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102. 結婚式とか、あいのことばとか
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結婚式の日はよく晴れたいい天気だった。
雲一つない青空を鳥が横切っていく。古びてはいるけど厳かな雰囲気のある社殿からは、祝詞が途切れ途切れに聞こえてきていた。参道の向こうにある駐車場には、黒塗りの高級車がずらりと並んでいる。
「……空、綺麗だな~……」
「こんなところで何してるんですか」
あたしは危うく飛び上がりかけた。いつの間に現れたのか、朱虎が柱に寄りかかってこっちを見ている。
「探しましたよ。腹が痛いんじゃなかったんですか?」
「え、えーと……治まるまで休憩中、的な」
「へえ。待合室ではなくこんなところで、ですか」
「そ、外の空気が吸いたかったの」
あたしは社務所の裏にあったベンチに座っていた。朱虎が肩をすくめる。
「サボリも結構ですが、そろそろ戻りませんと。真ん中の席が空いてると目立ちます」
あたしはむっと頬を膨らませた。
「あたしがいなくたってちゃんと主役がいるんだからいいでしょ」
そう。今日行われてる結婚式の主役はあたしじゃない。
「ふざっけんな、結婚なんざとんでもねェ! 俺ァまだピンピンしてんだ、志麻が嫁に行くなんざ許すわけねェだろうが!」
っていうおじいちゃんの一声で、結婚式はあっけなく吹っ飛んだ。
「何よ、自分が死にかけてるってときは早く結婚しろとか嫁に行けって言ってたくせに。おじいちゃんってホント勝手なんだから。神社の予定も無理やり空けさせといて、最低」
「ま、代わりがいたから良かったじゃないですか」
いったんは流れかけた結婚式は、神社での式に俄然興味を示したサンドラと慧介さんが代わりに挙げることになった。白無垢を着たサンドラは一流モデル並みに似合っていて、神社の人が写真をパンフレットにぜひ使わせてほしいと熱心に頼み込んでいた。
あたしは主賓席に座っていたけど、白無垢で幸せそうに微笑むサンドラを見ていると何だか悔しくなってきて、抜け出してきたのだった。
「朱虎こそ戻らなくていいの」
「一服してから戻ります」
あたしの横に腰を下ろした朱虎は、スーツのポケットから煙草を取り出した。一本咥えて火をつける。
「あたし、自分の時は絶対白無垢着ない。参列した組員のみんな、全員サンドラに見とれてたもん」
「まあ、恐ろしく綺麗でしたからね。見とれるのは仕方ない、男のサガってやつです」
「……朱虎も見とれた?」
そろりと横目で伺うと、朱虎は煙を吐いて片頬だけで笑った。
「自分は少々、好みが特殊なもんで」
「そ、そう。……ん?」
一瞬ホッとしたけど、そこはかとなくけなされた気がする。
あたしはそのまま、ちらちらと朱虎を眺めた。
おじいちゃんからお世話係を変えられちゃったから、こんな風に朱虎をゆっくり近くで見るのは久しぶりだ。
祝い事用の黒いスーツに白ネクタイ。きっちり上げられた赤い髪。
格好いい、圧倒的に格好いい。
煙草を咥えて伏し目がちになってるところ、100枚写メ撮りたい。
「あ、あのさ、朱虎。……くっついていい?」
ドキドキしながら言うと、朱虎は片眉を上げてあたしを見た。
「お嬢に触れるのはオヤジに禁じられてます」
「何でよ! 今、おじいちゃんいないじゃん! いいでしょ?」
「駄目ですよ。……そういうことをいちいち聞かないでください」
あたしはシラッとした顔で煙草をふかす朱虎を睨んだ。
こんなに触れたいって思ってるのに、ドキドキしてるのはあたしだけみたいで悔しい。
朱虎のバカ! トーヘンボク! 頭固い!
