ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

文字の大きさ
上 下
44 / 111

42. とりあえずとか激おことか

しおりを挟む
 振り向くと、環はまだ蓮司さんを睨んでいた。むしろ目つきが更に凶悪さを増している気がする。

「終わってないって……蓮司さん、本当は警察のままでヤクザになってなかったって言ってるじゃない。家族にも秘密にしなきゃいけないから仕方なかったって」

 あたしの言葉に、環は軽く眉を上げた。

「公安の内偵か。そんなことは見当がついていた」
「ええ!?」
「根っからクソ真面目なこの男が警察を辞めるはずがない。それが偽名を使って新興の極道組織にわざわざ入る時点で別の目的があることは明確だ。ならば公安の密偵は真っ先に思いつくだろう」
「いや、フツー思いつかないって」

 思わず突っ込んでしまったけど、法律関係の一家に育ったら出てくる発想なんだろうか。

「そこまで分かってるなら、何でまだ怒ってるの?」
「何故そんな状況でわざわざ志麻と見合いするんだ」
「えっ?」

 突然見合いの話が飛び出して、あたしは瞬いた。

「潜入調査の最中、しかも大詰めに差し掛かっている時期に志麻と見合いすることはどう考えても不必要なリスクだろう」
「や、それはうちのおじいちゃんがいきなり強引に持ち掛けたから……」
「この男ならうまく断れたはずだ」

 環は蓮司さんを鋭くねめつけた。

「……確かに、断ろうと思えば断れた」

 蓮司さんは刺すような視線を受けて、小さく息を吐いた。

「けれど、『獅子神蓮司』という男は野心家で搦手を好むというパーソナル設定なんだ。そんな男が雲竜銀蔵の孫娘との見合い話を持ち掛けられて断るのは不自然だ。だからとりあえず見合いは受けておくべきだと思っ……」
「とりあえず?」

 環の声が低くなった。もはや地獄から響いてくるようだ。

「とりあえずで志麻と見合いしたというのか。本当に結婚する気はなかったと?」
「――ああ。こちらから断ると角が立つし、志麻さんの方から僕を嫌ってもらって断られるのが一番穏便だと思ってね」
「えっ、そうだったんですか」

 ということは、あのチクチクした嫌味とか長々と薀蓄語るのはわざとあたしに嫌われるためだったのか。
 ショックなような納得したような、妙な気分だ。

「なるほど。自身の任務と正体の隠蔽のため、形ばかりの見合いを乗り気を装って受け、志麻に対してわざと不快な言動を行って断らせるよう仕向けたわけだ」

 蓮司さんは僅かに眉をひそめたけど、頷いた。

「まあ……言葉は悪いがそうなるな。ただ、実際は思惑と異なることも多くてね。というか……」

 ダン! と環が思いっきり拳をテーブルに叩きつけた。
 あたしの心臓が飛び上がる。

「あまりふざけるなよ」

 短く言い捨て、環はあたしの手を掴むと立ち上がった。

「た、環……?」
「志麻、この男との見合いは即刻断れ」

 環はあたしの手を掴んだまま、蓮司さんを絶対零度の視線でねめつけた。

「いいか、最後の情けで正体については黙っておいてやるが、金輪際志麻に近づくな。魂に刻んでおけ、この腐れ外道」
「た、環、落ち着いて……! その人、あなたのお兄さんだからね!?」

 いや、お兄さんだからこそこんなに怒ってるんだろうか。
 前に『兄とはほとんど干渉しない』とか言ってたけど、やっぱり危ない仕事についていることを黙っていられたのがよほどショックだったんだろう。
 しかも、あたしとのお見合いで更にリスクが高まってしまった。
 そう考えると、ずきりと胸が痛んだ。
 こんなに環が怒ってるのは、あたしのせいだ。

