令嬢は闇の執事と結婚したい!

yukimi

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第6話(2) 執事の苦笑

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 この書庫にはフィリアの好きな占いの本が沢山存在するが、ある時父親が「魔道書のような物だ」と言い出して棚の最上段にしまってしまった。
 時々バゼルにこっそり持って来てもらっていたから読むことはできたけれど、悲しい思い出だ。

 それと思しき書棚まで到着するとフィリアが選ぶ本を見定め、最上段に置かれた青黒い革張りの背表紙を指差して求めた。それに応じてシドは備え付けの梯子を軽々と登り、一冊抜いて渡してくれる。

 子供の頃よく使っていた占星術の本だ。一体いつの時代から存在するのか、背表紙は掠れてほとんど読めなくなっている。

 それを受け取ると、彼女は梯子の三段目に腰かけてパラパラとめくり、簡易な星見盤のページを開いて手際よく星の位置を合わせ、心を込めてまじないを呟いた。

「ラサノ・ソ・モ・イギレ……」

 古代に使われていたという星座の名前。これはフィリアのオリジナル占い法だ。どんな占いでもこれを呟くと当たる、気がする。

 星見盤に現れた星の報せを利用し、頭の中にある自家製の摂理表から答えを導き出す。
 すぐに答えが出て笑みがこぼれた。

「やった、尋ね人が見つかると出たわ。このままこの方法で黒髪の騎士を探し続けていればいずれ見つかるかも。これが私の趣味よ」

 見上げると、すぐ傍らに立っているシドはフィリアの手元に優しく灯りを掲げてくれていた。ただでさえ鋭い鷹のような目をしているから、あおり図で見ると影のせいでちょっと怖く見えた。

「占星術ですか……当たるのですか」
「結構当たるわ。実感では六割程度だけれど」
「なるほど、六割」
「あ、バカにしたわね? 六割ってすごいのよ。趣味で六割よ?」
「いえ、バカになどしておりませんよ、すごいと思います。お嬢様が精霊に見初められているという噂は、本当なのでございますね」

 シドは焦ったように取り繕ってその場に立ち膝し、フィリアの本を覗き込んできた。

「占星術の占いはどのような物なのですか。私にも教えてください」

 そんなことを言ってくれた男性はフィリアの人生でこれまで一人もいなかった。一人もだ。どうして饒舌にならずにおれただろうか。

 甲斐甲斐しい執事の為に彼女は占星術における星座の意味、惑星の運行と予測の伝承など、趣味の引き出しをこれでもかと開いた。シドも星座に関してはそれなりの知識があるようで一応の会話が成り立った。

「――だから、女王であるソラージュオレスの星が東の空にある時は、男王であるイギレティオーナの星が西の空にあったというわけよ」
「なるほど、それで二人は触れ合えないのですね」
「そう、でも、イギレティオーナは諦めなかった。星の軌道を変えてでもソラージュオレスに会う為に戦ったのよ。だから星見盤を動かすと二人がどこかで必ず出会えることが分かるの。運命ってそういうものなのかもしれないわね」

 フィリアの好きな恋の伝説。古代から伝わる伝承は興味深い教訓ばかりだ。恋の為に戦ったイギレティオーナは運命に打ち勝った。それを知っているからこそ未来を人任せにしたくない。自分の未来は自分で切り開きたい。

 手元の星見盤をクルクル動かした。
 じわりじわりとソラージュオレスとイギレティオーナの星が近付いていく。

「……出会えたとて……」
「……え?」

 それまで黙り込み、静かに聞き入っていたシドがぽつりと呟いた。その、消え入るような声に驚いて振り向くと、彼はフィリアの手元の星見盤を眺め、俯いていた。目元が前髪で隠れているからその瞳の色は分からない。

「なに?」

 訊くと一瞬の間があった。

「……いえ、その……出会えたとして、二人は幸せになれるのでしょうか」
「なれるに決まってるわ。二人は愛し合っているんだもの」
「…………」

 シドは人の話を聞いていなかったのだろうか。イギレティオーナは運命に打ち勝ってソラージュオレスに会いに行くのだ。その先に幸せが待っているのは当然なのに。

 何を言っているの、と眉をひそめた瞬間、体が固まった。
 顔をあげて視線を送ってきた執事が、誤魔化し紛れに見た事もないほど苦笑していたからだ。

「失礼、そうでしたね。二人は愛し合っていたのでした」
「そ、そうよ、人と言うのはね、出会うべくして出会っているの。そこに愛があるならなんだってできるわ。素敵な教訓でしょう?」
「確かに……運命とは不思議なものですね。私もこうしてお嬢様にお会いすることができて、良いお話も聞けて、運が良かった」

