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36, アレとかコレとか、酔った勢いとか?
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翌朝、目を覚ますとあたしは自分の部屋のベッドに寝ていた。
「あれ? えーと……」
いつも通りの朝なのに、何だか違和感がある。
何だろう?
ぼんやりした頭で考えながら朝陽を浴びていると、ドアがノックされた。
「お嬢、そろそろ起きないと遅刻しますよ」
「えっ、嘘!」
時計を見てあたしは跳ね起きた。慌ててクローゼットを開ける。
「なんでもっと早く起こしてくれなかったの朱虎のバカ~!」
「いくら声かけても起きませんでしたし」
ドアの向こうで朱虎が言った台詞に、ふと記憶が刺激された。
そう言えば昨日、朱虎の部屋で全く同じことを言われたっけ。それで、その後……
突然、あたしの頭に昨日の夜の出来事が生々しく蘇った。
のしかかるシルエット、頬に押し当てられた唇の感触、傷口をなぞられるチリチリとした痛みと……
「はうっ……!」
あたしは頬を押さえて悶絶した。
「お嬢? どうしました、変な声出して」
「な、何でもない!」
焦って声が裏返る。
「そうですか。一人で着替えられますか?」
「大丈夫! だ、だからあっち行ってて!」
「はいはい。朝食用意してますので、着替えたらダイニングにどうぞ」
朱虎の足音が遠ざかって、あたしはほっと息を吐いた。
改めて思い出すと、めちゃくちゃ恥ずかしいことをされたんじゃないか?
しかも、あたしが煽ったところあるし。
最後には「大好き」とまで言ってしまったような気がする。
「どうしよう、朱虎の顔見られない……や、そんな深い意味はなくて、ほら子供の頃よく『大好き~』って言ってたし、その延長みたいなもので……あっ、おじいちゃんも! もちろんおじいちゃんも大好きだから! それと同じ意味で好きっていう……でもこの年で『好き』ってワードはパワーあり過ぎっていうか、ううううん」
あれこれ悩みながら着替えてるうちに、なんだかだんだん腹が立ってきた。
「ていうか朱虎もちょっとアレじゃない!? あたしもう十七歳なのに、上にまたがったり身体くすぐったり、ほ、ほっぺたにアレしたりとか、色々とアウトでしょ! それなのに何であんないつも通りなの!?」
一言言ってやらないと気が済まない。あたしは怒りのままにダイニングに向かった。
朱虎はキッチンでコーヒーを淹れていた。
「ちょっと、朱虎!」
「おはようございます、お嬢。ミルクはいれますか」
「うん、あと砂糖も。……じゃなくて!」
顔を上げた朱虎は眉をひそめた。
「何ですか、その髪。また適当に結びましたね」
「え、変?」
「ボサボサです。食べててください、やり直しますから」
目の前にサンドイッチとコーヒーが置かれる。朱虎はそのままあたしの後ろに回って、髪をさっさと直し始めた。
いつもの朝のやりとりだ。
だけど今朝は、何だか髪をいじる朱虎の手が妙に気になってまう。
「あのさ、朱虎」
「駄目です。トマトもちゃんと食べてください」
「違うって! あの……昨日の夜なんだけど」
「ああ」
朱虎は手を止めることなく頷いた。
「夜中に目が覚めたらお嬢がいたんで驚きました。部屋間違えたんですか?」
「……へ?」
「全然起きないんで、お嬢の部屋に運んでおきましたけどね。寝ぼけるのも大概にして下さいよ、まったく」
「え、いや、寝ぼけたんじゃなくて……あれ?」
何だか話がかみ合わない。
「はい、終わりました。弁当はここに用意してますから……」
「ちょ、ちょっと待って。それだけ!?」
朱虎は怪訝そうな顔で振り返った。
「まだ何かありましたか」
「ええ!? 何かって……」
あった。
大いに色々とあった。
けど……『ナニ』があったか、今ここで言うの、あたしが?
思わず固まっていると、朱虎はふと眉をひそめてこめかみを叩いた。
「すみません。昨日は飲み過ぎたせいか記憶があいまいで」
「あいまい……え!? 覚えてないの!? 何も!?」
「はあ。シャワーが水だったことまでは覚えてるんですが……その後は」
あたしは口をパクパクさせて、ようやく言葉を絞り出した。
「う……ウソでしょ、そんなことある!? や、確かにおじいちゃんとか、すごく酔っ払った次の日は『何も覚えてない』って言ってるけど……」
でも昨日、朱虎は確かビールしか飲んでなかったはず。
ビールなんて、そんなに酔っ払うものなんだろうか?
