰だ。

「ルー? 何か言ってください」

 別人だ。そう思いそうになって、かぶりを振った。

 もしかしたら、僕が好きだった、花を愛するフィーではなくなってしまっただけかもしれない。

「そういえば、昔一緒に見たあのピンクの花はなんという名前だったかな。忘れてしまったんだ」

 すがるように見つめる。本当は花の名前なんて知らない。だが、フィーならば知っているかもしれない。本物のフィーならば。

「ピンクの花、ですか……。なんて名前でしたっけ……」

 悩む様子を見せる。不安がつのる。

「あ、そうです! アネモネです!」

 この時の僕の感情を言い表す言葉は、見つからなかった。
 日が落ち徐々に暗くなっていく視界は、僕の感情を加速させるようだった。

 アネモネ。アネモネなら僕も知っている。美しい花だが、大きな木に繊細に咲くあの花とは、大違いだ。

「君は、フィーではないようだね。悪いけど、帰らせてもらうよ」

 帰ろうとすると、フィオナ嬢が腕にすがりついてきた。

「どうしてですか! 私がフィーです! 間違いありません!」

 不快でしかなくて、振り払った。
 これほどの雑な対応は、女性に対しては紳士的でいようと心がけている僕の記憶には未だかつてない。
 わずかに残った理性が彼女は女性だとささやいたが、どうでも良かった。

「あれは、アネモネではない。アネモネと間違うような似た花ですらない。それだけだ」

「そ、そうでしたっけ? 記憶違いをしていたかもしれません。それくらい、いいじゃないですか」

 僕は冷めた目でフィオナ嬢を見下ろした。

「私にとっては、よくないんだ」

 あの花はフィーと仲良くなるきっかけだ。大切な想い出の花だ。

 僕が譲らないということを察したのか、フィオナ嬢は顔をしかめて吐き捨てた。

「知りませんよ、花なんて。確かに満開がどうのって日記には書いてあったけど、名前までは書いてなかったもの」

 やはり、彼女はフィーではなかったのだ。
 ほぼ確信してはいたものの、本人の口からその言葉を聞くと改めて落胆した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

お飾りの私と怖そうな隣国の王子様

mahiro
恋愛
お飾りの婚約者だった。 だって、私とあの人が出会う前からあの人には好きな人がいた。 その人は隣国の王女様で、昔から二人はお互いを思い合っているように見えた。 「エディス、今すぐ婚約を破棄してくれ」 そう言ってきた王子様は真剣そのもので、拒否は許さないと目がそう訴えていた。 いつかこの日が来るとは思っていた。 思い合っている二人が両思いになる日が来ればいつの日か、と。 思いが叶った彼に祝いの言葉と、破棄を受け入れるような発言をしたけれど、もう私には用はないと彼は一切私を見ることなどなく、部屋を出て行ってしまった。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...