さんざん心の中で罵った後で、ふと、閃いた。
「朱虎。ちょっと煙草置いて、こっち向いて」
「はい?」
「いいから置いて!」
朱虎は肩をすくめると灰皿に煙草を置いた。
「じゃあ、目を閉じて」
じろりとあたしを一瞥してから、長いまつげが伏せられる。
「何でもいいですが、早くしてくださいよ」
「う、うん」
あたしはごくりと喉を鳴らしてから――思い切って身を乗り出した。
ガチンッ!
「いったあ!」
「痛っ」
思いっきり歯が当たって、あたしはのけぞった。朱虎が顔をしかめて唇に触れる。
「いきなり頭突きですか」
「ち、違う」
あたしは口を押えてぶんぶんと首を振った。唇を切ったらしく、口の中に血の味が広がる。
「キスだもん……朱虎から触るのはダメでも、あたしからするんだったらセーフでしょ。だから」
「……ははあ」
さっとするつもりだった。
それなのに、かっこ悪すぎる。
涙がじわっと出てきた。痛いからじゃなくて、情けないからだ。
「もうっ……朱虎のバカ!」
「はいはい、すみません。ほら、見せてください」
うつむいていると、ひょいと顎をつままれた。唇を押さえていた手をどけられ、覗き込まれる。
「唇、切れてますね。痛いですか?」
「う……平気、だけど。触っていいの?」
「この場合はやむを得ないでしょう」
と言いながら、朱虎の手がするりと腰に回ってあたしの体を抱き寄せた。
「え、あれ?」
「お嬢にしては考えましたね」
「う、うん」
「でも、あれがキスとは酷すぎる。……ちゃんと教えたでしょう」
そう囁かれたかと思うと――朱虎の顔が降りてきて、ごく自然にあたしの唇をふさいだ。
「んんん!? ……」
いつかの夜みたいに、舌が優しく傷をなぞる。ピリッとした痛みが甘くしびれて、脳がたちまちとろけた。
唇が離れると、あたしはくたくたと朱虎の胸に寄りかかった。全身からすっかり力が抜けている。
「こうやるんです。覚えましたか?」
「ん、うん、多分……」
「まだまだ『練習』が必要ですね。頭突きは勘弁してほしいですし」
いつのまにか、朱虎の大きな手があたしの手に絡まっている。指の間をゆっくり撫でられると、ぞくぞくと甘い痺れが背筋を駆け下りた。
「な、なんか、変な感じ」
「嫌ですか」
「嫌……じゃないけど、手、触っていいの?」
「あのですね。聞かれたら俺は『駄目です』って言うしかないんですよ、立場上」
朱虎はあたしの耳に顔を寄せると「聞く必要なんざありません。ご自由にどうぞ」と囁いた。
「あ……そゆこと。朱虎、触られたくないのかと思った」
「惚れた女に触れたくない野郎なんざいませんよ」
さらりと言われた言葉にかっと頬が熱くなった。
「どうしました?」
「ほ、惚れてる、とか、初めて聞いたから」
「言ってませんでしたか」
「聞いてないもん」
「それは失礼しました」
「何、その言い方……」
あたしは朱虎の胸に顔をうずめた。シャツ越しの心臓が速いリズムでドクドク鳴っているのが分かる。
「もしかして、今、朱虎もドキドキしてる?」
「バレましたか」
冷静そのものって感じで言いながら、あたしを抱く腕に力が込められた。とろりと甘い気分が胸をひたひたに満たす。
「ねえ朱虎、あたしのことすごーく好きって言って」
「そんな頭の悪い台詞言えって、拷問ですか」
「酷い! ちゃんと言葉にしてってば。朱虎は言わなさすぎ!」
ふ、と朱虎が笑う気配がした。
「なんで笑うの!?」
「いや。つい最近、同じことを言われたなと」
「誰に?」
「嫌な野郎にですよ」
誰だろう。レオかな?