「虎兄ィ、いますか……あ、お嬢さん、どうも」
あたしが朱虎を問い詰めようとした時、ダイニングにクロちゃんが顔を覗かせた。帰って来たばかりなのか、だいぶよれっとした感じになってしまっている。何故か、手に空の酒瓶を持っていた。
「ああ、クロか。お疲れさん、事務所はどうだ」
「はい、何とか応急処置は……昼からガラス屋が来るそうです。なんで俺らはいったん帰って着替えてまた来いって」
「ええっ、また来いって……疲れてるんじゃないの? 寝てないんでしょ」
「ま~、寝てはいないっすけど何とか。で、景気づけに一杯入れてこうと思ったら……空っぽなんですけど、俺らの秘蔵のウイスキー!」
クロちゃんは朱虎に空の瓶を恨めしそうに掲げた。
「ああ?」
「トボけねえでくださいよ! ダイニングの棚に置いてあった奴です。お嬢さんが飲むわけないし、虎兄ィしかいねぇでしょ!」
「ああ、そういや飲んだな」
悪びれもせずにあっさり頷いた朱虎を見て、クロちゃんはがっくり肩を落とした。
「なんで全部飲み干しちゃうんすかあ~。昨日開けたばっかでほぼ飲んでねえのに……」
つまり朱虎は昨日、あの瓶のお酒を全部飲んだあとで更にビール飲んでたってこと?
「こういうのは、少しずつ舐めるように楽しむもんなんですよ。かなりいいものが手に入ったから、みんなで半年くらいかけて味わうつもりだったのに……」
「ぐちぐちうるせえな。代わりに好きな銘柄買ってこい」
朱虎が財布から何枚か札を引っ張り出す。クロちゃんの顔がパッと輝いた。
「あざっす! さすが虎兄ィ、気前いいっすね!」
弾む足取りで出て行ったクロちゃんを、あたしは慌てて追いかけた。
「ねえねえ、クロちゃん」
「ん? お嬢さん、どうしました」
振り向いたクロちゃんに、あたしは何となく声を潜めて聞いた。
「あのさ……そのウイスキーって、一気に飲んだら、やっぱりベロベロに酔っちゃう?」
「へ? まあ……強い酒ですから」
クロちゃんはきょとんとしながら頷いた。
「フツーは一気に全部なんて飲めませんよ。ぶっ倒れちまあ」
「記憶とか、無くなっちゃうの?」
「はあ、まあ全部ぶっ飛びますね」
「そ、そうなんだ……」
ということは、やっぱりあの時、朱虎はすごく酔ってたってこと?
確かに、いつもとは様子が違ったし……。
「なんすかお嬢さん、酒に興味あるんですか? 良かったら飲みやすい奴、調達しますよ。俺も最初に飲んだのは十四のときでしたけど、そん時は……イテッ!」
「下らねえことお嬢に聞かせてんじゃねえ」
クロちゃんに拳骨を落とした朱虎は、じろりと睨みを効かせた。
「お嬢にアルコールなんざ飲ませてみろ、てめェのケツにウイスキー突っ込むぞ。分かったらとっとと行け」
「は、はいっ」
クロちゃんはすっ飛んで行ってしまった。
「ったく。……お嬢も、酒に興味を持つのはまだ早いですよ。酒の味なんざ大人になってから覚えりゃいいんです。そんなことより、早く用意しないと本当に遅刻しますよ」
あたしはくどくど言ってくる朱虎を見上げた。
朱虎、昨日の夜のこと全然覚えてないんだ。
というか、そもそも昨日の夜やったことって、酔った勢い?
あたしを押し倒したのも、ほっぺたに……したのも、抱きしめて「大事」って言ったのも、全部酔った勢いで、次の日になったら忘れちゃうようなこと?
