ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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34. 停電とかノーカウントとか

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「……や~、迎えに来てくれるなんてマジ感謝っすわ」
「頼んだのはこちらですからね。こんなことに巻き込まれるとは思いませんでしたが」
「それな! 天気も急に崩れっしさ~。てか、結局見合いってどうなったん?」
「来週、もう一度仕切り直しですよ」
「マジか~。ま、今日は交通事故に巻き込まれたしな。じゃあ、コレやるよ」
「これは?」
「ドサマギで獅子神さんの上着から抜いたジャマー」
「手先、器用ですね」
「ま、気づかれたら代わりを用意されっかもだけどな。朱虎サンも毎回、俺に頼むのも大変だろーし」
「そりゃどうも、お気遣いいただいて」
「つかさあ。ぶっちゃけ志麻センパイがあと三か月……あと二ヶ月? で嫁に行くのって、俺、かなり無理ゲーだと思うんだけど。どうしても嫁に行かなきゃいかんの?」
「オヤジの命令ですから」
「昭和~。今の志麻センパイだったら、朱虎サン、嫁入り先までついて行かなきゃいけねえんじゃねえ?」
「それはさすがに相手が許さねえでしょう」
「あ、そういう感想」
「何か?」
「いや、『そこまで面倒見切れない』とかじゃねえんだな、と。朱虎サン、結構志麻センパイに振り回されてんじゃん。愛想尽きたりしねーの」
「……よく喋る人ですねえ、あんた」
「うははははは! だってなんか話しやすいんだもんよ、朱虎サンって」
「はじめて言われましたよ。普通はビビって話しかけてこねえんですがね」
「だって朱虎サン、俺の言うことなんかほとんど気にしてないだろ。何言ったら怒るのか、逆に知りてーくらいだわ」
「知りたいのでしたら教えましょうか」
「おっと、そいつは勘弁……てーかさ、朱虎サンは候補者に入らねえの? 志麻センパイの旦那候補」
「ないですね」
「即答だね~」
「お嬢は自分にとって妹みたいなもんですから」
「ふーん? 志麻センパイも同じこと言ってたよ、兄貴みたいなもんだって」
「でしょうね」
「俺さ、人と話すとそいつに兄弟姉妹がいるか何となく分かるんだよな」
「変わった特技を持ってるんですね」
「だろ。で、朱虎サンは『妹』はいねえって感じがビンビンするわ」
「……」
「志麻センパイもさ~、あれはどう見てもひとりっ子メンタルだよ。あ、こういう話興味ねえ?」
「そろそろ着きますよ」
「へーい。あ、そういや」
「まだ何か」
「獅子神サンだっけ、あの人も妹がいる感じだな。まあ、ほんとどうでもいい話だけどさ」

            〇●〇

 ふっ、と目が覚めて、あたしはぼんやり瞬いた。
 頭まですっぽりと柔らかなものに覆われていて息苦しい。

「……あれ?」

 一瞬ぽかんとしたけど、すぐに記憶がよみがえってきた。
 そういえば、雷が怖くて夢中でベッドに飛び込んで布団をかぶってたんだった。どうやら、そのまま眠ってしまっていたらしい。
 けれど、何となく違和感がある。

「ん~……? なんだろ……」

 もぞもぞと顔を出すと、真っ暗な中に激しい雨の音が響いていた。

「まだ、雨やんでないんだ……」
「今夜はずっと降ってますよ」
「ふわっ!?」

 ものすごく近くで声がして、あたしは飛び上がりかけた。
 カチッ、とライターの炎が灯り、あたしがいるベッドの脇にもたれかかるようにして座っている朱虎が浮かび上がった。

「えっ!? 朱虎、何でいるの!?」
「それは自分の台詞ですが」

 朱虎は咥えた煙草に火をつけた。ライターの炎が消えて、部屋がシルエットに沈む。

「ここは自分の部屋で、お嬢が占領してんのは自分のベッドです」
「ええ? 何それ……あ」

 そうだ、思い出した。
 自分の部屋に逃げる途中でものすごい雷が落ちて、思わず朱虎の部屋に飛び込んだんだっけ。

「帰ってきたら停電で雷も酷いのに、居間にも部屋にもいないからどうしたのかと思えば……。いくら声かけても起きませんでしたし」
「う……」

 そんなに爆睡してたのか、あたし……。 

「続きはご自分のベッドでどうぞ。今、懐中電灯取って」

 朱虎の言葉をかき消すように遠くでゴロゴロゴロ! と不気味に空が鳴った。
 あたしはシュバッ! と布団に逆戻りして叫んだ。

「だ、ダメ! 動くの無理! 雷おさまるまでここにいるーっ!」
「……分かりました」

 朱虎は浮かしかけた腰を下ろした。
 静かな部屋に雨の音が響いている。
 あたしは何となく部屋を見回した。うすぼんやりとしか見えないけれど、必要最低限の物しかないのは分かる。

