ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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20. 黒幕とか甲冑とか

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「な、何かな? ……背、高いね、朱虎くん」

 身長差のせいで、朱虎は今黒さんを見下ろしていた。口調はいつものように丁寧だけど、威圧感がバシバシだ。

「きのうはお嬢が世話になりました」
「ああいや、僕も」
「お嬢のスマホを預かっていただいているとか。お返し頂けますか」

 言葉を遮られた今黒さんは一瞬ムっとしたような顔になったけど、ポケットからスマホを取りだした。

「ええ、預かってますよ。どうぞ、志麻ちゃん」

 差し出されたスマホは朱虎がさっと受け取った。慣れた手つきでタップして画面をさっと確認すると、あたしを見もせずに回してくる。
 なんで教えてないパスコードを余裕で突破するんだ、コイツ。

「部長さんからメッセージ来てますよ。どうぞ」

 と言われても、今は朱虎と今黒さんが壁ドンスタイルで見つめ合う(というか朱虎が一方的に睨み付けている)ただならぬ雰囲気だ。
 後で確認しようと思った時、表示されたメッセージの書き出しが目に飛び込んで来た。

《昨日の拉致監禁の黒幕について、どうしても気になっているので伝えておく》

 え、めっちゃ気になる。

「昨日、お嬢が駐車場で誘拐されたのはご存知ですか」
「え……ええっ!? ゆ、誘拐?」

 今黒さんがぎょっとしたような声を上げる。
 あたしはメッセージをタップして目を走らせた。

《監禁時に二つのことが引っかかった。まず、我々は駐車場にたまたまいたところを襲われたが、事前にあの鼻ピアスに「駐車場にいる女を狙え」という指示が出ていた点》

 鼻ピアスって、ミカって名前のお兄さんだったっけ。そういえば、「あっくん」からそう指示されたって言ってた。

「全然知らなかった……でも、ここに居るってことは無事だったんだね」
「ええ」

《志麻が駐車場に一人でいたのは十五分くらいだったはずだ。その時間、そこに志麻という「お嬢様」がいることを、彼らはどのように知ったのだろう》

 環の声で「お嬢様」と呼ばれるところを想像してしまって、なんだかむずむずしてくる。呼ばれてみたいような、恥ずかしいような。

「お嬢をさらった連中をうちにご招待申し上げて、丁寧に話を聞いたんですよ。一体どうして、よりによってうちのお嬢を狙ったのかってね」
「へ、へえ」

《もう一点は、攫われた際に君がスマホを持っていなかったことだ。スマホがあれば助けを呼ぶことができるところを、何故か君は運悪くスマホを手放していた》

 確かに、あの時スマホを持っていたら、もっと早く朱虎が来てくれていたかもしれない。そうしたら、環をあんなに怖い目に遭わせなかったかもしれないと思うと、ズキズキと胸が痛んだ。
 環にはもう一度、ちゃんと謝らないと。
 そう思いながら画面をスクロールしていたあたしの指が止まった。

《君に駐車場で待っているよう指示したのも、スマホを手元から取り上げたのも同じ人物が行ったことだと君は言っていた。覚えているだろうか》

「あんた、お嬢を駐車場で待たせてたよな」

 朱虎の声が一段低くなり、かろうじて保っていた丁寧な調子が掻き消えた。

「お嬢を誘拐した奴は、『駐車場にいる女』を狙うよう指示されたと言ってるんだよ。ちょうどお嬢がいるタイミングをピンポイントでな」

 朱虎が手をついた壁がミシリときしんだ。

《どちらも今黒氏の指示だった》

 あたしは唖然としてスマホの画面を見ていた。

「あんたが、お嬢の誘拐を仕組んだのか?」

《以上の二点から、私は今黒氏が事件に関わりが深いのではないかと推測する》

 朱虎の声が環の言葉とダブって、あたしの中で雷みたいに反響した。

 今黒さんがあたしをさらわせた黒幕?
 あんなに優しくて、あたしのことを好きだと言ってくれたのに?

「ウソ……今黒さんが?」
「ち、違う!」

 今黒さんは壁に張り付いて悲鳴みたいな声を上げた。

「僕じゃない! 何の話をしてるのかさっぱり……」

 朱虎はスマホを取り出すと、今黒さんの目の前に突きつけた。画面を見た今黒さんが一瞬驚きの表情を浮かべ、慌てたようにかみ殺す。

「知り合いみたいだな」
「いや、その……まあ」
「こいつはお嬢をさらった誘拐犯の写真だ。こいつがな、あんたから指示を受けてやったと言い張ってるんだよ」

 今黒さんは大きく目を見開いた。。

「な、何だって!? 僕はそんなこと指示してない! だいたい、僕が志麻ちゃんを誘拐だなんて、なんでそんなこと」
「お嬢をさらったのは東雲会しののめかいのチンピラだ」

 朱虎が口にした『東雲会』の単語に、今黒さんの顔色が青を通り越して白くなった。
 後ろの方で「ああ!?」とか「聞いてねェぞ」と唸るおじいちゃんの声が聞こえた気がしたけど、それどころじゃない。あたしはごくりと喉を鳴らして二人を見つめた。

「そ、それが何……」
「あんた、うまいこと隠しちゃいるが東雲会からかなりつまんでるよな」

 つまむって確か、借金のことだ。
 今黒さんは東雲会に借金があるってこと? 

「切羽詰まって借金のカタにお嬢を売ったか? それとも、東雲会から借金と引き換えにうちのお嬢をうまくかっさらえとでも言われたのか」
「ち、違う……本当に違うんだ」

 今黒さんはようやく声を絞り出した。

「ぼ、僕はただ、志麻ちゃんと一緒にカジノへ行きたかっただけなんだ!」
「……ああ?」

 朱虎が怪訝そうな声を上げる。

「あっ、あのビルには裏カジノがあって……僕はそこのVIPなんだ、アツシくんはカジノのマネージャーで……いつも顔を合わせてる、でも本当にそれだけの関係だ!」

 「あっくん」はアツシというらしい。

「昨日はアツシくんに話を通しておいたんだけど……挨拶にだけ寄ったんだ。そしたら連れの女性はどうしたんだっていうから、いま駐車場で待ってもらってるって話して」

 まくし立てているうちに今黒さんはハッとした顔になった。

「そうだ、アツシくんがしつこく『ゲームに参加しろ』って言うから一度だけ参加して……その隙に志麻ちゃんをさらいに行ったに違いない!」

 今黒さんはその場にへたり込むと、がばっ! と土下座した。

「信じてくれ、本当なんだ! 僕は志麻ちゃんの誘拐には関係ない、アツシくんが勝手にやったことだ!」

 朱虎は今黒さんを見下ろすと、息を吐いた。

「寝ぼけてんのか、あんた」

 病室の空気が更に重くなった。今黒さんは顔も上げられずにいる。

「そこまでお膳立てしておいて勝手にやったなんて言い訳は通らねえよ。きっちりケジメはつけさせてもらう」

 冷たく朱虎が言い放つ。あたしはやっと我に返った。

「待って朱虎、ケジメって……」
「そんな三下、その辺に捨てとけ!!」

 おじいちゃんの怒鳴り声があたしの言葉をかき消した。

「それより東雲会だ!! あのクソどもが関わってやがったか!! 野郎どもめが越えちゃいけねえ一線越えやがったな。もう勘弁ならねェ!」

 しまった、色々と面倒になるからおじいちゃんには「東雲会」が絡んでるって言ってなかったんだった! 
 あたしの頭のなかを「抗争」の二文字がよぎった。
 冗談じゃない、止めなきゃ!

「おじいちゃん、落ち着い……て……」

 慌てて振り向いたあたしはそのまま硬直した。朱虎も似たような顔で固まっている。
 布団の上には床の間にあったはずの甲冑が仁王立ちしていた。
 いや、よく見たら中身入りだ。
 甲冑をきっちり着込んだおじいちゃんは、呆気に取られているあたしをよそにがしゃがしゃと歩き出した。

「お、おじいちゃん!? まさかその格好で外に出るつもり!?」
「たりめェよ。おう朱虎、若ェの集めろ! 東雲会に殴り込みだ!」
「分かりました」
「朱虎もサラッと返事しないで! 駄目ったらダメー!」

 あたしは病室を出て行こうとする武者姿のおじいちゃんの前に立ちふさがった。

「おじいちゃん、自分の身体のことちゃんと考えてよ!」
「へっ、馬鹿にすんじゃねェよ。年取ったからってこんな鎧ごとき屁でもねェ」
「いや、年じゃなくておじいちゃん病気でしょ? なんかすごく元気に見えるんだけど」

 甲冑の動きがピタリと止まった。かと思うと、急に腹を押さえてその場に膝をつく。

「うっ、いてえ! くそっ、無理しちまったか……」
「大丈夫、おじいちゃん!?」
「ふっ、ざまあねェな」

 慌てて駆け寄ると、おじいちゃんは痛みにこらえるような顔で微笑んで見せた。

「俺ァくたばりぞこないだ。けどよ、お前ェを傷つけられたとあっちゃ黙ってるわけにゃいかねェんだよ、志麻」
「おじいちゃん……でも抗争はお願いだからやめて!」
「しつっけェなお前ェも。ここは涙で見送るところだろうがよ!」
「見送るわけないでしょ!? 早くそれ脱いで布団に戻ってよ!」

 その時、病室のドアがまたしてもノックされた。
 ドアの前で呆然と突っ立っていた今黒さんが飛び上がってあとじさる。

「オヤジ、客人をお連れしました」

 ドアを開けたのは斯波さんだった。おじいちゃんの格好を見て、驚いた風もなく困ったように眉を下げる。

「斯波か、お前ェどこに行ってやがった! とっとと用意しろ、東雲会に殴り込み行くぞ!」
「その必要はありませんよ、オヤジ」

 斯波さんが後ろを振り返った。

「あちらさんからいらしてます。――どうぞ、獅子神さん」
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