ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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67. 任侠道とか馬の骨とか

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「事故のケジメと……恩返し」

 それって、朱虎がうちに来るきっかけのことだろうか。

「ふーん、なんかマジ任侠って感じだな」
「へっ」

 振り返ると、いつの間にかミカが立っていた。

「うわっ、ミカ! びつくりしたあ、いつからそこにいるの?」
「わりと前からいたんだけど……俺、そんなに存在感ないか?」

 ミカは不服そうに口を尖らせた。

「いや……えーと、ごめん」
「謝んなよ! まあいいけどさ。で、事故って何の話なんだ?」
「あ、えっと、あたしが小さいときの話で……あたしが乗ってた車の前に朱虎が飛び出して来て、避けようとして車がひっくり返っちゃったの。あたし、その時に背中に大怪我して」

 その時、朱虎はあたしを車の中から救い出してくれたらしい。あたしは小さかったけど、朱虎があたしをぎゅっと抱きしめて「大丈夫だよ」って囁いていてくれたことだけはぼんやり覚えている。

「その後、朱虎のお母さんが朱虎を連れてうちに来て『事故の責任はこの子がとるから好きにしてくれ』って言ってきたんだって」
「ええっ!? マジかよ、そんなこと言う母親が居るのかよ!? スゲー毒親じゃねえか」
「でしょ! 超ヒドいよね。それでおじいちゃんが激怒して、そんならこいつは俺が貰う!って言って。それで朱虎はうちの子になったの」

 朱虎がずっと抱きしめていてくれたおかげで、傷口が抑えられてあたしは失血死しないですんだっておじいちゃんが言っていた。
 だから、背中に残った傷は朱虎があたしを助けてくれた証なのだ。

「じゃあ、朱虎さんが志麻……さんの面倒見てるのは、ケジメと義理ってことなんすか」

 ミカの質問に斯波さんがニコニコしながら頷いた。

「そうそう。女の子の身体を傷物にしちゃったケジメと、自分を引き取ってくれたオヤジへの恩返しに、貰った役割に全力で尽くすってさ」
「ケジメと恩返し……」
「僕は、そんなの気にしなくていいって言ったんだよ。志麻ちゃんは背中の傷なんか全然気にしてないし、オヤジも恩返しなんかして欲しいと思ってないよって。でも朱虎ってほら、頑固だから」

 いやでも結局志麻ちゃんに惚れてたんだねえ、志麻ちゃんも満更じゃないんならよかった、すごくお似合いだと思うよ……とかなんとか斯波さんが言ってたけど、あたしの耳には全然入ってなかった。
 ケジメと恩返しって、何それ? 朱虎、そんなこと考えてたの?
 いやいや、最初はそんな気持ちからだったかもしれないけど、そこから徐々に恋心に変わっていったのかも。だってミカが「絶対」「惚れてる」「間違いない」って言ってたし!

「なるほど、朱虎さんの態度ってそういうことだったのか。てっきり惚れてるからだとばかり思ったんだけど……」
「『けど』って言わないで!?」

 あたしはミカに縋りついた。

「ねえ、朱虎ってあたしのこと好きだよね? 惚れてるって言ったよね?」
「うおっ、い、いや、確かにあの時はそう思ったんだけど……ほら、女のためにメチャクチャ必死になるのなんて惚れてるからだろって。でもなんか今の話聞いたら『任侠道』って感じなのかなーって……そりゃあれだけ必死になるよなって」
「ちょっと!? 話が違うじゃん!」
「あ、でもそんな感じならあんたが告白したら『分かりました』って受け入れてくれるんじゃないのか? そしたら結局一緒なんじゃ」
「全然違うっ! そんなのやだーっ!」

 ぽかんとしていた斯波さんがパチパチと瞬いた。

「えっ? 結局、志麻ちゃんと朱虎くんはどうなってるの? 志麻ちゃんの片思い?」
「そ、そんなことないもん! 向こうだってちゃんとあたしのこと好きだもん! あたしにベッタベタのべた惚れのはず……」
「ああ!?」

 突然、怒鳴り声が響いた。

「そいつァ聞き捨てならねえ、もう一度言ってみやがれ!」
「えっ!?」

 振り向くと、いつの間にか「手術中」の赤いランプが消えてドアが開いていた。
 ストレッチャーがガラガラと出てきた。その上にはおじいちゃんがうつ伏せになって乗っている。

「おじいちゃん! 良かった、無事に……」
「志麻、今の話は何でェ」
「え」

 地獄から響いてくるみたいな声に、思わず駆け寄ろうとしていた足が止まった。

「どこの唐変木がお前ェに熱上げてるって?」

 おじいちゃんがぎろりと目を光らせる。とてもたった今まで手術を受けていた重病人とは思えない圧の強さだ。
 これ、相手が誰でも許さないって感じだ。いくら朱虎でも……いや、あたしの一番近くにいる朱虎だからこそ、すごくまずいことになる気がひしひしとする。既に殺気がだだ漏れだし。

「えっ、えーと……」
「何モゴついてやがる。まさかお前ェ、その馬の骨にいかがわしいことでもされたんじゃあるめェな」
「い、いかがわしい真似っ!?」

 瞬間、唇に触れた柔らかな『お手本』の感触が蘇った。慌てて熱くなる頬を隠したけど遅かったようだ。
 おじいちゃんの顔が般若になった。斯波さんとミカの背筋がぴんっと伸びる。

「おい斯波、若ェの集めろ!」
「集めなくていいからっ! ていうかおじいちゃん、あたしに誰かと結婚して欲しいんでしょ!?」
「おうよ、だからこそ生半可な野郎がお前ェの周りをチョロつくなァ許しちゃ置けねえってもんだ。だいたい朱虎は何してやがんでェ!」
「いや、相手はそのあけ……イデェッ!」

 あたしは余計なことを言いかけたミカのすねを思いっきり蹴っ飛ばした。

「余計なこと言うな、バカッ!」
「ああん? 何こそこそしてやがる。お前にゲスな真似したなァどこのどいつだってんだよ」
「そ、そんな人いないってば! いきなりおじいちゃんが変なこと言うからびっくりしただけ!」
「ええ、全くそんな話はしてませんよオヤジ」

 斯波さんは悶絶するミカをさり気なく押しやりながら合わせてきてくれた。さすがおじいちゃんの右腕、よく分かってる。

「手術直後ですし、お疲れでしょう。聞き間違いでは?」
「聞き間違いだ? 斯波、てめェこの俺を耄碌してるとでも言いてェのか、ああ?」
「いや、そんな……」
「手術室の前でなに揉めてやがる」

 不意に後ろから声がかけられた。おじいちゃんそっくりの言い回しだけど、別人だ。
 振り向くと、手術室からのっそりと手術着姿のお医者さんが出てくるところだった。

「ったく、手術直後だってのにギャアギャアうるせえジジイだな。これ以上迷惑かけるようなら鎮静剤ぶち込むぞ、銀」

 マスクを外した顔は皴だらけで、後ろでひとくくりにした髪も見事な髭も真っ白。かなり年配……というか、はっきり言っておじいちゃんと同年代のお年寄りだ。

「おう、久しぶりだな志麻坊。しばらく見ねえうちに随分大きくなったじゃねえか」
「あっ……大先生!」
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