ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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90. 最悪のタイミングとか、いざという時とか

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 荒々しい足音が戻ってきたのは、それから十分もたたないうちだった。
 ドアが勢い良く開かれ、不機嫌そのものといった顔で踏み入ってきたレオが足を止める。

「……勝手に入ってこないでって言ったでしょ」

 サンドラはぐったりとソファにもたれかかったまま、レオを睨みつけた。手には小さな銃を構え、まっすぐにレオを狙っている。
 レオは銃口に視線を落とすと、焦る様子もなく唇の端を上げた。

「何だ、起きたのか。俺の部下はどうした?」
「あなたの部下なんて知らないわ」

 サンドラはせせら笑った。

「逃げ出したんじゃないの。あなたについていったら破滅するだけだもの」
「破滅?」
「私を殺そうとしたでしょう。パパが黙ってないわよ」
「ハッ!」

 今度はレオが鼻で笑い飛ばした。

「殺すだって? 違う違う、全然違うぜ愛しの妹よ」

 レオはゆったりと一歩、サンドラへ踏み出した。

「何を言って……近づかないで! 撃つわよ」
「こういう時は撃つわ、じゃなくて撃つんだよ、実際に」

 サンドラの手元が震える。銃声が響いたけど、弾は明後日の方向へ飛んでいって壁に穴をあけただけだった。
 レオは肩をすくめると、そのままずかずかとサンドラへ歩み寄ってあっさり銃を取り上げてしまった。そのまま腕をねじり上げる。

「あっ……!」
「ろくに銃を支えることもできないくせに当たるわけがないだろう」
「うるさいっ……離してっ」

 レオは苦しげに悶えるサンドラへ顔を寄せると、囁いた。

「なあ、俺はお前を助けてやろうとしたんだぜ、サンドラ」
「助ける……?」
「ああ。……お前は今日、沖へ船を出した。いつもの気まぐれだ。だが、そこで、あのネズミ野郎……ジェラルドが牙をむいた」

 レオはねっとりとした口調で語った。

「ファミリーから追放されたことを恨んでいたあいつは、お前もろとも船を爆破して沈めちまうことを企んでいた。俺はお前を助けようと奮闘したが無理だった。残念だよ、サンドラ」

 サンドラは顔をゆがめた。

「あなたが考えそうなことね。だけどそんなの、パパには通用しないわ」
「するさ。今頃、ファミリーに戻ったやつらがオヤジに報告を入れているからな。ジェラルドが日本へ来たお前に近づいてきたこと、胡散臭いジャップまで船に引き込んで二人係でお前をたぶらかしていたことをな」
「ジーノを巻き込まないで!」
「おいおい、妹よ。あのネズミ野郎に随分と肩入れするじゃないか……奴に抱かれたのか? 兄妹でそういう関係は感心しないな」

 サンドラがキッとレオを睨む。鋭い視線に、レオは肩をすくめて見せた。

「分かってるぜ、サンドラ。お前はあのネズミ野郎にイカれてる。どこからかジャップを拾ってきて可愛がってみせたのも、ジェラルドに振り向いてもらうためだろ? 見ていて哀れになる……だからな。せめて、お前を愛しい男と一緒に葬ってやるよ。嬉しいだろう?」

 レオを睨んでいた緑の瞳が揺れ、すぅっと涙がこぼれた。同時にサンドラの体から力が抜け、がくりとうなだれる。

「……ジーノはどこ」

 声は別人のように弱々しかった。レオの目が獲物を前にした猫のように細くなる。

「心配するな、まだ生きてる。機関室でお前のことを待ってるよ」
「機関室……」

 あたしはクローゼットで息をひそめたまま、心の中でその言葉を繰り返した。
 サンドラの演技はまさに迫真だった。「あんな奴簡単よ。涙の一つでもこぼせばすぐ調子に乗るわ」と言っていた時には、そんなに簡単に行かないと思ってたのに、まるで映画みたいに完璧な涙だ。冗談抜きで将来、女優として食べていけるんじゃないだろうか。
 とにかく、機関室だ。あたしはじりじりしながら部屋の様子を見守った。
 このままサンドラがレオに連れられて出て行ったら、あたしもこっそり部屋を抜け出して機関室に向かう。船内の見取り図は、サンドラがざっと書いてくれていた。

