ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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97. 散歩の途中とか、極限の選択とか

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 空から降ってきた威勢のいい声に、驚きのあまり体の痛みも一瞬吹っ飛んだ。見上げると、強いライトでこっちを照らしながらホバリングする機体が夜空に浮かんでいる。

「俺ァそんなヘタレに盃やった覚えはねえぞ、分かってんのか! まだ無様ァ続けやがるなら、てめェその場で腹切りやがれっ!」
「ちょっ、組長サン! 落ちるって!」
「そう片側に寄ってしまうとヘリのバランスが崩れる。組長どころか全員落ちるぞ」

 完全に聞き覚えがある声だ。あたしは思わず叫んだ。

「おっ、おじいちゃん!? それに、環と風間君も!?」
「志麻! 無事か!?」
「や、あんまり無事じゃないけど……環たち、何でここに!? ていうか、おじいちゃんが何でいるの!?」
「何でもカカシもあるけェ、俺ァアレだ、エエ……散歩だよ、散歩!」
「俺らはお供だぜ~」
「うむ、文学部の学外活動だ」
「散歩って……学外活動って、そんなわけないでしょ!?」
「んな話ァあとだあと!」

 ヘリから身を乗り出したおじいちゃんが怒鳴った。

「朱虎てめェ大概にしろや! いつまでサボってやがる、とっとと起きてそのイタ公片づけろ!」
「オヤジ、下がってください! バランスが崩れますってば!」
「ああ? 何しやがる斯波っ、こら離せ離しやがれっ!」

 揉み合うような音とともにぐらぐらと明かりが揺れ、ヘリコプターが少し距離を取った。光が揺れながら遠ざかる。

「な、何してんのホントに……」
「……くっ」

 突っ伏していた朱虎がゆらり、と立ち上がった。肩が震えている。

「ふっ……は、ははっ」

 朱虎は笑っていた。ボロボロでフラフラで、あちこちから血を流しながら笑っている。

「あ、朱虎……」
「すみません、お嬢」

 笑いを収めた朱虎はシャツを引きちぎるように脱ぎ捨てた。
 露になった背中、血と汗に濡れた赤い虎が牙を剥いている。
 ふぅっ、と息を吐いた朱虎が顔を上げた。

「ふがいねえ姿を晒しました。……今、片ァつけます」

 空を見上げていたレオが眉を跳ね上げて朱虎に向き直った。

「片づける? 片づける、と言ったのか、お前が俺を。笑わせるな、殴られすぎて気が狂ったか」
「いいから来いよ」

 短く言った朱虎はさっきまでみたいな構えをとっていなかった。だらりと両腕を垂らして、ただ突っ立っている。

「ハ! 殺してくれ、と言っているのか? よかろう、そろそろ楽にしてやる。これ以上お前に構っている暇はないからな!」

 せせら笑ったレオが重戦車のような勢いで一気に朱虎へと襲い掛かった。大きな拳が振り下ろされ――次の瞬間、レオの巨体が甲板にたたきつけられた。

「……えっ!?」

 ちゃんと見ていたはずなのに何が起きたのか全然分からなかった。
 今にも朱虎が殴り倒されると思ったのに、転がっているのはレオの方だ。朱虎は同じ姿勢のままレオを見下ろしている。
 天を仰いだレオの顔が信じられないという表情を浮かべた。

「なんっ……貴様ッ!」

 荒々しく跳ね起き、もう一度朱虎に掴みかかる。すい、と身をそらした朱虎の手が閃いたかと思うと、再びレオはぐるんっ、と宙を舞った。まるで、自分から勝手に転がっているようにすら見えた。
 その姿が記憶の中で似たような光景とダブって、あたしはやっと気が付いた。
 おじいちゃんと朱虎が昔、よく庭でやっていた動きだ。ちょうど今みたいに、朱虎がおじいちゃんに掴みかかるたびに転がっていて、どうなっているのか全然分からなかった。何かの格闘技の動きらしいけど、まるで手品みたいに見える。