 そうしてまた苦笑した破壊級の可愛さと、胸熱くさせるいじらしい言葉に、フィリアも泣いてしまいそうになりながら頬を緩ませた。

「ええ、私もよ、私もシドに会えて良かったわ。嬉しいことを言ってくれて、どうもありがとう」


 二人はその後、文献探索へ戻り、シドが目ぼしい国の文字体系を解説しながら可能性を一つ一つ消していった。

 羊皮紙に書かれていた文字は見たことのない字形なので何が書かれているのかさっぱり予想もできない。仮に、謎を解くことのできる文献が見つかったとしても、書簡の内容を自分で解読に至るには相当の時間を費やすことになるだろう。

 シドには星座神話の教訓を教える手前、人は出会うべくして出会っているなどと偉そうなことを言ってしまったが、正直なところ、街で出会った黒髪の騎士の正体を割り出して知り合って両想いになって……という絵本のようなシナリオが、半年後の誕生日までに展開される可能性には半信半疑になりつつあった。

――出会えたとして、二人は幸せになれるのでしょうか――

 そんなこと、考えたこともなかった。
 運命で結ばれた二人は必ず幸せになれると思っていたから。
 でも、本当にそうだろうか。そんな風に出会っていきなり結婚するということは、一目見て両想いになるレベルでないと間に合わないはずだ。それは確かに運命的な出会いだけれど、その愛は冷めないのだろうか。
 もしかして運命の人に出会って結ばれても、その後幸せが続くとは限らないのでは……。
 両親に結婚相手を勝手に決められるのと大差ない気がしてきた。

 シドが革張りの本をパラパラとめくって行く。フィリアに見えるように少し屈んでくれている。一国ごとに丁寧に解説してくれる。
 この人が本当に黒髪の騎士だったら完璧だったのにと、何度目か分からない悔しさに唇を噛んだ。


「なかなか見つからないものね。すぐに分かるかと思ったのに」
「そうでございますね……先ほどの国の近隣諸国も探したのですが」
「よっぽど珍しい国の文字なんだわ」
「いっそ世界地図を見てみましょうか。確かこの辺にあったと」

 シドは持っていた本を元の場所へ戻して棚を見渡した。

「あら、それならここにあるわ」

 目の前に『ニーア王国周辺域世界図』と書かれた分厚くて古めかしい本があった。縁がボロボロで白い埃をかぶっている。

 それを取ろうとした時、同時にシドもそこへ腕を延ばしてきた。あっという間に白手袋の大きな手が一回り小さな手に触れ、包み込む。フィリアの手にじわりとぬくもりが広がった。

 ベタベタな展開に心臓がドクンと跳ねる。そのままドキドキが止まらない。なにせ長い。彼はすぐには手を放さなかったから。

 動揺して顔を見上げると、彼は物言わぬ鷹のような目でフィリアを見ていた。口元も緩んでいない。そんなはずはないのに、ランタンの炎のせいで紫色の瞳の奥が燃えているように見える。

 一瞬、時が止まったように感じた。

「失礼……これは私が。地図は重いですから」

 そう言い終えてから、シドはフィリアの手を解放してそれを抜き出し、またパラパラと開き始める。まるで何事もなかったかのように再び新しいページの解説が始まった。
 フィリアも何でもないフリをしてそれを眺めていたが、頭の中では今のシーンを再生することに全力が注がれた。

 アクシデント……だったと思う。思い込みは捨てるべきだ。妙な勘違いをするとそろそろストーカーじみて来るし、執事のシドが、あんなことを故意にするはずがないのだから。

 今のは気のせい。きっと気のせい。

 そう思いつつも、気にしないのは無理であった。
 それ以降、地図本にどんな国が出てきたか覚えていない。ただ解説の為にシドが目を合わせようとする度、フィリアは顔が熱くなってしまうのを抑えることができなかった。

 気付いた時にはシドが懐中時計を見ていて、二人きりの時間の終わりを告げていた。

「さあ、お時間です。お部屋へ参りましょう、お嬢様」
「シド……また今度、探索に付き合ってくれる?」
「ええ、もちろん、お嬢様の為ならどこへでもお供致しますよ」

 シドはまた最後に左手を腹へ当て一礼した。するりと落ちた前髪の下に、勘違いしてしまいそうなほど優しい笑みを添えて。

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