首をかしげていると、不意に朱虎が体を離した。
「あ……」
もうおしまいなんだろうか。
ちょっと残念な気持ちになっていると、朱虎はあたしの手を握って顔を覗き込んできた。改まったような顔つきになっている。
「志麻」
心臓がさっきの五倍は跳ねあがった。思わず背筋が伸びる。
「は、は、はいっ」
「俺の嫁になってくれるか」
「え……え、ええっ!?」
紺色の瞳に、真っ赤になったあたしが映っている。
「先を越されちまって情けねぇが、俺からも申し込ませてください。……俺は、あんたを嫁にしたい。まともな家族なんざ知らねえが、あんたとなら作れると思う」
真剣な瞳で見つめてくる朱虎に、初めて会った時の姿がダブって見えた。
暗い目をして、いつもうつむいていた赤い髪の男の子。
あたしが守ってあげないと、ってあのころから思ってた。
「俺の全部をかけてあんたを幸せにする。だから、俺にあんたの一生をくれ」
「うん……はい」
不意に視界がにじんで涙がこぼれた。ぼろぼろこぼれて、頬を流れていく。
せっかく可愛くメイクしたのに台無しだ。
でも、そんなのどうでも良かった。
あたしはしゃくりあげながら、必死に言葉を絞り出した。
「あたし、あたしね、朱虎が好き。大好き、すごく大事……ホントに大事なの」
あたしがどんなに朱虎を想ってるか、見せられたらいいのに。
言葉じゃ全然足りない。伝わるだろうか。伝わってほしい。
そう祈りながら見つめると、朱虎が笑った。子供みたいな満面の笑顔を浮かべて、あたしを抱きしめる。
「俺もですよ。あんたのことが心底大事で、愛おしくてたまらねえ」
「ふ……ふええぇぇん」
「泣かないでください。俺は昔から、あんたの泣き顔にだけは弱いんです」
遠くでわぁっと歓声が上がった。式が終わって、サンドラたちが出てきたしい。賑やかなざわめきに混じって、おじいちゃんがわめいている声も聞こえてきた。
「おいっ、志麻と朱虎ァどこ行きやがった! 二人していねぇぞ、どこにシケこんでやがる!?」
「オヤジ、ちょっとは二人きりにしてあげましょうよ。せっかく恋人同士になったんだから」
「うるせェ、俺の目が黒ェうちは許してたまるか! とっとと探し出せ斯波ァ!」
あたしは朱虎と顔を見合わせた。
「……戻らないといけないかな」
「化粧を直してからのほうがいいですね。でも……もう少しだけ『練習』しておきますか?」
「する!」
頷くと、くすりと笑った朱虎が顔を寄せてくる。あたしは目を閉じながら、絡めた指に力を込めた。
「どこだ朱虎っ、出て来やがれ! 志麻に手ェ出したらただじゃおかねェからなーっ!」
【ヤクザのせいで結婚できない! 本編・完】
※本編は終わりますが、この後少しだけ番外編が続きますので引き続き【月・木】で更新いたします。
もしよろしければ、彼らのその後を見てやってくださいませ。
「――そういえば朱虎。寝てる時に手を出したって、いつ?」
「それ、答えないと駄目ですか」
「えっ、だって気になる……あ! もしかして、嵐の夜のアレ? あの、傷口……舐めてくれた、やつ」
「日にちは合ってますが、違います」
「えっ、じゃあ、あの後で……ん? ちょっと待って。朱虎、あの夜のことは飲みすぎてて何も覚えてないって言ってたよね!?」
「嘘です」
「う、ウソ!? ウソついてたの、あんなにシレっと!?」
「それに、お嬢が起きたんで一応報告しましたけどね。『キスしました』って」
「……全然覚えてない!!」
「でしょうねえ。寝ぼけてるあんたは可愛かったですよ」
「……! ……!」
「睨まないでくださいよ。怒ったんですか?」
「お、怒ってないもん! だ、だ、だって、いきなり可愛い、とか、言うから……朱虎の、バカ」