「確か、機関室は船の一番下の階だったはず……」

 ポケットに手を突っ込んだとき、不意に聞きなれたメロディが鳴り響いた。
 レオが動きを止めて、怪訝そうにあたりを見回す。
 あたしは心臓が止まりそうになっていた。
 音の発信源は――あたしのスマホの着信だ。
 そして、スマホはよりによってあたしのポケットの中に入っていた。とっさに手を突っ込んで、めちゃくちゃにボタンを押す。
 音は止まったけど、レオはハッキリとこっちを向いていた。

「今のは何の音だ」
「タイマーよ。切り忘れてたみたい」

 素早く答えたサンドラにレオが振り返った。

「嘘だな、サンドラ。お前、何か――」
「行って!」

 突然、サンドラが叫んでレオにしがみついた。
 あたしは弾かれたようにクローゼットから飛び出すと、ドアへ駆けた。

「誰だ!? サンドラ、貴様!!」
「行って、早く行って!」

 半開きのドアまであと三歩のところで、後ろからバシッ! とものすごい音と短い悲鳴がした。それでもあたしは振り返らず前のめりに駆けて、伸ばした手がドアノブをかすめた時――ぬっと伸びた手があたしを掴んだ。。襟首を鷲掴みにされて、荒々しく引きずり戻される。

「あっ……!」
「やけに素直だと思ったら、こんなネズミを隠してたのか。よくよくジャップを引き入れるのが好きだな、サンドラ」
「う、うっ……!」

 ギリギリと襟元を締め上げられてあたしは呻いた。足はほとんど浮いていて、かろうじてつま先が床をかすめている。
 なんとかもがいて、腕に爪を立てたけどレオはびくともしなかった。

「離しなさいっ! 私の友人よ!!」

 サンドラが怒鳴る声が聞こえる。
 友達になった覚えはない、と言い返したかったけど、声が出なかった。レオが低く笑う。

「友達なんてお前にいたのか! それはめでたいな、特大の祝砲を上げてやろう」

 あ、やっぱり友達いないんだ。
 思考が散漫になってきて、視界がぼやけてきた。苦しい。

 朱虎。助けて。
 違う。あたしが助けるんだ。
 朱虎を助けないと。
 今頃きっと泣いてる。

 レオの腕にしがみつく手から力が抜けそうになった時、何かが指先に触れた。
 視界に鮮やかな黄色の花が映る。
 ペンダントだ。前にあたしが侵入した時、ちょうど同じように襟首を掴みあげられて落としてしまった、朱虎からもらったペンダント。

「特別オーダーです。……いざという時のために」

 朱虎の声が耳元で聞こえた気がして、あたしは喘いだ。

「友達ならサンドラと一緒に死ぬのも嬉しいだろう? なあ」

 レオがあたしを覗き込む。
 あたしは――震える指先で、ペンダントの黒い石を押し込んだ。









「……ん~、出ねぇな志麻センパイ」
「電話に出られる状況ではないのではないか」
「そうかも……あ、繋がった。もしもし? 俺だけど、今どこに……あれ? もしもし?」
「どうした」
「や、通話中になってんだけど……ちょい待ち、今スピーカ―モードにするわ」
『……を隠してたのか。よくよくジャップを引き入れるのが好きだな……』
『う、うっ……!』
「……取り込み中のようだな」
「しかもかなりヤバい感じだぜ。……電話かけたのマズったかもな」
「しっ」
『友達ならサンドラと一緒に死ぬのも嬉しいだろう? 船と一緒に海に沈むなんて実に綺麗な死に方だぜ』
「……え? マジでやべーじゃん! サンドラって確かマフィアの娘だったよな? 何でそいつと一緒に死ぬって話になってんだ!?」
「……風間、すぐに例の船が今どうしているか調べろ。電話はこのまま通話モードで置いておけ」
「了解」
「私は少々、電話してくる。――こんな時こそ、兄に良いところを見せてもらおう」

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