ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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95. 怒鳴られたりとか怒鳴ったりとか

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 何!? なぜ!? 何で!?

 膨大なビックリマークとハテナマークが頭を埋め尽くしたけど、唇の感触が全てを吹き飛ばした。冷たい朱虎の唇があたしの熱を吸ってあっという間に熱くなる。この前の『お手本』とは全然違う深いキスは長くて、終わるのかと思ったら何度も続いて、まるで食べられているみたいだった。
 ショートした頭の隅の隅で、三回目だ、とちらりと思った。
 いや、二回目ってことになるのかな? それともやっぱり、これが初めてカウント?
 ていうかキスってこんな激しくて長いものなの? 漫画とかドラマで見るのとも、『お手本』とも随分違う。これに比べたら、確かに『お手本』はキスじゃない。もっとふわふわして熱くてもどかしくて――

 ひときわ大きな音がして船が大きく揺れた。機械が一斉に警告音を発して、あちこちで赤いランプが点滅し始める。

「ひゃっ!?」

 唇が離れ、あたしは思わず朱虎にしがみついた。とたんに苦しげなうめき声が漏れる。

「あっ、ごめん! 痛かった!?」
「いや……ええ」

 朱虎はぶるっと頭を振ると、あたしをまじまじと見た。さっきと違ってはっきりと開いた紺色の瞳がいぶかしげに細められる。

「……志麻」
「は、はいっ」

 また名前を呼ばれた。思わず声が上ずる。

「お嬢……ですか?」
「う、うん」

 朱虎が勢いよく体を起こした。とたんに顔をしかめる。

「朱虎! 大丈夫……」
「なんで」
「え」
「……何でここにいるんですかっ、あんた!!」

 怪我人とは思えない怒鳴り声が甘い空気を破砕して機関室の空気をビリビリと震わせた。思わず身をすくめたあたしに朱虎の怒声が降り注ぐ。

「ここがどこか分かってるんですか、マフィアの巣ですよ!? 馬鹿だ馬鹿だとは思ってましたが、ここまでとは」
「なっ……何よそれ! あ、あたしは朱虎を助けに来たんだから!」
「んなこたぁ頼んでねえんですよ。だいたい俺はもう雲竜組を抜けた身なんです、オヤジから聞いてるでしょう!」
「聞いてるよ! でもっ、慧介さんからも聞いたんだから! ボディガードを頼んだって!!」

 朱虎が殺気を帯びた目になって舌打ちした。

「……の野郎、喋りやがって」
「何でよ! ちゃんと話してよ!」
「話せるわけないでしょうが! 組織の内部抗争に別の組織のモンが首突っ込むなんざ横紙破りもイイとこだ、雲竜組の名ァ背負って出来ることじゃねえんです!」
「だからって朱虎がウチを抜けることないじゃない!!」
「そうしねェと組やオヤジやあんたに迷惑がかかるって言ってんですよ!!」
「迷惑なんかどうでもいい!!」

 あたしは思いっきり怒鳴った。

「バカ、朱虎のバカッ! 何でわかんないの!? 自分ひとりで背負い込んで、おじいちゃんやみんなや、あたしの気持ちはどうなるのよ!!」

 朱虎が何か言う前に、シャツを引っ掴んで引き寄せる。

「みんな朱虎のことがすごく大事なの!! 辛い目に遭ってるんじゃないかとか、脅されたんじゃないかってさんざん心配してたの!!」

 にらみつけると、朱虎は何だかぽかんとしていた。

「……心配?」
「そうだよ! てっきり朱虎が捕まって酷い目に遭ってるんじゃないかって心配で心配で……それなのにあんたはサンドラといちゃついてるし!」

 思い出してしまってムカムカしてきた。演技だって知っても嫌なものは嫌だ。

「すっごく辛かったけど朱虎が幸せならそれでいいって思ったのに!! それなのに、こんなボロボロで、……バカ! バカバカバカ、朱虎のバカっ!」

 叫んでるうちにどんどん頭に血が上って、また涙が出てきた。

「これ以上あたしの朱虎をいじめたら、いくら朱虎だって絶対許さないんだから! バカーッ!」

 もう無茶苦茶だ。自分でも何を言ってるのかわからない上に、泣きながら叫んでるから言葉すら伝わっているか怪しい。
 あたしはぎゅっと朱虎の胸に顔を押し付けた。
 痛がっても知らない。もう絶対、離れてやらない。

「……すみません」

 顔を上げると、紺色の瞳があたしを覗き込んでくる。
 朱虎は困り切った子供みたいな顔をしていた。こんな顔を見るのは久しぶりだ。

「怒鳴ってすみませんでした。その……まさか本物とは思わなくて」
「何それ……」
「泣かないでもらえますか」
「泣いてない」

 鼻をぐずぐず言わせながらあたしはきっぱり言った。朱虎は口を開けて、それからふっと息を吐いた。
 大きな手があたしの頬を優しくこする。
 良かった、あったかくなってる。
 ぎゅっとくっついてたから、あたしの熱が移ったんだろうか。
 それとも、あのキス――
 いきなり唇の感触が生々しく蘇ってドキンと心臓が跳ねた。
 そういえばさっきのって何? 
 聞いていいんだろうか。
 そろっと見上げると、紺色の瞳とかち合った。

「お嬢?」

 今なら聞ける気がする。ていうか、今しかない!

「あ、あの――」
「どうしたんですか、それは」

 思い切って口を開いた瞬間、厳しい声にさえぎられてあたしは面食らった。 
 朱虎が厳しい目つきになってこっちを見ている。

「それって何……あ」

 そういえば、わりと際どいワンピースに着替えさせられたんだった。

「これはサンドラに借りた着替えで……ちょっと胸とか背中とかスリットとかアレだよね、分かってるけど」
「そうじゃなくて、これです」

 朱虎はあたしの喉元を指さした。赤いあざがくっきりと浮かび上がっている。

「あ、これ? レオの奴に捕まっちゃって、絞められたの。死ぬかと思った」
「はい?」

 地面を這うような声がひやっと冷たい空気をはらんだ。

「でもペンダントのおかげで逃げられた! 催涙ガスまともに浴びせてやったよ」
「……そうですか」

 胸を張って見せると、朱虎は浅く息を吐いた。
 また船がずず、と揺れる。

「行きましょう。さっきからこの揺れが気になりますし」
「あ、そうだ。この船、今沈みかけてるんだよ」

 朱虎は目を剥いた。

「……そういうことは先に言ってください!」
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