「……。俺の忍耐力にも一応、限界ってもんがあるんですよ。分かりますか?」
「え? にんたい……ごめん、分かんない。何?」
「……教えて差し上げますよ。ちょっとこっちに来てください」
「こっちって……何もないよ? ……ちょっ、あ……」
雲一つない青空を鳥が横切っていく。古びてはいるけど厳かな雰囲気のある社殿からは、祝詞が途切れ途切れに聞こえてきていた。参道の向こうにある駐車場には、黒塗りの高級車がずらりと並んでいる。
「……空、綺麗だな~……」
「こんなところで何してるんですか」
あたしは危うく飛び上がりかけた。いつの間に現れたのか、朱虎が柱に寄りかかってこっちを見ている。
「探しましたよ。腹が痛いんじゃなかったんですか?」
「え、えーと……治まるまで休憩中、的な」
「へえ。待合室ではなくこんなところで、ですか」
「そ、外の空気が吸いたかったの」
あたしは社務所の裏にあったベンチに座っていた。朱虎が肩をすくめる。
「サボリも結構ですが、そろそろ戻りませんと。真ん中の席が空いてると目立ちます」
あたしはむっと頬を膨らませた。
「あたしがいなくたってちゃんと主役がいるんだからいいでしょ」
そう。今日行われてる結婚式の主役はあたしじゃない。
「ふざっけんな、結婚なんざとんでもねェ! 俺ァまだピンピンしてんだ、志麻が嫁に行くなんざ許すわけねェだろうが!」
っていうおじいちゃんの一声で、結婚式はあっけなく吹っ飛んだ。
「何よ、自分が死にかけてるってときは早く結婚しろとか嫁に行けって言ってたくせに。おじいちゃんってホント勝手なんだから。神社の予定も無理やり空けさせといて、最低」
「ま、代わりがいたから良かったじゃないですか」
いったんは流れかけた結婚式は、神社での式に俄然興味を示したサンドラと慧介さんが代わりに挙げることになった。白無垢を着たサンドラは一流モデル並みに似合っていて、神社の人が写真をパンフレットにぜひ使わせてほしいと熱心に頼み込んでいた。
あたしは主賓席に座っていたけど、白無垢で幸せそうに微笑むサンドラを見ていると何だか悔しくなってきて、抜け出してきたのだった。
「朱虎こそ戻らなくていいの」
「一服してから戻ります」
あたしの横に腰を下ろした朱虎は、スーツのポケットから煙草を取り出した。一本咥えて火をつける。
「あたし、自分の時は絶対白無垢着ない。参列した組員のみんな、全員サンドラに見とれてたもん」
「まあ、恐ろしく綺麗でしたからね。見とれるのは仕方ない、男のサガってやつです」
「……朱虎も見とれた?」
そろりと横目で伺うと、朱虎は煙を吐いて片頬だけで笑った。
「自分は少々、好みが特殊なもんで」
「そ、そう。……ん?」
一瞬ホッとしたけど、そこはかとなくけなされた気がする。
あたしはそのまま、ちらちらと朱虎を眺めた。
おじいちゃんからお世話係を変えられちゃったから、こんな風に朱虎をゆっくり近くで見るのは久しぶりだ。
祝い事用の黒いスーツに白ネクタイ。きっちり上げられた赤い髪。
格好いい、圧倒的に格好いい。
煙草を咥えて伏し目がちになってるところ、100枚写メ撮りたい。
「あ、あのさ、朱虎。……くっついていい?」
ドキドキしながら言うと、朱虎は片眉を上げてあたしを見た。
「お嬢に触れるのはオヤジに禁じられてます」
「何でよ! 今、おじいちゃんいないじゃん! いいでしょ?」
「駄目ですよ。……そういうことをいちいち聞かないでください」
あたしはシラッとした顔で煙草をふかす朱虎を睨んだ。
こんなに触れたいって思ってるのに、ドキドキしてるのはあたしだけみたいで悔しい。
朱虎のバカ! トーヘンボク! 頭固い!
