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99. 妹誕生とか、昔の因縁とか
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結局、肋骨が何本か折れていて、あたしは大先生の病院に数日間入院する羽目になった。なかなか熱が下がらなくて、一時は結構深刻だったらしい。目が覚めた時はおじいちゃんがのぞき込んでいて、ニヤリと笑って「目ェ覚めたか、志麻。ちと寝すぎだぜ」といつもの調子で言った。その目が真っ赤だったのに、すごく申し訳ない気持ちになった。
毎日お世話に来てくれていた斯波さんやミカの次にちょくちょく来てくれたのは環で、「肋骨が折れるとどんな支障が出るんだ?」とか「マフィアの息子はどんな言動だった? ちょっと演じて見せてくれ」とかメモを片手にやたら熱心に聞いてきた。次回作はマフィアとヤクザの官能BL小説にするらしい。
風間君も環と一緒に顔を出してくれて、あれこれ差し入れしてくれた。
「ほい、コレ。志麻センパイが休みの分の授業のノートな、科目別にしてあるぜ」
いったいどうやって入手したのか謎だったけど、非常にありがたかった。
環や風間君と同じくらい頻繁に来てくれたのは蓮司さんだった。なぜかいつも誰もいない時間にすっと現れる。蓮司さんが来るたびにアレコレ理由を付けた看護婦さんが入れ代わり立ち代わり来て、イケメンの吸引力のすごさをまざまざと見せつけられた。
蓮司さんによると、レオは海上保安庁によって救助され、そのまま東雲会の裏取引相手として逮捕されたそうだ。こっちはピンピンしていて、留置所でも派手に暴れているらしい。ロッソファミリーが何かしてくるんじゃないか心配だったけど、蓮司さんは複雑な笑みを浮かべて「そちらは問題ありません」と繰り返すだけだった。
朱虎は、一度も現れなかった。
誰も何も言わなかったし、あたしも何となく聞けないまま、退院の日がやってきた。
「ふ~……やっとうちに帰れたあ」
玄関に立って、あたしは思いっきり伸びをした。とたんに鈍い痛みが走る。
「あ、いたた」
「おい、大丈夫かよ」
荷物を運んできたミカが慌てる。あたしは手を振った。
「平気平気」
「完治したわけじゃねえんだから無理すんなよ。荷物、部屋に運んどくから」
「あたしやるよ」
「無理すんなって言ってんだろ。いいからよ」
ミカは荷物を抱えると、すたすたと行ってしまった。
「ん~……ミカ、すっかり馴染んじゃってる感じだけどいいのかな~……生き生きとはしてるけど……」
上がりかけた時、ふと見慣れない靴に気づいた。あたしより小さなサイズのヒール。
「お客さん? おじいちゃんのガールフレンドかな……それにしちゃデザインが若いけど」
「お嬢さん!」
首をかしげていると、クロちゃんが小走りでやってきた。
「お疲れのところすみません。オヤジがすぐに来るように、と。大座敷でお待ちです」
「大座敷?」
大座敷はうちで一番広い部屋だ。組員の襲名式とか新年の宴会とか、人が沢山集まったり何か改まったイベントをやるときに使う。
「いいけど、何かあるの?」
「まあ……はい」
妙に歯切れの悪いクロちゃんについて大座敷にはいったあたしは思わず足を止めた。
ふすまを開け払って広々とした座敷には、ずらりと左右にうちの組員が全員並んで座っている。揃って黒スーツの正装だ。
鎧兜と刀が飾られた床の間の前には紋付き袴姿のおじいちゃんが腕組みして座っていて、あたしを見ると眉を上げた。
「おう、帰ったか」
その言葉で一斉に組員がこちらを振り返ると、頭を下げた。
