ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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53. 仁義とかちょうちょとか

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 もやがかかっていたような昨日の夜の記憶がはっきりしてくる。

「そうだ、あたし昨日、朱虎に言った……蓮司さんとは結婚するつもりはないって。そしたら、朱虎は『自分が何とかするから任せてくれ』って」

 朱虎だ。
 朱虎が、蓮司さんから結婚の断りが入ったっておじいちゃんに嘘を言ったんだ。

「蓮司さんからのメッセージには『不破さん経由で』って書いてあった。朱虎、多分おじいちゃんの名前で蓮司さんを呼び出して、話をつけるつもりなんだ……あたしの代わりに」

 あたしに言った通り、ことを荒立てずに始末をつけようとしている。

「そうか、朱虎さんがな」

 環はふむ、と頷いた。

「しかし、どうあれ君は兄の申し出を断るつもりなんだろう。ならば朱虎さんに任せておいても良いのではないか。彼なら丸く収めてくれるだろう」
「そうかもしれないけど……」

 昨日の夜、蓮司さんは電話で『無事に戻れたら、プロポーズの返事を聞かせて欲しい』と言っていた。
 警察なのに、潜入調査の最中なのに、真剣にあたしにプロポーズしてくれた。

「……ううん、ダメ!」

 あたしは勢いよく首を振った。

「志麻」
「ダメだよ、やっぱり。あたし……うまく言えないけど、このことについては誰かに任せちゃダメだと思う。蓮司さんには、あたしからちゃんと言わないと。それがせめてもの仁義だし」

 環は驚いたような顔になった。

「う……へ、変? かな。やっぱ綺麗ごと……」
「いや。……そうは思わない」

 環はゆるりとかぶりを振ると、そのまま頭をふと倒して――あたしの額にこつん、と額を当ててきた。
 サラサラの髪が頬に当たり、ふわりと良い匂いがする。

「たっ、環?」
「仁義か。君が口にすると重みがあるな」

 耳元で囁かれて、どぎまぎしてしまう。

「そ、そ、そうかな? ていうかそれより、あの、これ、ちょっと近くない……?」
「駄目か?」
「いや、ダメじゃないけど! あの……えと」

 いまだかつて女の子の友達に、こんなに迫られたことなんかない。あたしはひたすら固まった。
 視界いっぱいに目を伏せた環の長いまつげが見える。こんな至近距離なのに肌がすべすべで、完璧な美少女だ。
 思わず見とれていると、環が小さく笑った。

「ふふっ、志麻。君、いい匂いがする」
「は!? た、環だって……」

 ヤバい、なんか変な気持ちになってきた。むずむずするって言うか、何とも言えないけど……!

「たっ、環! あああ、あの」

 ぱっ、と環が体を離した。

「あんな男でも一応は兄だ。誠意を尽くした対応に感謝する。……志麻?」
「だ……だいじょぶ」

 正直あんまり大丈夫じゃない。
 美少女のハグ、やばい。なんか新しい世界に行きそうになった。まだちょっとふわふわしてるし……。

「と、とにかく朱虎に連絡取らないと。もう蓮司さんと会ってるのかな……」

 手を伸ばした瞬間にテーブルに置いていたスマホが鳴り出して、あたしは飛び上がりかけた。

「うわびっくりした……って!」

 ディスプレイに表示されているのは朱虎からの着信だった。
 計ったようなタイミングだ。さっきあたしが着歴を残していたから、かけ直してきたんだろう。

「ナイスタイミング! 早くどこにいるか聞かないと……」
「志麻センパイ、ストップ!」

 不意にずっと黙っていた風間くんが鋭い声を上げた。

「えっ? あっ」

 思わず手を止めたすきに、横からスマホをかっさらわれる。

「ちょっと風間くん! スマホ返してよ!」
「や、チョイ待って。コレにはまだ出ねーで欲しい」
「え? 何言って……あ」

 訳が分からないうちに、スマホは風間くんの手の中で静かになってしまった。

「もう、電話取れなかったじゃない! すぐかけ直さないと」
「待てって。今、準備すっから」
「準備?」

 風間くんは自分のスマホを取り出すと、素早く画面をタップした。あたしのスマホの方からメッセージの着信音が鳴る。

「今、オレが志麻センパイに送ったメッセージ、そのまま朱虎サンに転送して」
「へ?」

 スマホを差し出されて、訳が分からないままあたしはメッセージ画面を開いた。風間くんからは妙にファンシーなマスコットキャラクターの画像が送られてきている。

「何これ……ちょうちょ? これを朱虎に転送するの?」
「そーそー。ヨロ」

 あたしは首を傾げながらも言われた通りに画像を朱虎に転送した。すぐに既読が付き、再び電話が鳴り始める。

「既読ついた?」
「ついたけど……出ていいの、これ?」

 風間くんは自分のスマホ画面をじっと眺めたまま、指で「OK」マークを作った。
 一体何なんだ。
 問い詰めたかったけどコールの方が気になったので、とりあえずスマホを耳に当てる。

「もしもし、朱虎?」
『ああ、お嬢ですか。すみません、先ほどは電話に出られなくて』

 朱虎の声の後ろでエンジン音がした。どうやら車に乗っているらしい。

『補習は終わったんですか。今日は立て込んでいて迎えに行けなさそうなのですが、一人で帰れますか』
「それはいいけど、あの……えっと」
『どうしました?』
「さっき、蓮司さんからメッセージが来てたの。おじいちゃんに呼び出されたって」

 朱虎が黙った。

「でも、おじいちゃんは呼び出してなんかないって。それどころか、蓮司さんの方から結婚を断ってきたって」

 朱虎は何も言わない。車が走る音だけが聞こえてくる。

「朱虎だよね? あたしが昨日、蓮司さんからのプロポーズどう断るか悩んでるって言ったから、あちこち手を回してるんでしょ」

 はあ、と息を吐いた音がした。

『そうですよ。この話は自分が片付けておきますから、ご心配なく』
「そういうわけにはいかないよ! 昨日は……あの、ぼーっとしてたけど、蓮司さんのことはあたしが直接ちゃんと返事しなきゃだめでしょ」
『そんなことはありません。お嬢の気持ちは決まってるんですから、自分が獅子神さんにきちんとお伝えしたら義理は通せます』
「義理とかじゃなくて……あたしがそうしたいの。蓮司さんはあたしのこと、初めてちゃんと……す、好きだって言って、プロポーズしてくれた人だもん」
『今黒さんからもプロポーズされてませんでしたか』
「あんなのノーカウントに決まってるでしょ!」

 思い出したくもない。あたしはぶんぶんと首を振った。

「そんなことより朱虎、今から蓮司さんに会いに行くんでしょ? あたしも行くから」
『それは出来ません』 

 朱虎は素っ気なく言った。

『彼は今、マフィアから追われている身です。いつ襲われるか分からないのにお嬢をお連れできるわけないでしょう』
「でも」
『余計なこと考えてないでちゃんと帰るように。寄り道しちゃ駄目ですよ、いいですね。じゃ――』
「待って!」

 電話を切られそうな気配がして、あたしは咄嗟に叫んだ。

「朱虎、ほんとは全部知ってるんでしょ!?」
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