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26. 半外人の、捨て子野郎とか
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「え……ええええええっ!? 明日もう一度デートって……嘘でしょ!?」
予想外過ぎてあたしはのけぞった。
実は獅子神さんは水をぶっかけられるのがたまらない性癖なのだろうか。
「……随分物好きな方なんですね獅子神さんは。ゲテモノ好きというか」
「それどういう意味!?」
あたしが睨むのをスルーして、朱虎は運転席の窓を開けた。
「すみませんが、一本吸わせてもらいますよ」
煙草をくわえて火をつける。ぐいとネクタイを緩めると、ため息とともに煙を外へ吐き出した。
「……朱虎、怒ってる?」
「いーえ。呆れてるだけです」
窓を向いている朱虎はどんな顔をしているのか、全然分からない。
あたしはようかいねこをぎゅっと抱きしめた。煙草の煙が薄く漂う中、さっきまでの怒りに代わって後悔が胸をぐるぐる回り始めた。
あたし、何やってんだろ。
「そんな顔するくらいなら、くだらないことで怒らないでください」
朱虎が窓の外を眺めたまま言った。
「なっ……何よそんな顔って! 見てないくせに!」
「見なくても分かります。お嬢は考えなしに行動するくせに、あとでうじうじするんですから」
路肩に止められた車の外では通行人が忙しなく行きかっている。
あたしは煙草をふかす朱虎の背を睨んだ。
朱虎はどうせ、あたしが怒ったのは「ガイアが」ハーフであることを馬鹿にされたからだと思ってるに違いない。
全然違うのに。
あたしが怒ったのは……。
「……朱虎のバカ」
たくさんの言い訳が浮かんでは消えて、結局、口から出てきたのはそんな言葉だけだった。
「はいはい、すみませんね」
さらりと流されて余計にむかっ腹が立つ。
「全然くだらなくなんかないもん! 何も分かってないくせに!」
「分かってますよ。――俺が馬鹿にされたと思ったんでしょう、あんたは」
「え」
思わずぽかんとするあたしの前で、朱虎は赤い髪をかきあげると短くなった煙草を押しつぶして消した。
「違いますか」
「ちが……わない、けど」
あたしはぎくしゃく頷いた。
「……何で分かったの?」
「お嬢の考えそうなことくらい分かりますよ、不本意ですが。……それに、昔とやってることが同じですから」
「昔って……」
何かやったっけ?
朱虎は窓を閉めながら短く笑った。
「俺のことを昔『半外人の捨て子野郎』って言った奴らに、お嬢はホースで水ぶちまけたんですよ。覚えてないですか」
「えっ、そうだったっけ?」
そういえばそんなことをしたような気が、しなくもない。
「何故か俺までまとめてぶっかけられて、全員びしょ濡れになりましたけどね。あの頃から精神年齢止まったままなんじゃないですか」
「そ、そんなことないもん」
「そんなことあります。いくら腹が立ったからって相手に水を浴びせるのはやりすぎです。分かりますね」
「う……」
「分かりますね?」
じろりと睨まれて、あたしはしぶしぶ頷いた。
「よろしい。次に獅子神さんにお会いしたら、きちんと謝るんですよ」
「分かった……けど、朱虎こそあたしの代わりに痛い目に遭おうとしないでよ」
「残念ながら、それが俺の仕事でしてね」
朱虎の大きな手が伸びてきて、あたしの頭をポンポンと撫でた。
「別に俺はハーフがどうのこうの言われたからって今さらどうとも思いません。だから、少しは成長してください」
あ、いつの間にか朱虎が自分のこと『俺』って言ってる。
何だか久しぶりに聞いた気がする。
「まったく、こんなので嫁に行けるんですかね。あと二ヶ月半ですよ」
「言わないでよ、あたしだってヤバいと思ってるんだから! 間に合わなかったらもう朱虎が旦那様役やってよ」
手を止めた朱虎はあからさまに嫌そうな顔になった。
「勘弁してください。結婚相手ってなお守り役とは違うんですよ」
「分かってるよ! だから旦那様『役』って言ったでしょ」
「それ絶対『役』じゃすまないでしょうが。……だいたい、自分はお嬢じゃ勃たないんで」
「え?」
「圧倒的に色気が足りないってことですよ。――いいからお嬢は、あの色男のことを考えてりゃいいんです。次は水ぶっかけないでくださいよ、お願いですから」
「……で、雲竜のお嬢様との見合いはどうなった」
「喫茶店で水を浴びせられました」
「ぶわっははははは! マジでか!? 水を!? 喫茶店で!?」
「本当ですよ」
「傑作だな、おい。さすが我がままで有名なお嬢様だ、すげえヒス女だな。な、俺の言ったとおりにやりゃバッチリだったろ」
「いえ、やりすぎました」
「あん?」
「今はなるべく波風を立てるべきではない時期です。ですから、この見合いは雲竜側から断ってくるよう仕向けたつもりでしたが」
「断られたも同然だろ、水ぶっかけられたんだぞ」
「雲竜銀蔵は義理堅いことで有名です。見合い相手に水をぶちまけて断る、というのは少々……釣り合いが悪い」
「ははん、確かにな。借りだのなんだの言い出して首を突っ込んでこられても困る。……で、どうする」
「仕切り直します。明日、もう一度会う約束を取り付けました」
「ふん、手回しのいいこった。下手打つんじゃねえぞ、どうもお前は詰めが甘いところがあるからな」
「次は水を浴びせられない程度に、あくまでも向こうから『合わない』と感じて断ってくるよう努力しますよ」
