ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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71, 該当者なしとか、行方不明とか

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「――つまり、朱虎を撃ったのは獅子神さんを追って来たマフィアだったってことか」
「うん。倉庫にトラックで突っ込んできたの、どっかーん! って」
「ははあ……なるほどねえ。昨日、そんなことがあったのか」

 リビングのソファに座った斯波さんは、肉付きのいい顎を撫でた。
 昨日、警察のおじさんの話が終わってから斯波さんはあたしを家まで送ってくれた。
 すぐにでもいろいろ聞きたかっただろうけど、「今日はもう遅いし、ゆっくり休んでね。明日また来るから、話を聞かせてくれると嬉しいな」とだけ言って帰って行った斯波さんは、やっぱり気遣いの神のような人だ。
 おかげで言っちゃいけないことを整理して、うっかり口を滑らせることがないよう話を組み立てることができた。

「しかし、何で朱虎は獅子神さんに会いに行ったんだい? あ、もしかして志麻ちゃんとの結婚をもう一度考えてくれるよう頼みに行ったのかな」

 違う、むしろ逆。あたしのことを完璧に諦めさせに行った。
 ……とはいえず、あたしは曖昧に目を泳がせた。

「う、うーん、どうだろうね……?」
「いやあ、絶対にそうだよ。志麻ちゃんだって気になったから駆け付けたんだろう? で、結局、朱虎と獅子神さん、どっちにするんだい」
「ちょっ……ど、どっちとかそういうんじゃないってば!」

 ニヤニヤする斯波さんの視線から逃げるため、あたしは慌てて時計を指さした。

「それより斯波さん、おじいちゃんはまだ? もうお昼になるよ」
「あ~、クロくんからさっき病院を出たって連絡があったから、もうそろそろだと思うよ」

 大先生が宣言通り、手術翌日――つまり、今日おじいちゃんを退院させるというので、あたしと斯波さんは家で待機していた。

「学校を休ませちゃって悪いね、志麻ちゃん。オヤジがどうしても志麻ちゃんにただいまって言いたいって聞かなくて」
「んーん、別にいいよ。あたしもおじいちゃんにお帰りって言いたいし」

 それに宿題もやってなかったから、ちょうどいい……なんて本音は、朱虎がいたらすぐにばれて怒られてただろうけど。
 あたしはもう一度時計に視線をやった。
 朱虎はどうしてるだろう。お医者さんに電話して様子を聞きたいけど、スマホは完全に死んでいて何をしても反応しない。しかも、お医者さんの連絡先を書いた紙も汚れちゃって読めなくなってしまっていた。
 通話履歴って、ショップで確認してもらえるだろうか。

「ねえ、斯波さん。あたし、後でケータイショップに行ってくるね」
「ああ、そういえばスマホが壊れちゃったんだっけ」
「うん、やっぱりないと不便だから」

 おじいちゃんには悪いけど、正直あたしの頭は早くお医者さんの電話番号を調べて連絡を取ることでいっぱいだった。
 そわそわしているあたしをよそに、斯波さんは呑気にあくびなんかしている。

「ふわあ……それにしても遅いねえ、オヤジたち。道が混んでるのかなあ」
「あたし、ちょっと表見て来る」 

 じっとしていられずに立ち上がったとき、リビングの電話が鳴った。

「ん? 誰だろう、クロくんかな」
「あ、いいよ斯波さん、あたし出る。 ……もしもし? クロちゃん?」
『その声はお嬢さんかな。ちょうど良かった』

 受話器から流れてきた声は昨日聴いたばかりの刑事のおじさんのものだった。思わず背筋が伸びる。

「あの、あたし何も思い出してないんですけど」
『ああいや、今日の用件はそのことじゃねえんだ。あのな、あんたの世話係のことだが――あんたに聞いた病院に問い合わせたんだが、不破朱虎って名前の患者は入院してなかったぜ』
「……えっ?」

 心臓が嫌な感じに跳ねた。

『大柄で赤い髪の男なんだよな。該当患者はなし、だそうだ』
「う、嘘! あたし、てっきりお医者さんが勤めてる病院に運んでくれたって思ってて……」
『あ~、そのあんたの言ってた日系の医者なんだが』
「は、はい」
『ジーノだかジェラルドだかって名前だってあんた言ってたが……そんな医者はいないそうだ』
「ええっ!?」

 危うく受話器を取り落としそうになって、慌てて両手で支える。

『日系の医者はいたそうなんだが、名前が全然違う。一柳慧介《いちやなぎけいすけ》って言うらしい』
「一柳……あ」

 そういえば、お医者さんのネームタグにはその名字が書いてあった気がする。
 ジェラルドってもしかしてあだ名か何かなんだろうか。

『心当たりあるか? まあどっちにしろ、こいつももう居ない。研修医でな、研修期間は少し前に終わったそうだ』
「そ……そうなんですか」

 刑事さんの言葉に上の空で答えながら、あたしはひたすら落ち着こうとしていた。
 お医者さんの名前はこの際どうでもいい。朱虎は一体どこへ運ばれたんだろう?

「あ! もしかしたら別の、倉庫から近くにある病院に運んだのかも!」
『俺もそう思ってな。近隣の病院に片っ端から問い合わせたんだが、該当者はいなかった』
「……小さい病院とか」
『警察なめんなよ。入院設備のある個人病院含めて残らず当たってる、産婦人科まで含めてな。その上で見つからねえからこうやって電話してんだよ』
「だ……だって、お医者さんは自分の車で病院に運ぶよって言ってて……」

 心臓がドクドク嫌な音を立てておさまらない。刑事さんは電話の向こうでため息をついた。

『ここまで調べたのには訳があってな。……昨日の倉庫で、あんた達の方がマフィアに目をつけられたかもしれんと思ったんだ』
「え……目をつけられた?」 
『あんたが何も見ていなくても、逆にマフィアを逃がしに来た奴があんた達を見ている可能性があるってことだ』

 ひゅっ、と喉が鳴った。

「それってまさか……お医者さんたちと朱虎は」

 マフィアを逃がした奴らと出くわしたかもしれない。

 そこまで口に出して言えなかったけど、刑事さんは『ああ』と短く答えた。
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