ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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19. ケジメとか壁ドンとか

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「てめェがついていながらなんだってそんなことになってやがんだ、朱虎!!」



 おじいちゃんの声が病室に響きわたって、あたしは思わず首をすくめた。

 病院の隅にある特別個室は、いつの間にか好き勝手に改装されている。畳を持ち込んで和室風にして、中央にででんと布団。その脇に座卓やら囲碁セットやらパソコンやらが配置され、おじいちゃんの部屋をそっくりそのまま再現したって感じ。床の間までこしらえてて、なぜか甲冑が鎮座していた。

 その甲冑をバックに、おじいちゃんは布団の上であぐらをかいて怒鳴り散らしていた。



「おいコラてめェ、何とか言ったらどうでェ、ああ!?」

「すみません、オヤジ」



 朱虎は直立不動でおじいちゃんの怒りを受け止めている。横で見ているあたしの方がハラハラしてしまう。



「誘拐ってな、いってぇどういうこった!」

「誘拐未遂! 未遂だからね、おじいちゃん」

「てやんでぇ、未遂もカカシもあるか! 朱虎、お前何してやがった!? 志麻についてたんじゃねェのか、ああ!?」

「あたしが帰ってって言ったの、朱虎に」

「うるっせェな! お前ェはすっこんでろ、志麻!」



 怒ってる。

 ものすごく怒ってる。激おこだ。

 やっぱりおじいちゃんには誘拐騒ぎのこと、黙っておいた方が良かったんじゃないだろうか。

 せめて斯波さんがいてくれたらよかったんだけど、朝から別の用事があるらしくて全然姿を見せなかった。

 あたしがハラハラしている間にも話は進む。



「お前ェどう落とし前つける気だ朱虎、ああ!?」

「自分の責任です。きっちりケジメはつけますんで」

「おういい度胸だ、おあつらえ向きにここァ病院だぜ。骨は拾ってやらァ!」

「ちょっと待ってー!」



 不穏すぎる!

 あたしは慌てて朱虎とおじいちゃんの間に割り込んだ。



「さっきも説明したでしょ!? あたしが朱虎に、先に帰ってって言ったの!」

「だからってお前ェから目ェ離していいわきゃねェだろ! しかもお前ェ、こともあろうに誘拐したクソに殴られたって話じゃねェか」

「ちょっとね。でも平気だよ、すぐ冷やしたしもう腫れてないから」

「んなわけあるけェ!」



 おじいちゃんはあたしの顔を覗き込むと、顔をしかめた。



「相手の野郎はボクサーかなんかか? よりによって女の顔面にストレート叩きこみやがるたぁとんでもねえ外道じゃねェか、かわいそうにこんなに鼻が潰れっちまってよォ!」

「……殴られたの頬なんですけど」

「あん?」



 おじいちゃんの目が激しく泳いだ。



「いや、あー、言われてみりゃ頬っぺたがパンッパンだな。うん、こいつァ酷え」

「だから腫れてないって言ってるでしょ!」

「……朱虎ァテメェコラァ!!」

「すみません、オヤジ」



 朱虎がすかさず頭を下げた。



「いや今何で朱虎怒られたの!? ていうかあたしの顔そんな酷い!?」

「あのな志麻、志野もお前そっくりで頬がまるっとして大福みてぇでよ。喰っちまいたくなるぜって言うといつもぽっと赤くなってよォ……」

「だからあたしの顔が丸い前提で話さないで! ていうかそれフォローじゃなくておばあちゃんとのノロケ話じゃん!?」

「いやだからよ……、……朱虎ァ!」

「お嬢」



 ずいっ、と朱虎が割り込んだ。あたしの目をじっと見つめる。



「お嬢はちゃんと可愛いですよ」



 あ、今、何かがすごい台無しになった。



「信じられませんか」

「この状況で信じられるわけないでしょ!?」



 あたしは男二人を睨むと、さっさと踵を返した。



「もういい! あたしは帰るから勝手にして!」

「待て待て待て志麻!」



 おじいちゃんの声を無視して部屋を出ようとしたとき、不意にドアがノックされた。



 「こんにちは……って、志麻ちゃん!」



 ドアを開けたのは今黒さんだった。驚きと気まずさが入り混じった表情になっている。



「……や、やあ」

「あ……ど、どうも」



 ヤバい。そういえばこの人のことすっかり忘れてた。

 今どういうことになってるんだっけ?



「おう、今黒じゃねェか! 入れ入れ! 志麻、ちょうどいい、茶でも入れてやれ!」



 明らかにほっとした口調でおじいちゃんが手招く。

 その様子を今黒さんは怪訝そうに見つめた。



「ええと……昨日、銀蔵さんの容体が急変したって聞いたから、お見舞いに来たんだけど」



 うっ、そうだった!



「俺がどうしたって? 三途の川はまだ渡らねェぞ、ガハハハ!」

「……元気そうだね」



 今黒さんの視線がビシバシ突き刺さる。助けを求めて振り返ったけど、朱虎はいつの間にか隅っこで電話していた。



「……そうか。確かなんだな? 写真送れるか、ああ……」



 あの口調は仕事だ。ていうかよりによって今、仕事の電話!?

 とにかく助けは期待できそうにない。



「え、えーと、おじいちゃんは奇跡の回復力を見せて……」



 しどろもどろで言い訳しようとしたあたしに、今黒さんはいきなり頭を深々と下げた。



「ごめんね、志麻ちゃん」

「へっ!?」



 予想外の台詞に、あたしは思わずぽかんとした。



「な、なんで……?」

「昨日は強引すぎたなって反省してたんだ。怖がらせちゃったんだね、君のこと」



 今黒さんは顔をあげると、申し訳なさそうな顔であたしを見つめた。



「志麻ちゃんが駐車場にいなくてショックだったけど……君と過ごすのが楽しすぎて、無理させちゃってたんだなって思ってさ。ほんとにごめん」



 そっか、今黒さんはあたしが誘拐されたことを知らないんだ!

 だからあたしが怒って先に帰っちゃったと思ったのか。

 ほっとしたけど、同時に罪悪感が込み上げた。



「あの、違うんです。怒って帰ったとかじゃなくて、実は……」

「怒ってないんだね! 良かった」



 フォローしようとした瞬間、今黒さんがコロッと態度を変えて距離を詰めてきた。



「じゃあぜひ埋め合わせをさせてほしいな。今夜とかどう?」

「あ、いえ、その」



 アワアワしてると、今黒さんが不意に手を伸ばしてきた。

 あ、手を握られる。

 ぞわっ、と鳥肌が立って、あたしは思わず手を引っ込めていた。空振りした今黒さんの表情が一瞬険しくなる。

 その表情にひやりとしたものが走った。



 なんか、やっぱり今黒さん、怖い。



「あの、あたしやっぱり」



 言いかけた時、肩をぐいと後ろに引かれた。後ろに下がったあたしとすり替わるように、広い背中が前に出る。



「朱虎くん? 僕は今、志麻ちゃんと話を……」



 ダン! と重い音を立てて、朱虎は今黒さんの顔すれすれの壁に手をついた。今黒さんが「ひっ」と小さく声を漏らす。

 いわゆる壁ドンスタイルだ。ただし、色っぽさはかけらもない。



「あ、朱虎?」

「すみませんが、自分からも少し話があります」
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