ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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88. ツンデレとか訪問とか

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「ん? 朱虎君、どうしたんだい僕の部屋まで」
「先生。一昨日くらいから黒服がやけにすくねえが、何かあったんですかね」
「ああ、イタリアへ戻ったらしいよ。船にたくさんの男がうろついているのは嫌だ、取引が終わったんだから最低限の人数だけ残して出ていけってサンドラが言ったらしい」
「へーえ。……で、例の金髪は」
「レオは残ってる。サンドラのサポート役だからね」
「仔猫の守りに猛獣をくっつけたんじゃあたまらねえな。……残ってる面子の顔ぶれ、分かってるか」
「え……いや、僕は黒服の皆さんとはほとんど関わらないから」
「そういうところがトーシロなんだよあんたは。……俺の服はあるか。それから銃だ」
「えっ」
「どうもきな臭い。そろそろ来るぞ」
「そ、そう……なのか?」
「多分、遅くとも明日には始まる」
「……僕は何をしたらいい?」
「とっとと船を降りろ」
「いや、でも僕だけ降りるわけには……」
「邪魔なんだよ。足手まといだ」
「……分かった。じゃあ、サンドラのこと……頼むよ、朱虎君」


「――おいおい。揃って何の相談だ? 俺も混ぜてくれよ、ジャップ」



           ●〇●


 特にそれ以上の会話もないままタクシーは港について、あたしはサンドラにくっついて再び豪華客船へと乗り込んだ。冷や冷やしたけど、金髪どころか黒服の一人にも会わずにサンドラの部屋にたどり着いてしまった。

「ねえ、なんかこの前より船に乗ってる人が減ってない?」
「減ってるわよ。帰らせたもの」

 サンドラは部屋を入ってすぐにクローゼットに向かうと、がさごそと漁り始めた。

「帰らせたって、なんで」
「パパが帰ってこいってしつこいからよ。とりあえずその辺の奴らを何人か帰らせてごまかしてるの」
「あんたは帰らないの?」
「明日は私のバースデーなの。だから、明日までは日本にいる。悪い?」

 あたしは思わず大きく頷いた。

「分かる。誕生日は好きな人と一緒にいたいよね」
「すぐ分かるって言うのやめてって言ったでしょ!」

 怒鳴り声とともに何かが飛んできて顔面にばさっ、と当たった。

「わぶっ……な、何!?」
「着替えよ」
「へ?」

 見下ろすと、確かにやたら高級感のあるワンピースだ。ロゴはイタリアの高級ブランド。

「こっちに来て」

 わけが分からないまま腕を引っ張られて、あたしはシャワールームに引きずり込まれた。

「早く脱ぎなさいよ、トロいわね」
「ち、ちょっと待ってよ。着替えってこれ」
「だってそれくらいしかあなたの体形に合うものがないんですもの」
「悪かったわねあんたより太くて! じゃなくて……なんで?」
「ダサいじゃない、その恰好」

 あたしは自分の姿を見下ろした。学校の制服姿だ。

「そんな恰好で告白するなんて頭おかしいんじゃないの。もう少しマシにしてあげるから感謝しなさい」
「え」

 サンドラを見ると、また怒ったような顔をしていた。

「えっと……つまり、告白に協力してくれるってこと?」
「ごちやごちゃうるさいわね! さっさと着替えなさいって言ってるでしょ!」
「あっ、ありがと……」

 なんだコレ。これが噂のツンデレってやつなんだろうか。
 なんとか着替えおわったあたしを見てサンドラはフンと鼻を鳴らした。

「まあさっきよりマシじゃない、顔以外は」
「悪かったわね。でもこれ、わりと……その、色々と大胆だね」

 黒いベルベットのワンピースはビスチェ風のデザインで、背中と胸元が思いっきり開いている上に深いスリットが入っている。

「もうちょっとおとなしいデザインの奴ないの……」
「何言ってるの、それが一番おとなしいのよ」

 マジか。この子のクローゼットの中身どうなってるんだろう。
 落ち着かない気分でいると、サンドラがじろじろとあたしを覗き込んできた。

「髪は降ろしたほうが良いわね。それと……」

 そのとき不意に、がくんと部屋全体が揺れた。足元から響くような振動が伝わってくる。

「えっ、地震? ……じゃないな、あれ?」

 サンドラが眉をひそめて、さっとシャワールームの窓から外を覗いた。

「……船が動いてるわ。クルーズの予定なんて入れてないはずなのに」
「えっ? 何で?」

 サンドラの眉がキリキリと吊り上がった。

「きっとレオね。私の船を勝手に動かすなんて、許せないわ……ちょっと目を離すとすぐこれよ」

 怒りのオーラがすさまじい。

「レオって、一応あんたのお兄さんだよね? なんか、あんたの方が偉そうだけど……なんで?」
「当たり前よ」

 サンドラは腕を組んだ。

「パパは将来、私の旦那様をファミリーのボスにするって言ってるの。だからレオは私に絶対服従なのよ」
「そうなの!? でもフツーは長男が跡取りなんじゃないの」
「パパは私がお気に入りなの。レオのことは嫌いなんですって。見てたら分かるわ、二人とも全然気が合わないもの」
「なるほど……」
「ジーノじゃなくてレオがファミリーを出ていけばよかったのよ。うまくいかないわね」

 ため息をつくと、サンドラはミラースタンドの横の引き出しを指さした。

「レオのことはどうでもいいわ。そこにあるものは使っていいから、髪型と顔を少しでもマシにしなさい」
「あ……ありがと」
「早くしてよね」

 サンドラはもう一度鼻を鳴らすと、さっさとシャワールームを出て行った。
 引き出しを開けてみると、ブランド物のヘアアクセやメイク道具がぎっしり入っている。

「ひえっ、これ使っていいの? んー……ありがたいけど、どうしたらいいんだろ」

 とにかく髪からどうにかしよう、とあれこれヘアアクセを引っ張り出していると、不意に向こうでドアが開く音がした。

「ん? お客さんかな……」
「ちょっと、何の用!? 勝手に開けないでよレオ」

 聞こえてきた名前に、あたしは息をのんだ。
 扉一枚隔てた向こうにあの金髪がいる。

「すまんすまん、サンドラ。急ぎでお前に伝えなきゃいけないことがあってな」
「そんなの気が向いたら聞くわ。今は出ていって」

 サンドラの声が尖る。
 あたしは知らず知らずのうちに息を殺して、ドアにはりついて扉越しの会話を聞いていた。

「そう冷たくするな、妹よ。すぐに終わる」
「なに……」
「俺の用事は――これだよ」

 ドアの向こうでバチッ、というくぐもった音ともに短い悲鳴が弾けた。
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