ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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68. 幼馴染みとか名医とか

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 『大先生』はこの病院の先代院長だ。
 おじいちゃんとは幼馴染で、昔はよく二人でつるんで悪さばかりしていたらしい。そのせいなのかどうかは知らないけど、話し方やにらみを利かせた時の迫力はおじいちゃんそっくりだ。陽気で面倒見が良くて、あたしが小さい頃はよく遊び相手になってもらっていた。
 病院を息子さんに譲ってからは日本全国を旅してて、たまにふらっと帰って来る生活を送っている。

「大先生、帰って来てたんだ!」
「ああよ。草津で湯治と洒落込んでたんだがよ。せがれがヤクザのジジイを何とかしてくれって泣きついてきやがったんだ。おかげで、せっかくいい調子だった腰がまた痛くてしようがねえや」

 おじいちゃんはストレッチャーの上から声の主を振り返って睨んだ。

「何言ってやがる、てめエだってジジイだろうが。モウロクした腕でヤブな治療したんじゃあんめェな」
「ああ? こちとら隠居先からわざわざ戻って来てやったってのに、憎まれ口叩きやがるじゃねえか」
「別に頼んじゃねえや。大体、俺の担当医はお前ェのボンクラ息子だろうが、奴ァ何やってやがんでぇ」
「その主治医様の言うことをひとっつも聞きゃしねえで囀ってんじゃねえや。うちのせがれは胃に穴が開いちまって寝込んでんだよ、どっかのわがままなヤクザジジイのせいでな」
「ケッ、医者の不養生じゃねェのかオイ。うちの組に預けろや、鍛え直してやンぞ」
「大きなお世話だアホンダラ、おとといきやがれクソヤクザ」

 威勢のいい悪口の応酬がぽんぽんと飛び交う。こうなってしまうと、誰も口をはさめない。あたしたちがオロオロしているうちに、口論はどんどん白熱していった。

「テメェ! 黙って聞いてりゃ棺桶に片足突っ込んだ隠居ジジイが、今さら出張って来て派手な横車ァ押してくるじゃねえか! 俺ァ手術するなんてひとっつも頷いちゃいねえぞ、手前勝手に人の身体切り刻みやがって!」
「ほざきやがるわ、てめェなんざ両肩まで土饅頭に埋まりかけてたじゃねえかこの死にぞこない! 大体お前ェ……ああ? なんだそりゃ」

 ふっと大先生が視線をおじいちゃんの後ろにやった。

「んん? なんだ」

 つられておじいちゃんが振り返った瞬間、大先生は素早くおじいちゃんの腕に注射器を刺した。

「あっ!? おい、てめェ何……」

 慌てて振り返ったおじいちゃんがそのままストレッチャーにくずおれる。

「お、オヤジ!?」
「鎮静剤だ馬鹿野郎。やかましいならぶち込むって言っただろうが。――おい斯波、とっととそのチンピラジジイを病室に連れて行きな」

 注射器をしまった大先生がくいっと顎をしゃくる。

「はっ、はい。巳影くん、これ押すの手伝ってくれるかな」
「えっ、は、はい」
「志麻ちゃん、あとは任せた」

 斯波さんはひそひそとあたしに囁くと、ミカと一緒にストレッチャーを押して去っていった。
 あたしは斯波さんの背を見送ると、大先生を振り返った。

「大先生、おじいちゃんの手術は大先生がやってくれたんだね!」
「まあな。しかしやかましいジジイだぜ、ついでに口も縫っといてやりゃよかったなァ」

 あたしは心底ほっとした。大先生はすごく腕のいいお医者さんだ。

「緊急手術だったんだよね?」

 大先生はううん、と腰を伸ばして顔をしかめた。

「ああよ、ヘロヘロになってたからな。これ以上ほっといたらまずいってなもんで、とっととやっちまったわ」
「そんなに……」

 おじいちゃんがそこまで弱ってたなんて全然気が付かなかった。あたしがいるときには無理して元気に振舞ってくれてたに違いない。
 あんなに元気そうに見えるおじいちゃんだけど、あと少しでいなくなっちゃうんだ。
 そう考えると、鼻の奥がつんとしてきた。
 今回の手術はうまくいったみたいだけど、それで少しでも余命は伸びるんだろうか。
 あたしは恐る恐る大先生を見た。

