ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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番外裏話その1:うちのお嬢は可愛くない

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※これは18話までの朱虎視点のお話です。
 ちょっとしたオマケだと思ってください(長いけど)
 読まなくても本編に全く支障はありません。
 なお、朱虎に対するイメージが著しく損なわれる可能性があります。ご注意ください。


 「帰る」コールから余裕で一時間は経った。
 校門から出てくる学生は明らかに少なくなって、守衛がこっちをチラチラ気にしている。
 最後の煙草の吸殻を携帯灰皿にしまうと、俺はスマホを取り出して追跡アプリを立ち上げた。案の定、GPSの位置アイコンは部室棟を指している。

 コレ呼び出したこと忘れてるな、間違いなく。

 ため息をかみ殺して身を起こすと、校門をくぐった。声をかけて来る守衛には常時携帯している入校証をかざして見せる。

「校内でサングラスは外してもらえませんかねえ……」

 遠慮がちな声を聞き流し、イヤホンを取り出して耳にはめる。小さな受信機のスイッチを入れると、微かなノイズと共に甲高い声が飛び込んで来た。

『えええええっ、彼女いたのーっ!?』 

 仕掛けた盗聴器はきっちり仕事をしているようだ。発信範囲が狭いのが難点だが、日常生活の範囲をカバーするには問題ない。
 やはり部室にいたか。まあ、他に行くところもないだろう。
 俺は部室棟に足を向けた。

『まあまあ。志麻センパイにだっているじゃん、お相手が』

 文芸部の部室前に差し掛かった足がピタリと止まった。
 このチャラけた男の声は新しく入ったとかいう新入部員の一年だ。
 相手? 何の話だ?

『ほら、よく校門の前で志麻センパイを待ってる赤い人。デカくて明らかヤバい感じの』

 俺だ。

『あの人、志麻センパイの愛人っしょ?』
『あい!?』
「……ああ?」

 思わずハモってしまった。高校生のガキの発想はろくでもない。

『なに愛人って、せめて恋人って言ってよ!』

 いやそこじゃねえだろ。相変わらずズレてるな。

『あ、恋人なんだ』
『だから違うってば! 愛でも恋でもないっ! あのね、アレはあたしの」

 誰が「アレ」だ。
 イラッとした勢いでドアを開けて、俺は声を投げた。

「――あれってな、自分のことですか」

 今まさに熱弁を振るっていた女子高生が弾かれたように振り向く。向こう側に座っていた男子高校生もこちらを見てぽかんとした顔になった。

「うわっ、ヤクザだ」

 そうだよヤクザだよ。声でけぇなこいつ。

「あ、朱虎? 何でいるの」
「何ではないでしょうが。お嬢が『帰る』って連絡よこしたのに、全然出てこねえから様子を見に来たんですよ」
「あ、そういえば……さっき『帰る』コールしてたんだったっけ」

 忘れてたー、と呟く態度には一切悪びれたところがない。

「じゃ、朱虎、帰ろっか」

 当然のごとく謝罪もなし。
 雲竜志麻――うちの組のお嬢様だ。
 俺は長年こいつの世話係を務めているが、いつもしみじみと思う。
 こいつ、本っっっ当に可愛くない。

         ●〇●


 帰りの車の中で、お嬢はいつになく元気がなかった。ぬいぐるみをもちもちやってる時は『落ち込むことがあったから聞き出して』の合図だ。
 マジでめんどくさい。
 シカトしようかと思っていたが、チャラついた後輩が思わせぶりなネタふりをして去ったので車中の空気は最悪なものになった。
 何なんだあいつ、降り際にこっちにウインクしてきたけど何のつもりだ。まさか、まだ俺のことを愛人だと思ってるんじゃないだろうな。

「は~……」
「……何かあったんですか」

 くそ、負けてしまった。
 ちらりと見ると、お嬢は頬を膨らませていた。
 もともと丸顔なのにますます幼く見える。ガキか。

「ん~……まあ、あったっていうか……朱虎って確か、背中に虎の刺青入れてたよね」
「ええ」
「だよね、いかにも入れてそうだもん」
「ヤクザですからね。それがどうかしましたか」
「あたしも、背中に刺青入れてそうに見える?」

 手の中でハンドルが滑った。車がガクンと揺れる。
 いきなり何言ってんだこいつ?

「失礼。……スミ入れるなら自分は反対ですよ」
「誰が入れたがってるって言ったよ! じゃなくて……そう聞かれたの、学校で」
「はい?」

 思わず声が低くなった。咳払いしてごまかす。

「何ですかそれ。誰が言ったんです」
「ん~、クラスの男子。放課後に声かけられてさ、てっきりこ……」
「こ?」
「な、何でもない!」

 告白されるとでも思ったんだろう、どうせ。

「とにかく、すぐ否定はしたんだけど……焦っちゃってダメダメだった。多分信じられてない」

 なるほど。後輩が言っていた「月城」という名前には心当たりがある。
 最近、良く話しかけてくれる男子がいるとはしゃいでいた時に飛び出した名前だったはずだ。
 確か、月城守也とか言ったか。あとで名簿を確認しよう。
 しかし、くだらないことで落ち込むものだ。お年頃って奴か。
 その割にいつまで経っても色気が出ない。着替えを俺に手伝わせている時点で全然ダメだ。

「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」
「まあ、一応」
「自分から聞いたくせに『一応』って」
「予想以上にくだらない内容でしたから」

 つい本音が出た。
 お嬢は俺を睨んでから、「愛人はない、愛人は」とかなんとか呟いている。

「はい?」

 聞こえていたがわざと聞き返すと、「何でもなーい」と気が抜けた返事が返ってきた。
 いやな予感がする。

「あーあ、明日学校行きたくなーい」

 やっぱり言い出した。

「サボりは駄目ですよ」
「サボりとかじゃなくて!」

 いや、ただサボリたいだけだろ、絶対。

「あーもう! やっぱり、勇気出して脱いで直接背中見せればよかった!」

 瞬間、お嬢が景気よくシャツを脱ぎ捨てる光景が頭をよぎった。
 実際にやりかねないのがこいつの怖いところだ。昔から、くだらないことでうじうじするわりに思い切りがよすぎるアンバランスな性格なのだ。非常に迷惑している。
 面倒だが、サボりにつながる要素は排除しておくことにしよう。

 家でお嬢を車から降ろすと、俺はダッシュボードに入れておいたファイルを取り出した。分厚いリストには、お嬢のクラスメートの氏名、顔写真、住所、出身中学、所属部活動、家族構成などが細かく記載されている。
 俺はその中で月城守也に関する情報を引き出すと、さっと目を通した。
 なるほど、サッカー部か。いかにも爽やかでお嬢が惹かれそうだが、彼女あり。
 要するに、うちのお嬢は一人で舞い上がって一人で落ち込んでるってわけだ。
 家の場所を確認すると、俺は車のハンドルを切った。
 この後の仕事もある。手早く済ませよう。
 お嬢は今頃、間違いなくニンジンを食べてくれる誰かを探しているはずだ。(そんな行動は予測済みなので、あらかじめお嬢の夕食には手を出すな、と一斉送信しておいた)
 本当に、つくづく手がかかる女だ。可愛くないにもほどがある。

         ●〇●

「ねえ、このワンピース変じゃないかな」

 家を出てからずっとお嬢は服装を気にしている。
 どうでもいいから運転中に聞くのはやめて欲しい。気が散って仕方ない。

「(どうでも)いいんじゃないですか」
 
 カッコ内の本音は省略して言ったが、どうやらバレているようだ。睨んでくる視線が突き刺さる。

「ちょっと、こっち見てよ」

 死にたいのか? 

「運転中なんで無理です」

 我ながら素っ気なかった。案の定、お嬢がムッとするのが分かったが、何か言う前にスマホが鳴った。いそいそと返信している。
 今まで友達とのやりとりというものが皆無だったお嬢にとって、部長や風間の連絡は何を置いても絶対優先すべきことなのだ。
 何にせよ、静かなのはいいことだ。俺はハンドルを切って、ホテルの駐車場に車を滑りこませた。

「えっ、お見合いの時は一緒にいないの?」

 見合いに同席しないことを告げると、お嬢は一気に不安げな顔になった。何話せばいいのか分からない、とおろおろしている。
 まさか、見合い中の会話を俺に全振りするつもりだったのだろうか。
 見合いの意味わかってんのか?

「大人な話されたらどうしよう……」
「大人な話とは」
「ええ!? 政治の話とか? ねえ朱虎、日本の大統領って誰だっけ!?」

 駄目だ、今回の見合いはうまくいかない。始まる前から分かる。
 なんでこいつはこんなアホの子になっちまったんだ? 
 俺か? 俺のせいなのか?

「旦那様に良いかどうかってどこで判断したらいいの?」

 お嬢は俺の苦悩をよそに、きょとんとする顔を向けて来る。

「そいつに抱かれてもいいかどうか、じゃないですかね」
「……なっなななっ、何言ってんの朱虎!?」

 しれっと言うと、見る見るうちに顔が真っ赤になった。
 一応、男女のアレコレについては分かっているらしい。が、おそらくまだ自分とは関係のない、遠いファンタジーだとでも思ってるんだろう。
 そうだ、あれを渡しておくか。
 俺は手配しておいた箱を取り出して、お嬢へ差し出した。

「何それ」
「ペンダントです。どうぞ」
「えっ……開けていいの?」

 ふくれっ面が驚いた顔に代わり、箱を開けたとたんにパッと輝く。
 感情がそのまま顔に出るのは子どもの頃から変わらない。

「わあ……可愛い!」
 だろうな。
 正直、お嬢の趣味は本人より詳しく把握している。

「これ、今つけたい!」

 はしゃぐ声にペンダントを掬い上げると、お嬢はこちらへ頭を下げてきた。今日は垂らされている癖っ毛が柔らかく流れ、首筋が無防備にさらされる。
 その細い首が妙に白く見えて、一瞬ぎくりとした。
 いや、何うろたえてんだ俺。
 金色の鎖を首元に回すと、冷たかったのか「ひゃ」とくぐもった声が上がる。

「できましたよ」

 手を離すと、お嬢は顔を上げて自分の胸元を覗き込んだ。

「えへへ……似合う?」

 くすぐったそうな笑みに、俺もつられて口元が緩んでしまう。
 小さい頃から変わらない、この笑顔だけは可愛いと思う。
 いつもこんな風に笑っていたらいいのに。

「ええ」

 ……待てよ。今気づいたがこのワンピース、胸元が開きすぎている。
 ペンダント型にしたのは失敗だったか?
 今黒とかいう野郎がペンダントを見るふりをして覗き込むかもしれない。いや、やるだろう。事前資料で見た野郎はいかにもやりそうな顔をしていた。

「すごく可愛い……」

 俺の懸念など全然気づかず、お嬢は黄色い花を撫でている。危機感が無さ過ぎて怖い。
 俺は咳払いした。

「お嬢、その花ですが……何かあったら強く引っ張って下さい。チェーンから外れたら即鳴り出す防犯ブザーになってます」
「え?」
「それと、真ん中の黒い石を強く押すと、花弁の部分から催涙ガスが噴出します。自分に向けないよう気を付けてください」

 万が一、今黒の野郎が不適切な視線を注いできた場合のために、俺はペンダントの使い方を細かく説明した。

「何その機能……」
「いざという時のためです」

 実はいつもより高性能かつ広範囲をカバーする盗聴器とGPSも内蔵されているが、それは言う必要がないので黙っておく。
 これであの今黒とかいうドスケベ野郎が何か仕掛けて来ても安心だ。そう思ったのだが、何故かお嬢は見る見るうちにふくれっ面に戻ってさっさと車を降りてしまった。

「何拗ねてるんですか、お嬢」
「拗ねてない!」

 いや完全に拗ねてるだろ。
 今度は何だ、意味が分からん。

「さっさと行くよ、朱虎!」

 さっき「笑顔は可愛い」と思ったのを俺は深く後悔した。
 やっぱりこいつ、全っっ然、可愛くねえ。
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