さんざん心の中で罵った後で、ふと、閃いた。
「朱虎。ちょっと煙草置いて、こっち向いて」
「はい?」
「いいから置いて!」
朱虎は肩をすくめると灰皿に煙草を置いた。
「じゃあ、目を閉じて」
じろりとあたしを一瞥してから、長いまつげが伏せられる。
「何でもいいですが、早くしてくださいよ」
「う、うん」
あたしはごくりと喉を鳴らしてから――思い切って身を乗り出した。
ガチンッ!
「いったあ!」
「痛っ」
思いっきり歯が当たって、あたしはのけぞった。朱虎が顔をしかめて唇に触れる。
「いきなり頭突きですか」
「ち、違う」
あたしは口を押えてぶんぶんと首を振った。唇を切ったらしく、口の中に血の味が広がる。
「キスだもん……朱虎から触るのはダメでも、あたしからするんだったらセーフでしょ。だから」
「……ははあ」
さっとするつもりだった。
それなのに、かっこ悪すぎる。
涙がじわっと出てきた。痛いからじゃなくて、情けないからだ。
「もうっ……朱虎のバカ!」
「はいはい、すみません。ほら、見せてください」
うつむいていると、ひょいと顎をつままれた。唇を押さえていた手をどけられ、覗き込まれる。
「唇、切れてますね。痛いですか?」
「う……平気、だけど。触っていいの?」
「この場合はやむを得ないでしょう」
と言いながら、朱虎の手がするりと腰に回ってあたしの体を抱き寄せた。
「え、あれ?」
「お嬢にしては考えましたね」
「う、うん」
「でも、あれがキスとは酷すぎる。……ちゃんと教えたでしょう」
そう囁かれたかと思うと――朱虎の顔が降りてきて、ごく自然にあたしの唇をふさいだ。
「んんん!? ……」
いつかの夜みたいに、舌が優しく傷をなぞる。ピリッとした痛みが甘くしびれて、脳がたちまちとろけた。
唇が離れると、あたしはくたくたと朱虎の胸に寄りかかった。全身からすっかり力が抜けている。
「こうやるんです。覚えましたか?」
「ん、うん、多分……」
「まだまだ『練習』が必要ですね。頭突きは勘弁してほしいですし」
いつのまにか、朱虎の大きな手があたしの手に絡まっている。指の間をゆっくり撫でられると、ぞくぞくと甘い痺れが背筋を駆け下りた。
「な、なんか、変な感じ」
「嫌ですか」
「嫌……じゃないけど、手、触っていいの?」
「あのですね。聞かれたら俺は『駄目です』って言うしかないんですよ、立場上」
朱虎はあたしの耳に顔を寄せると「聞く必要なんざありません。ご自由にどうぞ」と囁いた。
「あ……そゆこと。朱虎、触られたくないのかと思った」
「惚れた女に触れたくない野郎なんざいませんよ」
さらりと言われた言葉にかっと頬が熱くなった。
「どうしました?」
「ほ、惚れてる、とか、初めて聞いたから」
「言ってませんでしたか」
「聞いてないもん」
「それは失礼しました」
「何、その言い方……」
あたしは朱虎の胸に顔をうずめた。シャツ越しの心臓が速いリズムでドクドク鳴っているのが分かる。
「もしかして、今、朱虎もドキドキしてる?」
「バレましたか」
冷静そのものって感じで言いながら、あたしを抱く腕に力が込められた。とろりと甘い気分が胸をひたひたに満たす。
「ねえ朱虎、あたしのことすごーく好きって言って」
「そんな頭の悪い台詞言えって、拷問ですか」
「酷い! ちゃんと言葉にしてってば。朱虎は言わなさすぎ!」
ふ、と朱虎が笑う気配がした。
「なんで笑うの!?」
「いや。つい最近、同じことを言われたなと」
「誰に?」
「嫌な野郎にですよ」
誰だろう。レオかな?