「あ、それとあの早瀬ってガキですが、病院から今朝連絡があって……お嬢、聞いてますか?」
なんか……無性に腹が立つ。
「朱虎なんて……最っ低!!」
「はあ?」
面食らった顔の朱虎にフンッ! と鼻息を吐いて、あたしは背を向けた。
「今日は一人で学校に行くっ! 絶対、ついて来ちゃ駄目だからっ!」
「やっぱウイスキー飲んだの虎兄ィだったっス」
「だろ~。ひと瓶一気って、あの人以外あり得ねえって」
「これはクロがあかんわ。アニさんの見えるとこに酒置いたらあかんって言うてたやろ。皆で金出しあって買うた酒やねんから、ちゃんとしや」
「すいません。……けど、本当に全部一人で空けたんっすかね? これ四十度くらいありますけど……二日酔いって感じでもなくて、フツーの顔してましたよ」
「はあ? 何言うてんねや。クロもまだまだアニさんのこと知らへんねんな」
「虎兄さん、酒に関しちゃザルどころかワクだぜ」
「ワク?」
「まあいわゆるウワバミやな。どれだけ飲んでも全然酔われへんねん」
「あの人が顔赤くしてるとこすら見たことねえもん、俺」
「まじっスか! じゃ、ベロベロになるとか、理性ぶっ飛ぶとか」
「ないない! ぜんっぜんいつもと変わんねえし、飲み会の時も最後までケロッとして会計とか後片付けとかしてんだよ」
「しこたま飲んだ帰りに検問に引っかかったのに、アルコール呼気検査が全然反応せえへんでスルーされたって聞いたことあるで」
「は~……すげえ。なら、酔い過ぎて記憶が飛ぶとかも」
「あり得へん。アニさんの前じゃ酒の無礼講は一切通じんから気ィつけや。言うたことぜーんぶ覚えてはるから」
「べつに根に持つ人じゃねえけどな、地雷に触れない限り」
「地雷?」
「志麻ちゃんだよ。マジ、あの人の前で志麻ちゃんの話題はタブーだから。特に下ネタ系」
「うっ……俺さっき、お嬢さんに酒勧めたの聞かれて拳骨食らいました」
「ぎゃはははは! バッカだな~クロ!」
「何笑てんねん。ジブンかてこの前、酔った勢いでアニさんに志麻ちゃんの胸のサイズ聞いて池に叩き込まれてたやんな」
「ぬ……お前こそ、志麻ちゃんのこと『そこそこいい女に育ってきた』つったの聞かれて一晩逆さ吊りされてたじゃねえか!」
「あれは失敗したわ~。ごっつええ女になってはる、て言うべきやった」
「そういう問題じゃないと思いますけど……や、ほんと、以後気を付けます」
「で、ウイスキーの件は解決したのかよ」
「あ、はい! 代わり買ってこいって金くれたっス!」
「さすがアニさん、オットコ前やで! ほな、夜はそれでパーっといこやないか」
「だな。よーし、もうひと頑張りすっか」
「っスね!」
「あれ? えーと……」
いつも通りの朝なのに、何だか違和感がある。
何だろう?
ぼんやりした頭で考えながら朝陽を浴びていると、ドアがノックされた。
「お嬢、そろそろ起きないと遅刻しますよ」
「えっ、嘘!」
時計を見てあたしは跳ね起きた。慌ててクローゼットを開ける。
「なんでもっと早く起こしてくれなかったの朱虎のバカ~!」
「いくら声かけても起きませんでしたし」
ドアの向こうで朱虎が言った台詞に、ふと記憶が刺激された。
そう言えば昨日、朱虎の部屋で全く同じことを言われたっけ。それで、その後……
突然、あたしの頭に昨日の夜の出来事が生々しく蘇った。
のしかかるシルエット、頬に押し当てられた唇の感触、傷口をなぞられるチリチリとした痛みと……
「はうっ……!」
あたしは頬を押さえて悶絶した。
「お嬢? どうしました、変な声出して」
「な、何でもない!」
焦って声が裏返る。
「そうですか。一人で着替えられますか?」
「大丈夫! だ、だからあっち行ってて!」
「はいはい。朝食用意してますので、着替えたらダイニングにどうぞ」
朱虎の足音が遠ざかって、あたしはほっと息を吐いた。
改めて思い出すと、めちゃくちゃ恥ずかしいことをされたんじゃないか?
