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第8話(1) 令嬢の計り事
しおりを挟む「見た?」
「はい、見ました」
「見たわよね……間違いないわよ。あんなこと執事にできるはずないわ。やっぱりシドの正体は……」
自室に戻ったフィリアは未だ興奮冷めやらなかった。
ミーナの両手を取ってピョンピョン跳ねた後、くるっと回って天蓋付きのふかふかベッドに顔から飛び込む。そしてはしたなく足をバタ付かせた。
見てしまった。シドが華麗に間者を倒すところを。『アイボット家は影の騎士集団説』が濃厚に復活するところを。
そして、もっともっと重要なものを――。
フィリアはシーツに突っ伏したままミーナを近くまで呼び寄せた。ニヤニヤして声が上擦っている。
「似ていたわよね」
「そうですね……確かに」
「あのしなやかな動き、デジャヴかと思ったわ!」
あの日――フィリアが暴漢に襲われた日、どこからか突然颯爽と現れたあの黒髪の騎士の動きが、さっきのシドとそっくりだったのだ。あの時も暴漢の差し出す刃物を避けながら、驚くほど身軽に足払いして暴漢を転ばせていた。
間違いない、と確信せずにはいられなかった。
シドは黒髪の騎士だ。運命の人だ――!
興奮に咽ぶフィリアの背中をミーナは複雑な面持ちで見つめていた。
「でもね、お嬢様、もしそれが真実だとしたら、シド様はなぜ名乗り出ないのでしょう。お嬢様が探しておられると知った時点で普通なら名乗り出ると思いますが」
「それは、だから……シドは侯爵家の影の騎士なのよ。普段は使用人のふりをしていて、騎士ってことを誰にも知られてはいけないの。だから名乗り出たくても言えないのよ」
「でもお嬢様は侯爵家のご令嬢ですよ。そんな騎士がいるならご存知のはずでは?」
「う、うるさいわね、きっとお父様が私にも秘密にしていることなのよ」
「ですが……そうなりますと、シド様はお嬢様を謀って書庫へ通っていることになるんですよ?」
フィリアはシーツに顔を埋めたままビクリと反応した。
確かに、そういうことになってしまう。占いで信頼できると出たはずのシドが、自分を騙しているだなんて考えたくはないけれど。
「も、もしかしたら探されているのが自分だって気付いていないだけなのかもしれないわ」
「そんなはずないじゃありませんか。あの書簡は黒髪の騎士が落として行った物なんでしょう? だったら解読なんてお茶の子さいさいですよ。少なくとも、シド様はお嬢様に恋をした為に城へ潜入してきたわけではなさそうですよね?」
「う゛あぁっ!」
フィリアは驚愕に歪んだ色白の顔をあげ、半開きの口をアグアグさせた。
そういえば、ミーナには言っていないが、この間書庫で手を握られたあれは何だったのだろう。何かの意思表示なのかと期待したのだが、その後さっぱり何もない。
これまで漠然と、運命の人は自分を迎えに来てくれるような気がしていたけれど、一向にシドが正体を現さないということは、彼はやっぱり秘密を明かせない立場なのかもしれない……つまり、こっちから正体を確認して迎えに行って恋愛して婚約までこぎつけなくてはならないということだ。
再びシーツに顔を埋める。
「誕生日まであと四カ月しかないじゃないの。早くなんとかしなきゃ……!」
「お嬢様……お気持ちはお察ししますが現実を見ましょう。もしシド様があの時の騎士だったとしても、今現在お嬢様を謀っているなら到底許されないことですよ。どんな理由があろうとです」
「いいえ、正当な理由があるなら良いと思うわ! シドが運命の人に該当しないと確認するまでは諦めない。運命ってね、今現在の自分が動くかどうかで決まるのよ。自分の未来はこの手で掴んでみせるわ……!」
「……どうするとおっしゃるんですか……」
再びのそりと顔をあげたフィリアが、親指から人差し指の間で顎を支えて考えるポーズを決めた。
「まずはシドの正体――つまり、アイボット家の正体を調べる必要があるわ。お父様ならご存知でしょうけれど、秘匿されているなら訊いても教えてくれないでしょうね……、ほかの誰か――例えばこの城に長くいるノイグなら何か知ってるんじゃないかしら」
「……確かに執事補佐のノイグ様なら、バゼル様とも付き合いが長かったですから、何かご存知かもしれませんが……」
「それだわ! ミーナ、ちょっと調べてきて!」
フィリアはベッドの上で身を起こし、新しい可能性に期待を寄せて目を輝かせた。
ミーナは「ああ、私がね……」と半眼になったが、フィリアが訊きに行くわけにもいかないので頑張ってくれることになった。
アイボット家の正体が影の騎士集団と判明したなら、すぐにでもシドと距離を縮めたい。まずは告白して、自分を好きになってもらって、両親を説得する為の計画を着々と進めて行かなくては……!
<つづく>
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