「「「志麻お嬢さん、退院おめでとうございます!」」」
「あっ、ありがと……」
退院祝いでもしてくれるのかと思ったけど、こんなに仰々しいとは思わなかった。ていうか、おじいちゃんが退院した時もここまでのことはしてない。
「志麻、入って座れ」
おじいちゃんが顎をしゃくった。
「う、うん……これ、何事? 退院祝いにしてもちょっと大げさすぎない?」
「シマ」
腰を下ろしかけた時、後ろから涼やかな声がかかった。振り向いたあたしはのけぞった。
「さ、サンドラ!?」
ちょこんと座っていたのはサンドラだった。鮮やかな赤い髪をきっちりと結い上げた和装が異様に似合っている。その横には、苦笑を浮かべた慧介さんもいた。
「何でここにいるの、二人とも!?」
「俺が預かった」
おじいちゃんはさらりと言った。
「あ、預かった?」
「ああよ。聞きゃあその嬢ちゃん、惚れた男を追っかけて日本まで来たって話じゃねぇか。実の兄貴にぶっ殺されかけても男を庇ってよ、若ェのに大した肝だ」
「まあ……確かに」
「で、当面うちで面倒見ることにした。まァ、客分ってェとこだな」
「客分って、ロッソファミリーが何か言ってくるんじゃ」
「ケッ、あんなデブに口ィ挟ませっかよ。逆に説教くれてやったわ、カッカッカ」
気持ちよさげに笑ってるけど、全然分からない。
「何の話……デブって誰?」
「私のパパよ」
サンドラが肩をすくめた。
「雲竜組長と知り合いだったみたい」
「ええっ!? そ、そうなの!?」
「昔、ちょいとな」
おじいちゃんは眉をひそめた。
「てめェのバカ息子一人しつけられねェボンクラが、何年経っても変わらねェな人の性根ってのは。だからイタ公は嫌ェだぜ」
昔なにがあったのか、気になるような聞きたくないような複雑な気分だ。何とも言えない気分であたしはサンドラを振り返った。
「というわけだから。これからよろしくね、シマ」
満面の笑顔が眩しい。組員なんて、みんな見とれてるし。
「いやよろしくねって、イタリア帰らなくていいの? あんた」
「あの国にも家族にも未練なんかない。パパには、私は船と一緒に沈んだと思ってって言っておいたわ」
「うわあ……」
「私ね。ジーノが撃たれた時、あなたの言う通りだと思ったの」
サンドラは目を伏せた。長いまつげが影を作る。
「素直に言えばよかった。ジーノが好きだって、あなたの気持ちを聞かせてって。……なんだかんだ言って怖かっただけ。でも、ジーノが死んじゃうより怖いことなんか、この世にないんだって分かったの。だから……」
サンドラは慧介さんを振り返った。慧介さんがニコリと微笑んで、サンドラの肩を抱き寄せる。すごく優しい目をしていた。
前に慧介さんが言っていた言葉がよみがえった。
「……一番欲しいものが手に入ることの方が珍しいんだ」
慧介さんの『一番欲しいもの』はサンドラだったんだろう。きっとそうだ。
思わず笑顔になると、あたしを見た慧介さんが照れたようにちょっと赤くなって頭をかいた。
「志麻ちゃん、迷惑かけるけどサンドラをしばらく頼むよ。妹だとでも思って」
「うん、もちろん! 妹だと……え、妹?」
「あなた、17でしょう」
サンドラが呆れたように言った。
「私は15だもの。仕方ないから妹ってことで良いわ」
「え」
あたしはサンドラを凝視した。
すらりとしたあたしより高い背、長い手と足。あたしより大きい胸に大人びた顔。
「……はああああ!? とっ、年下!? しかも、15!?」
絶対上だと思ってた……何なら20越えてると思ってた。
確かに、それじゃ「当面の間」うちで預かりになるのも納得だ。
ていうか待って、慧介さんとの年の差いくつ!?