しかも、あたしが煽ったところあるし。
最後には「大好き」とまで言ってしまったような気がする。
「どうしよう、朱虎の顔見られない……や、そんな深い意味はなくて、ほら子供の頃よく『大好き~』って言ってたし、その延長みたいなもので……あっ、おじいちゃんも! もちろんおじいちゃんも大好きだから! それと同じ意味で好きっていう……でもこの年で『好き』ってワードはパワーあり過ぎっていうか、ううううん」
あれこれ悩みながら着替えてるうちに、なんだかだんだん腹が立ってきた。
「ていうか朱虎もちょっとアレじゃない!? あたしもう十七歳なのに、上にまたがったり身体くすぐったり、ほ、ほっぺたにアレしたりとか、色々とアウトでしょ! それなのに何であんないつも通りなの!?」
一言言ってやらないと気が済まない。あたしは怒りのままにダイニングに向かった。
朱虎はキッチンでコーヒーを淹れていた。
「ちょっと、朱虎!」
「おはようございます、お嬢。ミルクはいれますか」
「うん、あと砂糖も。……じゃなくて!」
顔を上げた朱虎は眉をひそめた。
「何ですか、その髪。また適当に結びましたね」
「え、変?」
「ボサボサです。食べててください、やり直しますから」
目の前にサンドイッチとコーヒーが置かれる。朱虎はそのままあたしの後ろに回って、髪をさっさと直し始めた。
いつもの朝のやりとりだ。
だけど今朝は、何だか髪をいじる朱虎の手が妙に気になってまう。
「あのさ、朱虎」
「駄目です。トマトもちゃんと食べてください」
「違うって! あの……昨日の夜なんだけど」
「ああ」
朱虎は手を止めることなく頷いた。
「夜中に目が覚めたらお嬢がいたんで驚きました。部屋間違えたんですか?」
「……へ?」
「全然起きないんで、お嬢の部屋に運んでおきましたけどね。寝ぼけるのも大概にして下さいよ、まったく」
「え、いや、寝ぼけたんじゃなくて……あれ?」
何だか話がかみ合わない。
「はい、終わりました。弁当はここに用意してますから……」
「ちょ、ちょっと待って。それだけ!?」
朱虎は怪訝そうな顔で振り返った。
「まだ何かありましたか」
「ええ!? 何かって……」
あった。
大いに色々とあった。
けど……『ナニ』があったか、今ここで言うの、あたしが?
思わず固まっていると、朱虎はふと眉をひそめてこめかみを叩いた。
「すみません。昨日は飲み過ぎたせいか記憶があいまいで」
「あいまい……え!? 覚えてないの!? 何も!?」
「はあ。シャワーが水だったことまでは覚えてるんですが……その後は」
あたしは口をパクパクさせて、ようやく言葉を絞り出した。
「う……ウソでしょ、そんなことある!? や、確かにおじいちゃんとか、すごく酔っ払った次の日は『何も覚えてない』って言ってるけど……」
でも昨日、朱虎は確かビールしか飲んでなかったはず。
ビールなんて、そんなに酔っ払うものなんだろうか?
「虎兄ィ、いますか……あ、お嬢さん、どうも」
あたしが朱虎を問い詰めようとした時、ダイニングにクロちゃんが顔を覗かせた。帰って来たばかりなのか、だいぶよれっとした感じになってしまっている。何故か、手に空の酒瓶を持っていた。
「ああ、クロか。お疲れさん、事務所はどうだ」
「はい、何とか応急処置は……昼からガラス屋が来るそうです。なんで俺らはいったん帰って着替えてまた来いって」
「ええっ、また来いって……疲れてるんじゃないの? 寝てないんでしょ」
「ま~、寝てはいないっすけど何とか。で、景気づけに一杯入れてこうと思ったら……空っぽなんですけど、俺らの秘蔵のウイスキー!」
クロちゃんは朱虎に空の瓶を恨めしそうに掲げた。
「ああ?」
「トボけねえでくださいよ! ダイニングの棚に置いてあった奴です。お嬢さんが飲むわけないし、虎兄ィしかいねぇでしょ!」
「ああ、そういや飲んだな」
悪びれもせずにあっさり頷いた朱虎を見て、クロちゃんはがっくり肩を落とした。
「なんで全部飲み干しちゃうんすかあ~。昨日開けたばっかでほぼ飲んでねえのに……」
つまり朱虎は昨日、あの瓶のお酒を全部飲んだあとで更にビール飲んでたってこと?
「こういうのは、少しずつ舐めるように楽しむもんなんですよ。かなりいいものが手に入ったから、みんなで半年くらいかけて味わうつもりだったのに……」
「ぐちぐちうるせえな。代わりに好きな銘柄買ってこい」
朱虎が財布から何枚か札を引っ張り出す。クロちゃんの顔がパッと輝いた。
「あざっす! さすが虎兄ィ、気前いいっすね!」
弾む足取りで出て行ったクロちゃんを、あたしは慌てて追いかけた。
「ねえねえ、クロちゃん」
「ん? お嬢さん、どうしました」
振り向いたクロちゃんに、あたしは何となく声を潜めて聞いた。
「あのさ……そのウイスキーって、一気に飲んだら、やっぱりベロベロに酔っちゃう?」
「へ? まあ……強い酒ですから」
クロちゃんはきょとんとしながら頷いた。
「フツーは一気に全部なんて飲めませんよ。ぶっ倒れちまあ」
「記憶とか、無くなっちゃうの?」
「はあ、まあ全部ぶっ飛びますね」
「そ、そうなんだ……」
ということは、やっぱりあの時、朱虎はすごく酔ってたってこと?
