32 / 111
30, 人殺しとか手慣れてるとか
しおりを挟む何を言われているのか、咄嗟に理解できなかった。
ぽかんとするあたしに、ママさんはまくし立ててきた。
「あいつがまーくんを道路に突き飛ばしたんでしょ! おかげでまーくん、死ぬところだったのよ!」
「……はあ!?」
「人殺しっ! 訴えてやる!」
あいつ、とママさんが憎々しげに睨んでるのは、倒れてるミカだ。
他のママさんたちがまーくんのママに駆け寄って慰めたり、こちらを攻めるように目つきでちらちらと窺ってくる。
「さっきボール取り上げてあの子をいじめてた……」
「信じられない、道路に突き飛ばすなんて……」
「自分でひかれるなんて、自業自得よね……」
頭がぐらぐらする。
何だ、この状況。
どうしてミカが突き飛ばしたことになってるの?
ふつふつと体が熱くなっていく。
熱中症によく似た感じだけど、この熱は外からじゃない。
あたしのおなかの底からこみ上げてくるものだ。
「えーヤバい、ヤンキーがトラックにぶつかったって」
「子供突き飛ばしたの? 酷ーい」
「ヤバ、あの手当てしてる人超イケメンじゃない? 写メろー」
パシャッ、とシャッター音がした。
スマホを構えた女の人が、応急処置をする獅子神さんと倒れたミカをパシャパシャと撮っている。
「ちょっと……写真を撮らないで」
ミカを介抱する獅子神さんが当惑したように言ったが、女の人はそ知らぬ顔でスマホを構えながら、連れの子とくすくす笑い合っていた。
ひそひそ。くすくす。ざわざわ。
「行きましょう、まーくん。関わってると面倒だから、さ」
ぶちん、と何本かまとめて頭の中で何かがブチ切れる音がした。
あたしは手を伸ばした。より良い写真を撮ろうと掲げられたスマホをわしづかみにすると、力いっぱい地面に叩きつける。
「な、なにアンタ!? 何すんの……」
「こんな時に写真なんか撮るな!! 悪趣味なんだよ!」
かなり盛ってる感じの女の人は口を開けたまま固まった。
あたしはくるりと方向転換すると、男の子を連れてその場から去ろうとしていたママさんにずかずか歩み寄り、前に立ちふさがった。
「ちょっと、どいてよ! この後、まーくんは塾があるんだから……」
「全然違う」
「はあ?」
眉を寄せたママさんに、あたしは怒鳴った。
「その子がボール追いかけて道路に飛び出したの! あいつ……ミカはその子を助けたんだよ!! それで、代わりにはねられたんだから!!」
「なっ……!?」
「ミカはその子を自分の身体で庇ったの! 人殺しだなんて、見ても無いのに適当なこと言わないでよ!!」
「う、うちの子が道路に飛び出すわけないでしょう!? そっちこそでたらめ言わないで! ねえまーくん、あのお兄ちゃんに追いかけられたんでしょ!? そうよね!?」
ママさんは男の子の肩を掴むと揺さぶった。男の子はかろうじて「……ごめんなさあい」と呟くと、泣き出した。
「ほら、こんなに怯えてる! だいたい、さっきも公園で子どもに絡むなんておかしい人だと思ったわよ!」
「絡んでない! ミカは、その子にボールぶつけられたって全然怒らないで許してたのに、なんてこと言うの!」
「ヤンキーとその仲間の言うことなんて誰が信じられるって言うのよ! うちの子がボールぶつけた証拠でもあるの!?」
「あるぜ、証拠」
突然呑気な声が割り込んできて、あたしは振り向いた。ハンディカメラを持ったパパさんが手を挙げている。
「悪趣味でわりーけどさ、さっきからずーっと俺、公園の様子を撮ってたんだわ。だからバッチリ映ってるぜ、その子がヤンキーにボールぶつけてるとこも、ボール追いかけて道路に飛び出すところも」
「……えっ」
ママさんが怯んだとき、獅子神さんが歩み寄って来てママさんの肩を叩いた。
「すみませんが、警察が来るまでここへ留まって下さい。事情聴取がありますので」
「なっ……で、でも……塾が」
「今日は休ませてください」
獅子神さんは丁寧だけど有無を言わせない口調できっぱりと言った。
「お子さんも念のため病院へ連れて行った方がいい。見た目に何ともなくとも、あとから支障が出る場合もあります。ご心配でしょう?」
ママさんは口をパクパクさせた。顔が見る見るうちに真っ赤になる。
「よろしいですね?」
「……は、はい」
獅子神さんは小さく頷くと、ハンディカメラを持ったパパさんへ向き直った。
「そちらの方も、証拠品としてハンディカメラを提出願えますか」
「ちゃんと返してくれよ」
「それは警察にどうぞ。……ああ、来ましたね」
その言葉通り、サイレンの音が近づいてきた。
「志麻さんは怪我をした彼に付き添ってあげてください。私は警察に事情を説明しますから」
「は、はい。あの、獅子神さん――」
「あとで病院へ迎えに行きます」
言い残すと、獅子神さんはさっさとパトカーの方へ行ってしまった。
あたしはちょっとぽかんとしてその背を見送った。
何だか、ずいぶん……
「手慣れてるなあ、事故処理」
「ひゃっ!」
考えていたことをそのまま言われて、あたしは飛び上がった。
さっきのハンディカメラのパパさんがいつの間にか隣に立っている。
「しっかし、マジで美形な~獅子神さん。志麻センパイの言うとおりだわ、顔が良いとしか言いようがねえ」
「え? え? 何であたしの名前……」
ぽかんとしたあたしを、パパさんが呆れた顔で見た。
「本気で言ってんのかよ? まだ気づいてねえとかウケるわ。俺だよ、俺」
誰か知り合いのお父さんだっけ?
いや、よく見るとパパさんにしては若すぎる。ていうか、見覚えが……
「えっ、風間くん!?」
「志麻センパイってさあ、普段は俺をどうやって見分けてんの? マジで謎なんだけど」
休日パパさんルックの風間君は呆れたように肩をすくめた。
0
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿

お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる