ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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30, 人殺しとか手慣れてるとか

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 何を言われているのか、咄嗟に理解できなかった。

 ぽかんとするあたしに、ママさんはまくし立ててきた。



「あいつがまーくんを道路に突き飛ばしたんでしょ! おかげでまーくん、死ぬところだったのよ!」

「……はあ!?」

「人殺しっ! 訴えてやる!」



 あいつ、とママさんが憎々しげに睨んでるのは、倒れてるミカだ。

 他のママさんたちがまーくんのママに駆け寄って慰めたり、こちらを攻めるように目つきでちらちらと窺ってくる。



「さっきボール取り上げてあの子をいじめてた……」

「信じられない、道路に突き飛ばすなんて……」

「自分でひかれるなんて、自業自得よね……」



 頭がぐらぐらする。

 何だ、この状況。

 どうしてミカが突き飛ばしたことになってるの?

 ふつふつと体が熱くなっていく。

 熱中症によく似た感じだけど、この熱は外からじゃない。

 あたしのおなかの底からこみ上げてくるものだ。



「えーヤバい、ヤンキーがトラックにぶつかったって」

「子供突き飛ばしたの? 酷ーい」

「ヤバ、あの手当てしてる人超イケメンじゃない? 写メろー」



 パシャッ、とシャッター音がした。

 スマホを構えた女の人が、応急処置をする獅子神さんと倒れたミカをパシャパシャと撮っている。



「ちょっと……写真を撮らないで」



 ミカを介抱する獅子神さんが当惑したように言ったが、女の人はそ知らぬ顔でスマホを構えながら、連れの子とくすくす笑い合っていた。

 ひそひそ。くすくす。ざわざわ。



「行きましょう、まーくん。関わってると面倒だから、さ」



 ぶちん、と何本かまとめて頭の中で何かがブチ切れる音がした。

 あたしは手を伸ばした。より良い写真を撮ろうと掲げられたスマホをわしづかみにすると、力いっぱい地面に叩きつける。



「な、なにアンタ!? 何すんの……」

「こんな時に写真なんか撮るな!! 悪趣味なんだよ!」



 かなり盛ってる感じの女の人は口を開けたまま固まった。

 あたしはくるりと方向転換すると、男の子を連れてその場から去ろうとしていたママさんにずかずか歩み寄り、前に立ちふさがった。



「ちょっと、どいてよ! この後、まーくんは塾があるんだから……」

「全然違う」

「はあ?」



 眉を寄せたママさんに、あたしは怒鳴った。



「その子がボール追いかけて道路に飛び出したの! あいつ……ミカはその子を助けたんだよ!! それで、代わりにはねられたんだから!!」

「なっ……!?」

「ミカはその子を自分の身体で庇ったの! 人殺しだなんて、見ても無いのに適当なこと言わないでよ!!」

「う、うちの子が道路に飛び出すわけないでしょう!? そっちこそでたらめ言わないで! ねえまーくん、あのお兄ちゃんに追いかけられたんでしょ!? そうよね!?」



 ママさんは男の子の肩を掴むと揺さぶった。男の子はかろうじて「……ごめんなさあい」と呟くと、泣き出した。



「ほら、こんなに怯えてる! だいたい、さっきも公園で子どもに絡むなんておかしい人だと思ったわよ!」

「絡んでない! ミカは、その子にボールぶつけられたって全然怒らないで許してたのに、なんてこと言うの!」

「ヤンキーとその仲間の言うことなんて誰が信じられるって言うのよ! うちの子がボールぶつけた証拠でもあるの!?」

「あるぜ、証拠」



 突然呑気な声が割り込んできて、あたしは振り向いた。ハンディカメラを持ったパパさんが手を挙げている。



「悪趣味でわりーけどさ、さっきからずーっと俺、公園の様子を撮ってたんだわ。だからバッチリ映ってるぜ、その子がヤンキーにボールぶつけてるとこも、ボール追いかけて道路に飛び出すところも」

「……えっ」



 ママさんが怯んだとき、獅子神さんが歩み寄って来てママさんの肩を叩いた。



「すみませんが、警察が来るまでここへ留まって下さい。事情聴取がありますので」

「なっ……で、でも……塾が」

「今日は休ませてください」



 獅子神さんは丁寧だけど有無を言わせない口調できっぱりと言った。



「お子さんも念のため病院へ連れて行った方がいい。見た目に何ともなくとも、あとから支障が出る場合もあります。ご心配でしょう?」



 ママさんは口をパクパクさせた。顔が見る見るうちに真っ赤になる。



「よろしいですね?」

「……は、はい」



 獅子神さんは小さく頷くと、ハンディカメラを持ったパパさんへ向き直った。



「そちらの方も、証拠品としてハンディカメラを提出願えますか」

「ちゃんと返してくれよ」

「それは警察にどうぞ。……ああ、来ましたね」



 その言葉通り、サイレンの音が近づいてきた。



「志麻さんは怪我をした彼に付き添ってあげてください。私は警察に事情を説明しますから」

「は、はい。あの、獅子神さん――」

「あとで病院へ迎えに行きます」



 言い残すと、獅子神さんはさっさとパトカーの方へ行ってしまった。



 あたしはちょっとぽかんとしてその背を見送った。

 何だか、ずいぶん……



「手慣れてるなあ、事故処理」

「ひゃっ!」



 考えていたことをそのまま言われて、あたしは飛び上がった。

 さっきのハンディカメラのパパさんがいつの間にか隣に立っている。



「しっかし、マジで美形な~獅子神さん。志麻センパイの言うとおりだわ、顔が良いとしか言いようがねえ」

「え? え? 何であたしの名前……」



 ぽかんとしたあたしを、パパさんが呆れた顔で見た。



「本気で言ってんのかよ? まだ気づいてねえとかウケるわ。俺だよ、俺」



 誰か知り合いのお父さんだっけ?

 いや、よく見るとパパさんにしては若すぎる。ていうか、見覚えが……



「えっ、風間くん!?」

「志麻センパイってさあ、普段は俺をどうやって見分けてんの? マジで謎なんだけど」



 休日パパさんルックの風間君は呆れたように肩をすくめた。
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