「今は大事な時期だ。雲竜組なんざに構ってちゃ、今までの計画が水の泡になる。うまくやれよ」
「分かっています。ではまた報告します、ボス」
予想外過ぎてあたしはのけぞった。
実は獅子神さんは水をぶっかけられるのがたまらない性癖なのだろうか。
「……随分物好きな方なんですね獅子神さんは。ゲテモノ好きというか」
「それどういう意味!?」
あたしが睨むのをスルーして、朱虎は運転席の窓を開けた。
「すみませんが、一本吸わせてもらいますよ」
煙草をくわえて火をつける。ぐいとネクタイを緩めると、ため息とともに煙を外へ吐き出した。
「……朱虎、怒ってる?」
「いーえ。呆れてるだけです」
窓を向いている朱虎はどんな顔をしているのか、全然分からない。
あたしはようかいねこをぎゅっと抱きしめた。煙草の煙が薄く漂う中、さっきまでの怒りに代わって後悔が胸をぐるぐる回り始めた。
あたし、何やってんだろ。
「そんな顔するくらいなら、くだらないことで怒らないでください」
朱虎が窓の外を眺めたまま言った。
「なっ……何よそんな顔って! 見てないくせに!」
「見なくても分かります。お嬢は考えなしに行動するくせに、あとでうじうじするんですから」
路肩に止められた車の外では通行人が忙しなく行きかっている。
あたしは煙草をふかす朱虎の背を睨んだ。
朱虎はどうせ、あたしが怒ったのは「ガイアが」ハーフであることを馬鹿にされたからだと思ってるに違いない。
全然違うのに。
あたしが怒ったのは……。
「……朱虎のバカ」
たくさんの言い訳が浮かんでは消えて、結局、口から出てきたのはそんな言葉だけだった。
「はいはい、すみませんね」
さらりと流されて余計にむかっ腹が立つ。
「全然くだらなくなんかないもん! 何も分かってないくせに!」
「分かってますよ。――俺が馬鹿にされたと思ったんでしょう、あんたは」
「え」
思わずぽかんとするあたしの前で、朱虎は赤い髪をかきあげると短くなった煙草を押しつぶして消した。
「違いますか」
「ちが……わない、けど」
あたしはぎくしゃく頷いた。
「……何で分かったの?」
「お嬢の考えそうなことくらい分かりますよ、不本意ですが。……それに、昔とやってることが同じですから」
「昔って……」
何かやったっけ?
朱虎は窓を閉めながら短く笑った。
「俺のことを昔『半外人の捨て子野郎』って言った奴らに、お嬢はホースで水ぶちまけたんですよ。覚えてないですか」
「えっ、そうだったっけ?」
そういえばそんなことをしたような気が、しなくもない。
「何故か俺までまとめてぶっかけられて、全員びしょ濡れになりましたけどね。あの頃から精神年齢止まったままなんじゃないですか」
「そ、そんなことないもん」
「そんなことあります。いくら腹が立ったからって相手に水を浴びせるのはやりすぎです。分かりますね」
「う……」
「分かりますね?」
じろりと睨まれて、あたしはしぶしぶ頷いた。
「よろしい。次に獅子神さんにお会いしたら、きちんと謝るんですよ」
「分かった……けど、朱虎こそあたしの代わりに痛い目に遭おうとしないでよ」
「残念ながら、それが俺の仕事でしてね」
朱虎の大きな手が伸びてきて、あたしの頭をポンポンと撫でた。
「別に俺はハーフがどうのこうの言われたからって今さらどうとも思いません。だから、少しは成長してください」
あ、いつの間にか朱虎が自分のこと『俺』って言ってる。
何だか久しぶりに聞いた気がする。
「まったく、こんなので嫁に行けるんですかね。あと二ヶ月半ですよ」
「言わないでよ、あたしだってヤバいと思ってるんだから! 間に合わなかったらもう朱虎が旦那様役やってよ」
手を止めた朱虎はあからさまに嫌そうな顔になった。
「勘弁してください。結婚相手ってなお守り役とは違うんですよ」
「分かってるよ! だから旦那様『役』って言ったでしょ」
「それ絶対『役』じゃすまないでしょうが。……だいたい、自分はお嬢じゃ勃たないんで」
「え?」
「圧倒的に色気が足りないってことですよ。――いいからお嬢は、あの色男のことを考えてりゃいいんです。次は水ぶっかけないでくださいよ、お願いですから」
「……で、雲竜のお嬢様との見合いはどうなった」
「喫茶店で水を浴びせられました」
「ぶわっははははは! マジでか!? 水を!? 喫茶店で!?」
「本当ですよ」
「傑作だな、おい。さすが我がままで有名なお嬢様だ、すげえヒス女だな。な、俺の言ったとおりにやりゃバッチリだったろ」
「いえ、やりすぎました」
「あん?」
「今はなるべく波風を立てるべきではない時期です。ですから、この見合いは雲竜側から断ってくるよう仕向けたつもりでしたが」
「断られたも同然だろ、水ぶっかけられたんだぞ」
「雲竜銀蔵は義理堅いことで有名です。見合い相手に水をぶちまけて断る、というのは少々……釣り合いが悪い」
「ははん、確かにな。借りだのなんだの言い出して首を突っ込んでこられても困る。……で、どうする」
「仕切り直します。明日、もう一度会う約束を取り付けました」
「ふん、手回しのいいこった。下手打つんじゃねえぞ、どうもお前は詰めが甘いところがあるからな」
「次は水を浴びせられない程度に、あくまでも向こうから『合わない』と感じて断ってくるよう努力しますよ」
「今は大事な時期だ。雲竜組なんざに構ってちゃ、今までの計画が水の泡になる。うまくやれよ」
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