ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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70. 男好きとか? イイ感じとか?

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「女って……?」

 斯波さんが慌てたように手を振った。

「ま、またまたオヤジ……朱虎に限ってそんなことはないですって」
「なに言ってやがる、アイツだって満更でもねえって顔してたじゃねぇか。俺ァ似合いの二人だと思ってたぜ。店出た後にお前ェもしきりにそう言ってたじゃねえか」
「ええと……そうでしたっけ……?」
「何の話してるの? お店って何の話?」

 出来る限り冷静に言ったつもりなのに、あたしを見た斯波さんが顔を引きつらせた。

「違うんだよ志麻ちゃん。ホントにそんな大した話じゃなくて……」
「それがよ、六本木の店の女が朱虎をやけに気に入ってよォ。飲みに行った時にゃ傍を離れねえでな。それがまたイイ女なんだ、チョイと男好きのする顔でよ」

 六本木の店……?

「あ、あれは仕事ですよオヤジ……ほら、リップサービスってやつです」
「いやあ違うね、ありゃあ商売の目じゃなかったぜ。個人的な名刺まで渡してたじゃねえか。女に恥かかせんじゃねェぞって背中押してやったんだぜ、俺ァよ」
「あー、ええと……その……」
「シレっとした顔してやがったくせに隅に置けねェなあのヤロー! 今夜ァ特別サービス三昧だな、帰って来ねえぞこりゃ、ハハハハ」
「オヤジ、お願いですからそのくらいで」

 斯波さんが額に浮かんだ汗をぬぐいながらこちらをチラチラ見てくるけど、あたしはそれどころじゃなかった。

「男好きする美人……朱虎にべたべたしてた……」 
「し、志麻ちゃん? 落ち着いて……」
「おじいちゃんっ!! そんなお店に朱虎を連れて行かないで!」

 あたしは勢いよく立ち上がった。おじいちゃんがビックリしたような顔になる。

「お、おお? 何怒ってんだ志麻」
「やらしいお店に朱虎を付き合わせないでって言ってるの! 行きたいならおじいちゃん一人で行ってよ!」
「やらしい店ってお前ェ……いやっ、俺もよ、別に行きてェわけじゃなくてな。朱虎がど~しても行きてぇって言うからよ、俺は仕方なく……」
「は!? 朱虎がどうしても行きたいって言った!?」

 斯波さんがブンブン首を横に振る横で、おじいちゃんはやたら力強く頷いた。

「そうそう、あいつも若ェ男なんだから仕方ねェよなあ。な、だから俺ァしぶしぶ付き合ってやってだな……」
「あたし帰る」
「あ、おい志麻」

 あたしは病室のドアを開けると、ジロッと振り返った。

「おじいちゃん、さいってー」
「んなっ」

 バシーン! とドアを叩きつけて歩き出すと、後ろから斯波さんが追いかけてきた。

「待って志麻ちゃん! 誤解だからっ、ほんと」
「誤解って何?」
「いやっ、朱虎はそういうお店に連れていかれても……いつも外で待ってるから、ほんとに。この前はたまたま、オヤジが中で一杯くらい飲めって引きずり込んで……」
「じゃあやっぱり美女とイイ感じだったんだ!」
「あっ、いや、それはその」
「もういいから斯波さん! あたし全っっ然気にしてないし――ぶふっ」

 勢いよく角を曲がったあたしは、そのまま誰かに激突した。軽くのけぞったところを斯波さんが支えてくれる。

「大丈夫、志麻ちゃん?」
「おいおい、危ねえな」
「あ、ごめんなさい……って」

 なんかこのやりとり、前にもしたな。いつだっけ?

「今回は歩きスマホしてたわけじゃなさそうだな、お嬢ちゃん」

 顔を上げると、白髪交じりの角刈りが目に飛び込んで来た。額には大きな傷跡が走っていて、とてもカタギには見えない。
 黒いブルゾン姿のおじさんは、あたしを見るとニヤリと片頬だけで笑った。

「あ……あなたは」

 前に駅で会った、蓮司さんの上司! 
 と、叫びそうになって、あたしは慌てて言葉を飲み込んだ。斯波さんに聞かれると色々とまずい。
 でも、何で蓮司さんの上司がここに?

「探したぜ」
「えっ……」

 探したって、あたしを? なんで?
 不意に斯波さんがあたしの腕を引っ張った。思わず下がったあたしを庇うように、ずいと前に出る。

「警察の方が何かご用ですか」

 斯波さんの言葉に、おじさんは片方の眉を跳ね上げた。

「まだ名乗っちゃいねえが、分かるかい」
「ええ、まあ、僕もこの稼業は長いですから」

 斯波さんは柔らかな口調のままだったけど、どこか緊張感が漂っている。

「うちは近頃、そちらの世話になるようなことはしていないつもりですがね。見ての通り、オヤジは入院中ですし」

 おじさんはガリガリと頭をかいた。

「いやあ、今回用があるのはあんたや組長さんじゃないんですよ。そっちのお嬢さんでね」
「志麻ちゃんに?」
「ええ。そちらのお嬢さん、先ほどまで港にある倉庫にいらっしゃいましてね」

 斯波さんがこちらをちらりと見た。
 あたしが小さく頷くと、眉間にきゅっとしわが寄る。

「そこでちょっとしたごたごたがありまして。俺たちが駆けつけた時にゃ、誰もいなくなっちまってたんですが」

 上司のおじさんはいったん言葉を切ると、あたしへ視線を投げた。
 思いがけず鋭いまなざしにどきりとする。
 何? 倉庫を離れたことを怒ってる?
 でも、蓮司さんはむしろさっさと離れろって言ってたし――

「あ、あの……」
「誰もいなくなってたんだよ、お嬢さん」

 上司のおじさんはあたしをじっと見つめたまま、繰り返した。

「君たちを襲った外国籍の男が二人いるはずだったんだがね。気絶した上に拘束までされていたはずなのに忽然といなくなっていた。――その辺りについて事情を伺いたいんで、ちょいと時間をもらえますかね? 雲竜志麻さん」



「――だからな、お嬢さん。俺はあんたが奴らを逃がしたとは思ってねえんだよ。現場からトンズラこいたことを責めるつもりもねえ。で、だ。あんたらが倉庫を離れてから俺らが到着するまで、五分ってとこか? その間に誰かが奴らを逃がしたってことになるが……あんた、倉庫を後にするときにそれらしいヤツを見たりはしてねえか? よく思い出してくれ。――ああ、岩下のことか? あいつなら病院送りだよ。撃たれた腕は大したことねえが、歯は折れてるわ肋骨が何本かいっちまってるわ、酷ェもんだぜ。マフィアの連中ンなかによっぽど腕っぷしの強い奴がいたらしい。……ん? どうしたお嬢さん、妙な顔して。まあ、話はそれだけだ。俺の電話番号は教えておくからよ、何か思い出したらすぐ連絡くれ。……あっと、最後にもう一つ。あんたの世話係の兄ちゃんにも話を聞きたいんだが、どこの病院にいるって言ってたっけか?」
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