「行くぞ、志麻。これ以上この男と話すことなどない」
「待って環! あの、ごめん」
「はあ?」

 環は眉を跳ね上げてあたしを振り返った。

「何故君が謝る?」
「だって……環の言うとおりだと思って。蓮司さんは危ない仕事の最中なのに、あたしとのお見合いなんてリスク抱え込ませちゃってたなんて……知らなかった」
「君が知らないのは当たり前だろう、この男が隠していたんだから」
「それはそうだけど。でも、もとはと言えば、おじいちゃんがお見合いを無理やり押し付けたのがいけないんだよ。蓮司さんだって好きでわざわざリスクを上げたわけじゃないんだから……。いくらお兄さんが心配だからって、そんなに怒らないで上げて」

 環はまじまじとあたしの顔を見た。

「……いや、私は兄の心配などしていないが」
「え?」
「違うよ、志麻さん」

 環の代わりに、あたしの後ろから声がした。

「環が怒ってるのは君のためだ」
「……え?」

 振り返ると、蓮司さんが苦笑に近い表情を浮かべている

「僕が志麻さんを騙して見合いしたことについて怒ってるんだよ。そうだろう、環」
「他に何がある」

 ぽかんとするあたしをよそに、環は苛立たしげに言った。

「貴様がヤクザになっていようがスパイしていようが、そんなことはどうでもいい」

 ついに『貴様』呼びになった……!

「だが、立場を利用して私の友人を騙したことは許しがたい」

 環はキッと蓮司さんを睨んだ。

「志麻はこう見えて純粋なんだ。今だに星占いを毎日気にしたり、運命の人に出会える恋のおまじないをしたりするくらい夢見る乙女だというのに、その純情を弄ぶような真似をしたんだぞ、分かっているのか」
「ひえっ、環やめて……! それバラさないで!」

 蓮司さんはあたしをちらと見ると微笑んだ。こんな状況なのにどきりとする。

「それは可愛らしいな。また違う一面を見られた気分だ」
「ヘラヘラするな気色悪い。志麻を見るな。汚れる」

 環があたしを抱きしめるようにして蓮司さんの視線から隠した。

「とにかく、貴様の思惑通り見合いは志麻の方から断る。この場で話したことは忘れてやるから貴様はつつがなく巨悪を仕留めて手柄を立てて、速やかに志麻の前から姿を消せ。それでいいな?」
「いや、良くない」

 蓮司さんは首を横に振った。環が眉を跳ね上げる。

「ああ?」
「……確かに、当初の予定は志麻さんから嫌われて見合いを断ってもらうことにしていた。難しくはないはずだったよ、雲竜志麻と言えば我がままですぐに癇癪を起こす甘えたお嬢様だと有名だからね」
「待ってくださいそれ有名なんですか? ほんとに?」

 地味にショックな自分の評判を知ってしまった……。
 間違いなく噂の出どころは朱虎だろう。あんな顔してあちこちであたしの愚痴を言いまくってるのか、あいつ……!

「けど、会ってみたら全然違った」

 イライラしていると、蓮司さんが優しく言った。

「確かに激しいけど、理屈がないわけじゃない。むしろ感情豊かで信念があって、すごく魅力的な女の子だと分かった」
「えっ、それはちょっと褒めすぎ……」

 切れ長の瞳がじっとあたしを見つめる。何だか居心地が悪くてもじもじしていると、さっと環があたしを庇った。

「おい、女子高生を視姦するんじゃないこの変態。強制わいせつ罪で訴えるぞ」
「見るくらいいいだろう」
「良くない。とっとと結論を言え」

 蓮司さんは息を吐いた。

「分かった。――志麻さん。今まで身分を偽って、君に嘘をついていたことを謝りたい。本当に申し訳なかった」
「い、いえ、仕方ないことでしたから……」
「その上で、改めて君に結婚前提での交際を申し込ませてくれ」
「……は?」

 環越しにあたしを見つめ、蓮司さんははっきりと言い切った。

「僕と結婚して欲しい」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

処理中です...