ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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49. 機密事項とかNGワードとか

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 放課後、やたら熱心な先生のありがたいご指導地獄から何とか脱出したあたしは、ヘロヘロと部室へと向かった。

「環、まだ残ってるかな~……遅くなっちゃった」
 もしまだ環が残ってたら、とにかく昨日の話を聞いてもらいたい。クールで頭のいい環だったら、きっとバシッと教えてくれるはずだ。

「環が今日来てくれたのはホントにラッキーだったなあ。やっぱり恋愛相談と言えば女友達でしょ~……って、恋愛とかそういうアレじゃないんだけど!」

 自分で言った台詞に焦って、あたしは誰にともなく慌てて言い訳した。
 でも、本当にそうだろうか。
 朱虎の薄い唇が思い出されて、ドキリと胸が鳴る。
 あの時、あたし、確かに朱虎にキスしたいと思った。
 それって、ただの好奇心なんだろうか。それとも、もっと別の……。

「わ~っ! 今のナシナシ! な、なんか変なこと考えそうになった!」

 あたしは慌てて首をぶんぶん振った。ただでさえまだパニック状態なのに、これ以上混乱したくない。

「とにかく、早く環に話を聞いてもらお……そうだ、それに昨日のガサ入れのことも話さなきゃ」

 昨日の夜に東雲会へ警察が踏み込んだことはまだ新聞やテレビニュースになっていないはずだ。

「蓮司さん、無事に任務成功したらしいって教えてあげよう。やっぱり環にとってはお兄さんだし、心配してるだろうし」

 部室の前まで来ると、中から声が聞こえてきた。

「――えっ、マジで!? たまたま偶然判明ってこと!?」

 心底驚いてる感じの大声は風間くんだ。

「ああ、志麻とヤツが二人でいるところに出くわしてな。さすがに私も驚いた」
「何そのシチュ!? マジ、神のイタズラが過ぎんだろ」

 一体何の話をしてるのか知らないけど、ずいぶん盛り上がってるみたいだ。

「風間くんもまだ残ってるんだ。うーん……風間くんの前じゃ蓮司さんの話は出来ないなあ」

 環にだけ話がある、と言って少しだけ残ってもらおうか。
 あれこれ考えながら、あたしはドアを開けた。

「環、風間くん、お待たせ……」
「つか、マジでそんなことあるんだな~! 実の兄がヤクザだと思ったら潜入捜査官だって、超ウケるじゃん!」

 風間くんの大声に、部室に踏み込みかけた足がギシッと固まった。

「超ウケるどころではなかったがな。それに問題はそこではない」
「そーな、問題は志麻センパイが環センパイの義理の姉になるかどうか……お、噂をすれば。志麻センパイ、ちゃーっす」

 風間くんがパイプ椅子にだらしなく座ったままこっちを向いた。環は向かいでいつものノートパソコンを広げている。

「遅かったな、おねえさま」
「おねえさまウケる! つか、志麻センパイスゲー引きじゃね? 見合い相手が実は警察のスパイでかつ環センパイの兄貴ってどんだけ盛って来てんだよっつーね!」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待って二人とも!?」

 あたしは慌ててドアを閉めた。

「環、まさか蓮司さんのこと風間くんに話しちゃったの!?」
「ああ、それがどうした?」
「えええ!? だって蓮司さん、機密事項だから誰にも言わないでくれって……」

 環は平然と肩をすくめた。

「私は口止めされてないからな」
「えっ、そういう問題!?」
「冗談だ。誰にでもべらべら話すつもりはないが、風間は私の手となり足となる男だからな。今後を考えると情報共有は必須だと判断した」
「今後って何……?」

 うちは確か文芸部のはずなのに、何だか特殊機関みたいなノリになってきてる。
 あたしが視線を移すと、風間くんはにやーっと笑って親指を立ててきた。

「大丈夫大丈夫、心配すんなって。オレ、こう見えて口固いし。ガッチガチよ」
「全然固そうじゃないんだけど!? ホントに誰にも言っちゃ駄目だからね!」

 精一杯真剣に念を押したけど、風間くんはニヤニヤ笑いを崩さないままあたしを覗き込んできた。

「分かってるって。で、志麻センパイどーすんの?」
「どうすんのって、何が」
「プロポーズに決まってんじゃん。マジで獅子神蓮司と結婚すんの?」
「けっこ……し、しないってば!」
「しないのか?」

 反射的に答えると、すかさず環が反応した。

「私の兄と結婚するのは嫌か?」
「うっ……ええと」

 上目遣いでこちらを見つめる視線に、心をグラグラ揺さぶられる。
 あたしはごくりと喉を鳴らした。
 嫌だって答えたら、環は怒るだろうか。
 もう友達を辞められちゃうかも。
 そうなっちゃったら、どうしよう。でも……。