「何だかこの部屋に入るの久しぶり……全然変わってなくない?」
「部屋なんてそうそう変わるもんじゃねえでしょう」
 朱虎はうちへ来た時からずっとこの部屋に住んでいる。成人した時や役付きになった時に何度か家を出る話が出たけど、結局朱虎は出て行かなかった。
 小さい頃はよくこの部屋に入り浸って、勉強している朱虎の後ろで遊んでいた。その時も今みたいに、ベッドの上からこちらに背を向けている朱虎の赤い頭を眺めていた気がする。
 不意にカシッ、と小さな音を立てて朱虎が缶を開けた。中身を一気に流し込む。
 ふわりとアルコールの匂いがした。

「お酒飲んでるの?」
「ええ。こんな夜はもう車を出すこともないでしょうから」

 朱虎の言葉に、あたしは風間くんのことを思い出した。

「朱虎、ありがとうね」

 とたんに朱虎が飲みかけのビールにむせて咳き込んだ。

「はい? どうしたんですかお嬢、急に」
「さっき、風間くんを警察署まで迎えに行って送ってくれたんでしょ。風間くんから、お礼言っといてくれって言われたの」
「ああ、……なるほど、伝言ですか。びっくりした」
「何でびっくりするのよ。あたしだってたまにはお礼くらい……」
「言われた記憶はないですね」
「ええ!? そんなわけない……あれ?」

 考え込んでるとふっ、と朱虎が暗闇で笑った。

「まあ、今さらお嬢に改まって礼なんて言われると気持ち悪いですけど」
「気持ち悪いは言い過ぎじゃない!?」

 ジジッ、と煙草の先が赤く光って、少しの間だけ朱虎の顔が照らされた。
 いつもオールバックの髪がしっとりと濡れてくしゃくしゃになっている。というか、よく見るとTシャツにスウェット、首にはタオルをかけたラフな格好だ。

「朱虎、お風呂に入ったの」
「まあ、びしょ濡れになりましたからね……」

 言葉を切って朱虎がくしゃみした。ふうっ、と息をついて、またビールを一気飲みする。

「髪、ちゃんと乾かさないと風邪ひくよ」
「お嬢、停電だとドライヤーは使えないんですよ」

 心配して言ったのに子供に言うみたいな口調で返って来て、あたしはむっとした。
 起き上がると、タオルを引っ張る。

「あたしが拭いてあげる」
「いいですよ」
「いいから! ……って、冷たっ!」

 制してきた朱虎の手があんまり冷たかったので、あたしはぎょっとした。

「え、何でこんなに冷たいの?」
「だから言ったでしょう。雨に打たれたんですよ」
「でもお風呂入ったんでしょ?」
「お湯は出ませんでしたけどね」
「えっ、そうなの!? じゃあ、水かぶったってこと!?」

 今の季節、夜はまだ冷える。特に今夜は雨のせいか、部屋の中はかなりひんやりとしていた。

「やだ、ほんとに風邪ひいちゃうじゃない! こっちおいでよ」
「は?」
「そんなとこに居ないでベッドに入ってきなよ。あたしがあっためてあげるから」

 布団でぐるぐる巻きにして、ついでにあたしがぎゅっとひっついたら、だいぶあったかくなるはずだ。
 そう思ったのに、朱虎はいきなり黙り込んで、妙な雰囲気でこっちを窺った。

「なに? あたし、変なこと言った?」
「……誰かに聞かれたらどうするんですか。深刻な誤解を招きますよ、その台詞」
「は? 聞かれるって、今、家に誰もいないじゃん」
「さらに追い打ちかけてきますね……」

 朱虎は大きな溜息をついた。

「一応言っときますが、俺も男なんで。気軽にベッドに誘わないでください」
「ベッ……何それ! 全然そんな意味じゃないから!」
「分かってますよんなこたァ」

 新しいビールを開けながら、朱虎はどこか投げやりに言った。

「年相応の危機感を持ってくれって言ってんですよ。ったく、いつまで経ってもお子様なんですから」

 カッチーン。

「誰がお子様だって? 朱虎こそ、ちょっと自意識過剰過ぎなんじゃないの」

 あたしは「何言ってんの?」って感じの口調を作った。いつも朱虎があたしに対してやるヤツだ。

「ベッドに一緒に寝るなんてよくやってたし、今さら朱虎に危機感なんて感じるわけないじゃない。あたしがお子様なんじゃなくて、朱虎なんて男としてノーカウントなだけですし~?」

 思いっきり語尾を跳ね上げる。我ながらかなり「ムカつく」喋り方だ。

「……」

 どうせ「そうですか、はいはい」って流されるかと思ったけど、朱虎は黙り込んでしまった。

「……あ、朱虎?」

 ヤバい、言い過ぎたかな。「お子様じゃないなら一人で部屋に戻れますよね」とか言われたらどうしよう。

「……ノーカウントね」

 朱虎の手の中でベキッ、と音がした。
 ひしゃげたビール缶をテーブルへ放り出し、影がうっそりと立ち上がる。

「そこまで言うならあっためてもらいますよ」
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