「ま、これでイタ公がらみの話ァ片付いた。お前ェら、下がっていいぞ」
あたしがプチパニックを起こしているのをよそに、おじいちゃんが手を振った。サンドラと慧介さんが頷いて部屋を出ていく。
「あれで15……15であの発育……外人? 外人だから? 血の差なの……?」
「――おゥ、入れ」
おじいちゃんの一言で、場がピリッと引き締まった。組員たちの背筋が一斉に伸びる。
ミシッ、とかすかな音を立てて、誰かが部屋に入ってきた。
急に声が出なくなった。心臓がドクドク音を立て始める。
たくさんの視線が集まる中、赤い髪が揺れながらあたしの横を通り過ぎた。きっちりとスーツを着こなした姿からは、ダメージの様子は感じられない。
朱虎はおじいちゃんの前にきちんと正座すると、畳に手をついて深々と頭を下げた。
毎日お世話に来てくれていた斯波さんやミカの次にちょくちょく来てくれたのは環で、「肋骨が折れるとどんな支障が出るんだ?」とか「マフィアの息子はどんな言動だった? ちょっと演じて見せてくれ」とかメモを片手にやたら熱心に聞いてきた。次回作はマフィアとヤクザの官能BL小説にするらしい。
風間君も環と一緒に顔を出してくれて、あれこれ差し入れしてくれた。
「ほい、コレ。志麻センパイが休みの分の授業のノートな、科目別にしてあるぜ」
いったいどうやって入手したのか謎だったけど、非常にありがたかった。
環や風間君と同じくらい頻繁に来てくれたのは蓮司さんだった。なぜかいつも誰もいない時間にすっと現れる。蓮司さんが来るたびにアレコレ理由を付けた看護婦さんが入れ代わり立ち代わり来て、イケメンの吸引力のすごさをまざまざと見せつけられた。
蓮司さんによると、レオは海上保安庁によって救助され、そのまま東雲会の裏取引相手として逮捕されたそうだ。こっちはピンピンしていて、留置所でも派手に暴れているらしい。ロッソファミリーが何かしてくるんじゃないか心配だったけど、蓮司さんは複雑な笑みを浮かべて「そちらは問題ありません」と繰り返すだけだった。
朱虎は、一度も現れなかった。
誰も何も言わなかったし、あたしも何となく聞けないまま、退院の日がやってきた。
「ふ~……やっとうちに帰れたあ」
玄関に立って、あたしは思いっきり伸びをした。とたんに鈍い痛みが走る。
「あ、いたた」
「おい、大丈夫かよ」
荷物を運んできたミカが慌てる。あたしは手を振った。
「平気平気」
「完治したわけじゃねえんだから無理すんなよ。荷物、部屋に運んどくから」
「あたしやるよ」
「無理すんなって言ってんだろ。いいからよ」
ミカは荷物を抱えると、すたすたと行ってしまった。
「ん~……ミカ、すっかり馴染んじゃってる感じだけどいいのかな~……生き生きとはしてるけど……」
上がりかけた時、ふと見慣れない靴に気づいた。あたしより小さなサイズのヒール。
「お客さん? おじいちゃんのガールフレンドかな……それにしちゃデザインが若いけど」
「お嬢さん!」
首をかしげていると、クロちゃんが小走りでやってきた。
「お疲れのところすみません。オヤジがすぐに来るように、と。大座敷でお待ちです」
「大座敷?」
大座敷はうちで一番広い部屋だ。組員の襲名式とか新年の宴会とか、人が沢山集まったり何か改まったイベントをやるときに使う。
「いいけど、何かあるの?」
「まあ……はい」
妙に歯切れの悪いクロちゃんについて大座敷にはいったあたしは思わず足を止めた。
ふすまを開け払って広々とした座敷には、ずらりと左右にうちの組員が全員並んで座っている。揃って黒スーツの正装だ。
鎧兜と刀が飾られた床の間の前には紋付き袴姿のおじいちゃんが腕組みして座っていて、あたしを見ると眉を上げた。
「おう、帰ったか」
その言葉で一斉に組員がこちらを振り返ると、頭を下げた。
「「「志麻お嬢さん、退院おめでとうございます!」」」
「あっ、ありがと……」
退院祝いでもしてくれるのかと思ったけど、こんなに仰々しいとは思わなかった。ていうか、おじいちゃんが退院した時もここまでのことはしてない。
「志麻、入って座れ」
おじいちゃんが顎をしゃくった。