「あの……大先生。それで、おじいちゃんはどうなるの? あと、どのくらい……」
「おう、明日にゃ退院だな」

 大先生が白衣を脱ぎながらサラッと言った言葉に、あたしは瞬きした。

「……ん? 明日……?」

 今、『退院』って言った?
 退院って、つまり、病院を出るってこと?

「あんなのでも一応は手術直後だからな、今夜くれェは面倒見てやらァよ。あの大荷物もきっちり明日中に運び出せって言っといて……」
「えっ、ちょっと待ってください。退院って、な、何で?」
「何でってそりゃァ、もう病院にいる必要がねえからに決まってんだろ」

 大先生は肩をすくめた。

「銀の野郎に出来るこたァもう何もねェよ」
「出来ることは何もないっ!?」
「ああよ。やれやれ、肩が凝ってしゃあねえや。志麻坊、ちょいと肩叩いてくんな」
「ハイ……」

 あたしは呆然としたまま、大先生の肩を機械的にトントン叩いた。

「はァ~、そこそこ。志麻坊は昔っから肩たたきがうまかったなあ」

 『もう出来ることがない』……。
 つまり、おじいちゃんはもう治療しても意味がないってこと?
 だから、最後はせめて家で過ごした方が良いとか、そういうアレなんだろうか。

「ありがとうよ、ずいぶん楽になった。しかし志麻坊は志野さんに似てきやがったなァ。お前のばあちゃんは可愛らしいのに肝の据わった人でよ、あの銀を唯一叱り飛ばせる人だったんだぜ」
「……大先生、おじいちゃんにはあとどのくらい時間が残されてるんですか?」

 腕をぐるぐる回していた大先生は、首をかしげて振り返った。

「あん?」
「あたし、おじいちゃんが死ぬ前に花嫁姿を見せるって約束したんです! でも、お見合いも全然ダメで……」
「は? 見合い?」
「だから、せめて最後は少しでもたくさん傍にいたいんです。残された時間、出来るだけ」

 涙がこみあげてきて、あたしは唇を噛んだ。

「おじいちゃんがもうすぐ死んじゃうなんて、今でも全然信じられない……!」
「誰が死ぬって?」
「だから、おじいちゃんです! 余命三ヶ月なんでしょ!?」
「んなわけあるかい」

 大先生は思いっきり呆れた顔になって手を振った。

「銀が余命三ヶ月だァ? あのジジイは殺しても死なねえよ、あと100年は生きるぜ」

 大先生の言葉が耳から入って脳にたどり着き理解できるまで、あたしは固まっていた。

「……え? でも……ヘロヘロだからこれ以上ほっといたらまずいって、緊急手術しましたよね?」
「ああよ、あのジジイが病院にいつまでも居座るもんだから、院長やってる俺のせがれが心労でヘロッヘロになっちまって」
「ヘロヘロになったのって院長先生のこと!?」

 そういえば最近、おじいちゃんの主治医やってくれてる院長先生の顔見ないなと思った!

「どんなになだめすかしても手術させてくれねえって、せがれの野郎が泣きついてきやがってよ。仕方ねえから俺が手術室に引きずり込んでやったんだ」

 そういえば、斯波さんが『知られちゃいけれない人に知られちゃったから』って言ってたけど……そういう意味での緊急手術!?

「まあ重病っちゃ重病かもしれねェが、あれで死ぬヤツァそうそういねェよ」
「えっ、おじいちゃんの病名って結局何なんですか?」
「何だ志麻坊、聞いてねえのか」

 大先生は肩をすくめた。

「痔だよ、痔。銀の野郎、ひでェ痔でぶっ倒れて担ぎ込まれたんだよ」
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