ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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77, 潜入開始とか美少女のお世話とか

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 きらめく日光がさんさんと降り注ぐ大きなプールと、プールサイドに並ぶデッキチェア。
 カーブを描く階段が両側に伸びる広いホール。
 ムードたっぷりなバーカウンターと、その横に置かれたグランドピアノ。

「うわあ……すごい、これホントに船の中?」

 豪華なシャンデリアを見上げて、あたしは思わずつぶやいた。高級ホテルだとか結婚式場だとか言われたら信じてしまいそうだ。

「あの階段、映画で見たことある! ヒロインがドレスで降りてくるやつだ……」
「志麻センパイ、何トリップしてんの」

 見とれていると、風間君が呆れたように肩をつついた。

「さっさと行くぜ。あんま時間ねえんだからさ」
「あ、ごめん」

 あたしは慌てて足元のバケツを持ち上げると、風間君の後を追った。バケツの中には雑巾やブラシ、洗剤が乗っている。
 風間パパは確かに腕利きの探偵だった。速やかに船に出入りする清掃会社の制服と身分証の手配、そしてスタッフに混じって潜り込める手はずまで整えてくれたのた。
ということで電話から一週間後、あたし達は豪華客船『ルッスオーゾ』に潜り込んでいた。青い作業服とネームプレートのおかげで、船内をうろうろしていても全く見咎められることはない。

「志麻センパイ、マスクちゃんとつけなって。倉庫にいた奴らも乗ってるだろうから、顔バレするぜ」
「あ、ヤバ」

 風間君の言葉に、あたしは慌ててマスクを引っ張り上げた。目の下から顎まですっぽり覆うマスクは顔を隠せるけど、結構息苦しい。

「気を付けないと……万が一見つかったらシャレにならないし」
「そんな危険地帯に俺を連れてくんなよ……」

 あたしの後ろからリネン類が乗ったカートを押しながらぼやいたのはミカだ。青い作業着が異様に似合ってる。
 あたしはミカに小さく手を合わせた。

「ごめん、ミカ! 事情全部知ってるの、ミカしかいなかったから……斯波さんや他の組員に話すわけにもいかないしさ」
「だからってギリギリまで黙って連れてくんなよ。マフィアの巣窟だって聞いてチビりかけたわ」
「で、こっからの確認だけど」

 風間君が振り返ってミカのぼやきをぶった切った。

「さっき医務室覗いてきたんだけど朱虎サンはいなかった。多分、客室のどっかにいるんじゃねえかな……客室はこのフロアだから、志麻センパイとミカさんは手分けして探してくれ」
「分かった。風間君は?」
「俺は一応、上にある展望デッキとかカフェラウンジあたりをざっと探してくる」

 風間君はじっとあたしの目を見つめた。

「念押ししとくけど、くれぐれも無茶な真似はナシだぜ。騒ぎ起こすのだけは回避ヨロ」
「う、うん……分かってるってば」
「だといいんだけどよ。とにかくヤベーと思ったら即撤退な。ミカさん、志麻センパイのフォローよろしく」
「お、おお……了解」

 ミカがぎこちなく頷くのを見ると、風間君は「じゃ、一時間後に」と言ってさっさと行ってしまった。
 風間君がいなくなると、とたんに不安が押し寄せてくる。あたしは無意識に胸元を押さえた。作業服の下には硬い感触がある。

「朱虎……大丈夫かな」
「つかさ、不破さんってマフィアにつかまってるんだろ。拷問とか受けてなきゃいいけど」

 あたしは飛び上がってミカを睨んだ。

「ぎゃっ! やめてよミカッ!」
「ご、ごめん。でもよ、いきなり雲竜組辞めるって電話で言い出したんだろ。しかもそのあと連絡が取れないって……ヤバい感じしかしねーし」
「そんなことっ……」

 言い返そうとして急に力が抜けて、あたしはその場にへたり込んだ。

「あ、おい」
「……そんなこと、ミカに言われなくてもずっと考えてる。朱虎が酷い目に遭わされてるんじゃないかって」

 朱虎は倉庫で蓮司さんと一緒のところを見られていて、しかもマフィアをボコボコにしている。報復の対象になっていてもおかしくない。
 電話で一方的に組を抜ける宣言なんて、朱虎らしくない行動。壊されたスマホ。
 もしかしてあれは、マフィアに脅されて言わされたんじゃないだろうか。
 不吉な想像しかできなくて、風間パパと話した日は夜も眠れなかった。
 なんとか安心したくてあれこれ考えているうちに、別の可能性に気が付いてますます眠れなくなった。