「う、うん……これ、何事? 退院祝いにしてもちょっと大げさすぎない?」
「シマ」
腰を下ろしかけた時、後ろから涼やかな声がかかった。振り向いたあたしはのけぞった。
「さ、サンドラ!?」
ちょこんと座っていたのはサンドラだった。鮮やかな赤い髪をきっちりと結い上げた和装が異様に似合っている。その横には、苦笑を浮かべた慧介さんもいた。
「何でここにいるの、二人とも!?」
「俺が預かった」
おじいちゃんはさらりと言った。
「あ、預かった?」
「ああよ。聞きゃあその嬢ちゃん、惚れた男を追っかけて日本まで来たって話じゃねぇか。実の兄貴にぶっ殺されかけても男を庇ってよ、若ェのに大した肝だ」
「まあ……確かに」
「で、当面うちで面倒見ることにした。まァ、客分ってェとこだな」
「客分って、ロッソファミリーが何か言ってくるんじゃ」
「ケッ、あんなデブに口ィ挟ませっかよ。逆に説教くれてやったわ、カッカッカ」
気持ちよさげに笑ってるけど、全然分からない。
「何の話……デブって誰?」
「私のパパよ」
サンドラが肩をすくめた。
「雲竜組長と知り合いだったみたい」
「ええっ!? そ、そうなの!?」
「昔、ちょいとな」
おじいちゃんは眉をひそめた。
「てめェのバカ息子一人しつけられねェボンクラが、何年経っても変わらねェな人の性根ってのは。だからイタ公は嫌ェだぜ」
昔なにがあったのか、気になるような聞きたくないような複雑な気分だ。何とも言えない気分であたしはサンドラを振り返った。
「というわけだから。これからよろしくね、シマ」
満面の笑顔が眩しい。組員なんて、みんな見とれてるし。
「いやよろしくねって、イタリア帰らなくていいの? あんた」
「あの国にも家族にも未練なんかない。パパには、私は船と一緒に沈んだと思ってって言っておいたわ」
「うわあ……」
「私ね。ジーノが撃たれた時、あなたの言う通りだと思ったの」
サンドラは目を伏せた。長いまつげが影を作る。
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サンドラは慧介さんを振り返った。慧介さんがニコリと微笑んで、サンドラの肩を抱き寄せる。すごく優しい目をしていた。
前に慧介さんが言っていた言葉がよみがえった。
「……一番欲しいものが手に入ることの方が珍しいんだ」
慧介さんの『一番欲しいもの』はサンドラだったんだろう。きっとそうだ。
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「志麻ちゃん、迷惑かけるけどサンドラをしばらく頼むよ。妹だとでも思って」
「うん、もちろん! 妹だと……え、妹?」
「あなた、17でしょう」
サンドラが呆れたように言った。
「私は15だもの。仕方ないから妹ってことで良いわ」
「え」
あたしはサンドラを凝視した。
すらりとしたあたしより高い背、長い手と足。あたしより大きい胸に大人びた顔。
「……はああああ!? とっ、年下!? しかも、15!?」
絶対上だと思ってた……何なら20越えてると思ってた。
確かに、それじゃ「当面の間」うちで預かりになるのも納得だ。
ていうか待って、慧介さんとの年の差いくつ!?
「ま、これでイタ公がらみの話ァ片付いた。お前ェら、下がっていいぞ」
あたしがプチパニックを起こしているのをよそに、おじいちゃんが手を振った。サンドラと慧介さんが頷いて部屋を出ていく。
「あれで15……15であの発育……外人? 外人だから? 血の差なの……?」
「――おゥ、入れ」
おじいちゃんの一言で、場がピリッと引き締まった。組員たちの背筋が一斉に伸びる。
ミシッ、とかすかな音を立てて、誰かが部屋に入ってきた。
急に声が出なくなった。心臓がドクドク音を立て始める。
たくさんの視線が集まる中、赤い髪が揺れながらあたしの横を通り過ぎた。きっちりとスーツを着こなした姿からは、ダメージの様子は感じられない。
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