確かに、いつもとは様子が違ったし……。
「なんすかお嬢さん、酒に興味あるんですか? 良かったら飲みやすい奴、調達しますよ。俺も最初に飲んだのは十四のときでしたけど、そん時は……イテッ!」
「下らねえことお嬢に聞かせてんじゃねえ」
クロちゃんに拳骨を落とした朱虎は、じろりと睨みを効かせた。
「お嬢にアルコールなんざ飲ませてみろ、てめェのケツにウイスキー突っ込むぞ。分かったらとっとと行け」
「は、はいっ」
クロちゃんはすっ飛んで行ってしまった。
「ったく。……お嬢も、酒に興味を持つのはまだ早いですよ。酒の味なんざ大人になってから覚えりゃいいんです。そんなことより、早く用意しないと本当に遅刻しますよ」
あたしはくどくど言ってくる朱虎を見上げた。
朱虎、昨日の夜のこと全然覚えてないんだ。
というか、そもそも昨日の夜やったことって、酔った勢い?
あたしを押し倒したのも、ほっぺたに……したのも、抱きしめて「大事」って言ったのも、全部酔った勢いで、次の日になったら忘れちゃうようなこと?
「あ、それとあの早瀬ってガキですが、病院から今朝連絡があって……お嬢、聞いてますか?」
なんか……無性に腹が立つ。
「朱虎なんて……最っ低!!」
「はあ?」
面食らった顔の朱虎にフンッ! と鼻息を吐いて、あたしは背を向けた。
「今日は一人で学校に行くっ! 絶対、ついて来ちゃ駄目だからっ!」
「やっぱウイスキー飲んだの虎兄ィだったっス」
「だろ~。ひと瓶一気って、あの人以外あり得ねえって」
「これはクロがあかんわ。アニさんの見えるとこに酒置いたらあかんって言うてたやろ。皆で金出しあって買うた酒やねんから、ちゃんとしや」
「すいません。……けど、本当に全部一人で空けたんっすかね? これ四十度くらいありますけど……二日酔いって感じでもなくて、フツーの顔してましたよ」
「はあ? 何言うてんねや。クロもまだまだアニさんのこと知らへんねんな」
「虎兄さん、酒に関しちゃザルどころかワクだぜ」
「ワク?」
「まあいわゆるウワバミやな。どれだけ飲んでも全然酔われへんねん」
「あの人が顔赤くしてるとこすら見たことねえもん、俺」
「まじっスか! じゃ、ベロベロになるとか、理性ぶっ飛ぶとか」
「ないない! ぜんっぜんいつもと変わんねえし、飲み会の時も最後までケロッとして会計とか後片付けとかしてんだよ」
「しこたま飲んだ帰りに検問に引っかかったのに、アルコール呼気検査が全然反応せえへんでスルーされたって聞いたことあるで」
「は~……すげえ。なら、酔い過ぎて記憶が飛ぶとかも」
「あり得へん。アニさんの前じゃ酒の無礼講は一切通じんから気ィつけや。言うたことぜーんぶ覚えてはるから」
「べつに根に持つ人じゃねえけどな、地雷に触れない限り」
「地雷?」
「志麻ちゃんだよ。マジ、あの人の前で志麻ちゃんの話題はタブーだから。特に下ネタ系」
「うっ……俺さっき、お嬢さんに酒勧めたの聞かれて拳骨食らいました」
「ぎゃはははは! バッカだな~クロ!」
「何笑てんねん。ジブンかてこの前、酔った勢いでアニさんに志麻ちゃんの胸のサイズ聞いて池に叩き込まれてたやんな」
「ぬ……お前こそ、志麻ちゃんのこと『そこそこいい女に育ってきた』つったの聞かれて一晩逆さ吊りされてたじゃねえか!」
「あれは失敗したわ~。ごっつええ女になってはる、て言うべきやった」
「そういう問題じゃないと思いますけど……や、ほんと、以後気を付けます」
「で、ウイスキーの件は解決したのかよ」
「あ、はい! 代わり買ってこいって金くれたっス!」
「さすがアニさん、オットコ前やで! ほな、夜はそれでパーっといこやないか」
「だな。よーし、もうひと頑張りすっか」
「っスね!」
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