「あ、あの人なら大丈夫だって。俺のこと片手で海にぶん投げたんだぜ、そう簡単にやられねえって」
「……朱虎は怪我してるんだよ。おなか撃たれて死にかけてたんだから、そんな力出ない」
「そ、そっか。……あ、でもさ!」

 おろおろしていたミカがハッとしたように声を上げた。

「めちゃくちゃ美人のマフィアの娘? そいつが不破さんのこと気に入ってたんだろ? じゃあ、その子が不破さんのこと庇ってくれてるって、絶対! 案外、つきっきりで看病とかされてたりして」

 あたしはバッとミカを見上げた。目が合ったミカの顔がこわばる。

「ミカッ……それ一番言っちゃダメなやつ~っ!」

 そう。
 ミカに言われる前に、あたしもその可能性にたどり着いていた。というか、倉庫での美少女の反応を思い出すと、そっちの方があり得る。
 あの美少女が朱虎の世話をする。
 包帯を換えたり、ごはんをあーんしてあげたり、汗を拭いたり着替えを手伝ったり、とにかくベタベタくっついて癒しまくる。
 そんな想像がめちゃくちゃリアルに再生されて、あたしは床を転げまわって悶えた。

「うううっ、拷問されてるのも嫌だけど美女にお世話されてるのもヤダああああ! 朱虎に触らないでえーっ!」
「お、落ち着け、俺が悪かったから!」

 しかも、そのマフィアの美少女を呼んであまつさえ朱虎を託してしまったのはあたし自身なのだ。
 目が覚めた朱虎はどう思っただろう。あたしに心底あきれ果てたに違いない。そんな時に美少女から優しくされて、ほだされたところにマフィアに来るよう誘われたのかも。そして、朱虎はそれを受けて組を抜ける宣言を……

「あああああっ! なんでよりによってお医者さんについてきたのがマフィアの娘なの!? しかも美少女! そんなの予想できる!? できないよね!?」
「出来ない出来ない! できないからとにかく落ち着いてくれ頼む!」
「もがががっ」

 焦りまくったミカに口をふさがれ、あたしはしばらくじたばたした。

「……落ち着いたか? 話すけど騒ぐなよ、いいな?」

 何度も念押して離れたミカは息切れしていた。いつの間にか頬に引っかき傷とビンタの痕がついている。

「……ごめんミカ、ちょっと取り乱しちゃった」
「いや、ちょっとじゃねーだろ……まあ役得っちゃ役得だったけど」
「え?」
「な、なんでもない。行こうぜいい加減」

 カートを押して歩き出しながら、ミカはふとあたしを振り返った。

「つかさ、その医者ってのはなんなんだよ」
「何って?」
「マフィアの娘の兄だって名乗ってたんだろ。てことはマフィアの関係者じゃん。案外、最初からあんたに取り入ろうとして近づいてきたんじゃねえの」

 マスクを直しながら、あたしは少し考えこんだ。

「んー……それもちょっと考えたんだけどさ。でも、お医者さんとの出会いってどっちも偶然なんだよね。倉庫に来てくれたのもあたしが電話したからだし」
「だから、それも計算っつーか。マフィアならそんくらいするだろ」
「マフィアならね。……でも、お医者さんってなんか違う気がする。こっちの人っぽくないっていうか……フツーの人って感じ」

 小さなころからヤクザに囲まれて育ったあたしから見ると、お医者さんからは全然裏の匂いがしないのだ。ちょっと変態入ってて、すぐに口説いてくるけど、いたってまともな一般人にしか見えない。

「でも、マフィアの関係者なことは間違いねえんじゃん」
「そうなんだけど。なんか、疑えないんだよね」

 朱虎を助けてくれたから、ひいき目が入ってるのかもしれない。そう思ったことは黙っていた。

「フーン。……まあいいけどさ。……フーン」
「何よ。とにかく、お医者さんのことは良いの。それより朱虎! 朱虎を早く見つけないと!」

 あたしは作業服の上からペンダントをぎゅっと握った。
 拷問されているにしろ、美少女にデレデレしているにしろ、朱虎を早急に見つけないといけないのは間違いない。
 身体に力が戻ってきた。

「よし、行こうミカ!」
「だからもうちょい静かに……って、ストップ」

 言葉を切ったミカが不意に足を止めた。

「誰か来る」
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