首をかしげていると、不意に朱虎が体を離した。
「あ……」
もうおしまいなんだろうか。
ちょっと残念な気持ちになっていると、朱虎はあたしの手を握って顔を覗き込んできた。改まったような顔つきになっている。
「志麻」
心臓がさっきの五倍は跳ねあがった。思わず背筋が伸びる。
「は、は、はいっ」
「俺の嫁になってくれるか」
「え……え、ええっ!?」
紺色の瞳に、真っ赤になったあたしが映っている。
「先を越されちまって情けねぇが、俺からも申し込ませてください。……俺は、あんたを嫁にしたい。まともな家族なんざ知らねえが、あんたとなら作れると思う」
真剣な瞳で見つめてくる朱虎に、初めて会った時の姿がダブって見えた。
暗い目をして、いつもうつむいていた赤い髪の男の子。
あたしが守ってあげないと、ってあのころから思ってた。
「俺の全部をかけてあんたを幸せにする。だから、俺にあんたの一生をくれ」
「うん……はい」
不意に視界がにじんで涙がこぼれた。ぼろぼろこぼれて、頬を流れていく。
せっかく可愛くメイクしたのに台無しだ。
でも、そんなのどうでも良かった。
あたしはしゃくりあげながら、必死に言葉を絞り出した。
「あたし、あたしね、朱虎が好き。大好き、すごく大事……ホントに大事なの」
あたしがどんなに朱虎を想ってるか、見せられたらいいのに。
言葉じゃ全然足りない。伝わるだろうか。伝わってほしい。
そう祈りながら見つめると、朱虎が笑った。子供みたいな満面の笑顔を浮かべて、あたしを抱きしめる。
「俺もですよ。あんたのことが心底大事で、愛おしくてたまらねえ」
「ふ……ふええぇぇん」
「泣かないでください。俺は昔から、あんたの泣き顔にだけは弱いんです」
遠くでわぁっと歓声が上がった。式が終わって、サンドラたちが出てきたしい。賑やかなざわめきに混じって、おじいちゃんがわめいている声も聞こえてきた。
「おいっ、志麻と朱虎ァどこ行きやがった! 二人していねぇぞ、どこにシケこんでやがる!?」
「オヤジ、ちょっとは二人きりにしてあげましょうよ。せっかく恋人同士になったんだから」
「うるせェ、俺の目が黒ェうちは許してたまるか! とっとと探し出せ斯波ァ!」
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「……戻らないといけないかな」
「化粧を直してからのほうがいいですね。でも……もう少しだけ『練習』しておきますか?」
「する!」
頷くと、くすりと笑った朱虎が顔を寄せてくる。あたしは目を閉じながら、絡めた指に力を込めた。
「どこだ朱虎っ、出て来やがれ! 志麻に手ェ出したらただじゃおかねェからなーっ!」
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「――そういえば朱虎。寝てる時に手を出したって、いつ?」
「それ、答えないと駄目ですか」
「えっ、だって気になる……あ! もしかして、嵐の夜のアレ? あの、傷口……舐めてくれた、やつ」
「日にちは合ってますが、違います」
「えっ、じゃあ、あの後で……ん? ちょっと待って。朱虎、あの夜のことは飲みすぎてて何も覚えてないって言ってたよね!?」
「嘘です」
「う、ウソ!? ウソついてたの、あんなにシレっと!?」
「それに、お嬢が起きたんで一応報告しましたけどね。『キスしました』って」
「……全然覚えてない!!」
「でしょうねえ。寝ぼけてるあんたは可愛かったですよ」
「……! ……!」
「睨まないでくださいよ。怒ったんですか?」
「お、怒ってないもん! だ、だ、だって、いきなり可愛い、とか、言うから……朱虎の、バカ」
「……。俺の忍耐力にも一応、限界ってもんがあるんですよ。分かりますか?」
「え? にんたい……ごめん、分かんない。何?」
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二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
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無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
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貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
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