「……ごめん、環! あたしやっぱり、蓮司さんとは結婚できない!」
「そうか、分かった」

 覚悟を決めて勢いよく頭を下げたあたしに、環はあっさりと言った。

「えっ、分かったって……それだけ? この前はあんなに押せ押せだったのに」
「あの援護射撃は妹としての義理だ。返答を保留にされた時点で勝機はないと分かっていたよ」

 環は肩をすくめた。

「結婚とは勢いだとうちの母が言っていた。あの場で押し切れなかった兄が不甲斐ないのだ。つくづく肝心なところで詰めの甘い男だな」
「不甲斐なくはないと思うけど……じゃあ、環はあたしが断っても怒らない?」

 恐る恐る聞くと、環は驚いたように瞬いた。

「何故私が怒る必要があるんだ?」
「だって蓮司さんは環のお兄ちゃんだし。だから蓮司さんをフッたら、環ともぎくしゃくしちゃうかと思って……」
「君と私の友人関係において、兄は介在しないだろう。妙なことを言うな、君は」
「妙って……でも、良かった」

 心底不思議そうな顔の環に、あたしはほっと息をついた。

「まあな~、やっぱ色々と無理っつうか無謀だよな~、警察のスパイが結婚相手ってのは」

 風間くんがパイプ椅子をガコガコ揺らしながら頷いた。

「ヤクザにとっちゃ、警察なんて天敵だしよ。その上ヤクザの組織にもぐりこんでるスパイだろ? 組長が許すわけねーよな、つかぶっ殺されてもおかしくねえっしょ」
「ちょっ、風間くん言い過ぎ! 環のお兄ちゃんなんだよ」

 さすがにハラハラしたけど、環は平然として片眉を上げた。

「構わん。私も同じことを言ったのだが、兄はきちんと雲竜組長に自分の素性を話して、志麻を嫁に貰えるよう頼むそうだ。元々極端な男だったが……恋とは恐ろしいな」
「マジで? 志麻センパイすげーな、魔性の女じゃん」
「ぎゃっ、やめてよ変な言い方!……でも、おじいちゃんに直談判は絶対止めないと」

 警察と卑怯者が大嫌いなおじいちゃんのことだ。蓮司さんが『実はヤクザ組織に潜入してた警察のスパイです』だなんて言ったら、また甲冑と日本刀の出番になってしまう。
 でも、直談判を止めるってことは蓮司さんにはっきり「NO」と言うってことだ。
 蓮司さんの真剣な瞳を思い出すと、ずんと気持ちが沈んだ。
 言えるだろうか、あたし。あんなに真剣に告白してくれた人なんて初めてなのに。

「あああ、どうしよう~……なんて言えば傷つけずに断れるのかな」
「は? 何甘いこと言ってんの志麻センパイ。そんなの傷つかないわけねえじゃん」

 ぽつりと呟くと、風間くんがあきれたように言った。

「うっ、やっぱそうかな……でも、嫌いなわけじゃないから」
「はい出た~、『嫌いじゃないのごめんなさい」って余計傷つけるだけのNGワードだからな。つか、拒絶する方が『傷つかないで』っつーのは図々しすぎるだろ」

 風間くんの言葉はいちいちもっともだ。
 あたしの人生で、断られることはあっても断る方に回るなんて思ってもみなかった。

「いっそ『結婚なんか生理的に無理』くらい言ってバッサリ切って捨てた方がまだ優しいって。なあ、環センパイ」
「そうだな。『生まれ変わって出直してこい』とかどうだ」
「何で環までそんな容赦ないの!?」
「兄はそのくらい言わんと分からんぞ。傷つけないようになんて考えるよりむしろ一太刀で殺す勢いで行け」

 環はきっぱりと言い切った。

「なんならメールでも構わん。スタンプでも送っとけ」
「さすがにメールはダメだよ! やっぱり直接ちゃんと伝えないと……ううう」

 頭を抱えた時、ふと何かが引っかかった。
 そういえば、朱虎が昨日何か言ってた気がする。悩むな、とか……あと、何だったっけ。
 頭が麻痺してたからうまく思い出せない。

「……どうした志麻? 顔が赤いぞ」
「え? あ、いや、何でもない! ちょっと暑いのかな……あはは」

 無理に思い出そうとすると、別のインパクトが蘇って来てしまった。あたしは慌てて、火照った頬を押さえた。

「そう悩まずとも、まだ時間はあるだろう。さすがに兄も任務が終わらないうちに動くことはないだろうから……」
「任務……って、あ」

 環の言葉に、あたしはやっと伝えければいけないことを思い出した。

「そうだ! その任務なんだけど、昨日の夜、東雲会に警察の捜査が入ったんだって!」

 環がわずかに眼を見開いた。
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