「す……すごい、朱虎ッ! これなら」

 勝てる、とはしゃぎかけた時、朱虎がぐらりと大きく揺れた。何とか倒れずに踏みとどまったけど、顔色は真っ青で息が荒い。明らかに消耗していた。

「朱虎!?」
「……大丈夫、です」

 全然大丈夫じゃない雰囲気で朱虎が返した時、不意に獣じみた咆哮が空気をビリビリと震わせた。
 立ち上がったレオの目が血走っていた。顔が憤怒に染まり、さっきまで漂っていた余裕が消し飛んでいる。

「ああああああぁぁっ! ふざけるなっ、お前ごときが……ジャップごときが俺の邪魔をするなっ!!」

 完全に我を失っている。
 思わず息をのんだ瞬間、レオは猛牛のように朱虎へと突っ込んできた。一瞬反応が遅れた朱虎にレオの巨体がまともにぶつかり、二人は激しく揉み合った。

「あ、ああっ……」

 あたしが手を出せないでいるうちに、船の端へと押しやられた朱虎の背が甲板の手すりにたたきつけられる。レオは朱虎の喉をがっちりと掴み、ぐいぐいと押し込みながら締め上げた。

「くはっ、かっ……」
「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇっ!!」

 首の骨を砕かんばかりの勢いで締め上げながら、レオは叫んだ。朱虎の体がのけぞり、身体が半分以上手すりの外へと押し出される。
 駄目だ。このままじゃ、朱虎が絞め殺される。
 急に手の中に握ったままの銃がずんと重みを帯びた。
 今。今だ。
 今レオを撃てば――撃たないと、朱虎が死ぬ。

「やだ……そんなのやだっ……!」

 震える手で銃を構える。
 指先に力をこめかけたとき、レオの体越しに朱虎と目が合った。
 一瞬、大きく目を見開いた朱虎があたしに向かってかすかに、でもはっきりと首を横に振った。口元が小さく動く。

 
 撃つな。


 はっ、と体が固まった瞬間――朱虎がぐいとレオの身体を抱え込むようにして、そのまま手すりの外へ向かって体を大きく跳ね上げた。
 そこから先の光景はスローモーションを見ているみたいにゆっくりはっきり目に焼き付いた。
 レオがぎょっと体をのけぞらせる。その首根っこを朱虎の太い腕ががっちりと掴んで離さない。うおおおおお、という咆哮はどちらの口から洩れたものか分からないまま、二人はもつれ合って手すりの向こうへと消えた。
 あたしは動けなかった。銃を構えたまま、馬鹿みたいに目を見開いて全部を見てた。
 どこか遠くで、何かが水に落ちる重い音が聞こえた。


「……朱虎?」











「おう、斯波ァ! どんどん遠ざかってるじゃねェか、とっととヘリ戻しやがれ!」
「いえ、離れますよオヤジ。お客さんがいらっしゃいました」
「客ゥ?」
「海保の船です。ヘリも向かってきているようですね。おそらく、海難事故の情報を掴んだのかと」
「んだとォ、チッ……しゃしゃり出てきやがって。いつもはおっとり刀で駆けつけるくせに、今回はやけに早ェじゃねえか」
「……ねえ環サン。海保って、あの人じゃね」
「うむ、間違いないな。このタイミングで来るとは」
「志麻センパイと朱虎サンが超絶ヤベー感じのとこだったんだけど。離れちまって大丈夫か?」
「海保が間に合うことを祈ろう。しかし間の悪い男だな、兄は……昔からそうなのだ」
「おい、何をコソコソ話してやがる」
「いえ、何も」
「ケッ。まあいい、お前ェらもうちっと付き合え」
「え? いいけど、何かあんの?」
「おうよ。ただでさえめんどくせえ話になるってのに、事情通がいねェと具合が悪いからな」
「話ですか? いったい誰に……」
「オヤジ、電話がつながりました」
「おう。――久しぶりだな。テメェんとこのガキらがうちのシマでさんざっぱら騒ぎ起こしてやがるぜ。パスタの食いすぎでボケたのか、ああ?」
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