ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

文字の大きさ
上 下
14 / 111

14. 抗争とかきわどいパンツとか

しおりを挟む
「飲み物持ってきたぞ~」 

 テーブルに置かれたグラスの下には、わざわざコースターまで敷いてくれている。

「そのままで飲めるか? ストローもあるけど」
「あ、ありがとう」
「なかなか気が利くな。婦女子を拉致監禁した極悪人のわりに」

 環の言葉に、グラスを持っていたミカはぎくりとした顔になった。

「ご、極悪人って言うな」
「私たちのようないたいけな女子高生をスタンガンで気絶させ、腕を縛って監禁しているではないか。下衆極まりない猛悪凶徒の所業だろう」
「ううっ」
「そうだそうだ! あたしのパンツまで覗いたでしょ、この変態!」
「チラッとしか見てねえよ!」

 怒鳴り返したミカは、がっくりと椅子に座り込んで頭を抱えた。

「あ~、最低だ。女さらうなんてだせえ真似、俺はやりたくなかったのに」
「そんなに嫌なら、なぜ私たちをさらったんだ」
「あっくんに命令されたんだよ。駐車場に女がいるから、拉致ってこいって」

 環がぴくりと顔をあげた。

「駐車場にいる女、と指定されたのか」
「だからそう言ってんだろ。けど行ったら二人いるし、とりあえず二人とも拉致るかって」

 そんな軽いノリでさらわないでほしい。

「君はこの子がどんな子かわかってさらったわけではないのか?」

 環があたしを示しながら言うと、ミカはきょとんとした顔になった。

「どんな子って?」
「志麻、教えてやれ」

 家のことを自分から口にするのは気が進まないけど、そうも言ってられない。
 それに、この状態で朱虎が来たら、たぶんこのミカもただでは済まないだろう。それは何となくかわいそうな気もする。
 なんかこの人、ちょっといい人っぽいし。

「えっと……うちのおじいちゃん、ヤクザの組長なの。雲竜組って言うんだけど」

 ミカはぱちぱちと何度か瞬いた。

「ヤクザの親分の娘? あんたが?」
「娘っていうか、孫だけど」

 ミカはしばらくあたしをじっと見つめた。その顔がだんだん赤くなっていって――唐突に笑い出した。

「ぶはははっ、なんだそれ! いや、ありえないだろ!」
「え、えええっ!? 何その反応!?」
「ないない、あんたみたいなボケッとした顔のガキがヤクザなんかと関わりあるわけねえ! それとも背中に刺青でもあんのか?」

 なんでみんなヤクザの娘=背中に刺青なんだ!? 

「ないけど、ウソじゃないってば! ホントにおじいちゃんがヤクザなの、あたしは!」
「妙な嘘つくなって。ヤクザの親分の娘なら、むしろそっちの女のほうがそれっぽいぜ」
「だ、だから……!」

 人生でこんなに一生懸命、自分の家のことを信じてもらおうとする時が来るなんて思いもよらなかった。
 しかも、全然信じてないし!

「……やっぱり背中に刺青あった方が良いのかな?」
「それは少し違うと思うぞ、志麻」

 馬鹿笑いするミカを眺めながら、あたしはタトゥーシールの導入を真剣に考えた。

「はー、笑った笑った」

 笑いすぎてにじんだ涙をふくと、ミカは立ち上がった。

「なんか、スゲー馬鹿らしくなってきた。腕出せよ、外してやるから」
「えっ!?」
「逃がしてやる」

 あたしはぽかんとしてミカを見上げた。

「い……いいの?」
「よくはねえけどよ……もういいや、やってらんねー」

 ミカは妙にすっきりした顔で笑った。

「お前がじーちゃんじーちゃん言うから思い出しちまった。お前らみてーなガキさらってヒデー目に合わせたら、田舎のじーちゃんに叱られちまうわ」

 あれ……あたし、そんな話してたっけ?

「思っていた展開とは少し違うが、結果オーライだな」
「そ、そうだね」

 環の言葉に、あたしは複雑な気持ちで頷いた。
 ミカはあたしの腕に巻かれたガムテープをはがしてくれた。結束バンドはまだついてるけど、だいぶ腕が楽になる。

「バンドの方は手じゃ無理だ。後でカッター探してくるから待ってろ」
「あ……ありがと」

 ミカはあたしの言葉に眉をしかめると、環のガムテープに取り掛かった。

「礼なんか言うな。俺もいい加減どっかでやめてーって思ってたんだ。いつまでもヤクザに関わってらんねーよ、ヤバすぎる」
「え、ヤクザ?」

 思わず反応すると、ミカは鼻で笑った。

「お前のごっこじゃねえって、本物の話」

 ……ムカつくなこいつ。

「ヤクザとつるんでんだよ、あっくん。俺らはその手伝いっつーか……まあ、間接的に」
「どこの組?」

 ミカは呆れたようにあたしを見た。

「聞いて分かるのか? 東雲会だよ」
「東雲会……」

 カッター探してくる、とミカはカウンターをあさりに行った。環が体を寄せてくる。

「あの鼻ピアスの良心のおかげで何とかなりそうだな」
「ホント、良かった。パンツ見られたのは許せないけど」
「不可抗力だ、許してやれ。何なら私が代わりにパンツ見せてやるぞ。今日はかなり際どいものを着用している」
「えっ、どんなの……っていいよ別に! な、何言ってんの、もう」
「冗談だ」
 
 どこまでが冗談なんだろう。際どいパンツってどんなの?
 あたしがどぎまぎしていると、環は真面目な声音になった。

「ところで、東雲会とやらは知っているのか」
「へっ? あ、うん、知ってる。ちょっと前におじいちゃんから聞いたよ」

 東雲会は近頃勢力を伸ばしてきているイケイケの組だ。少し前にうちの組ともめて、出張ったおじいちゃんが『あいつらとは話が合わねえ。好かん』って言ってたのを覚えている。

「もめたのは最近の話なのか」
「うん。斯波さんが何とか丸く収めて、大ごとにはならなかったの」

 環の顔が曇った。

「それはまずいな」
「え?」
「今、雲竜組と東雲会の間は火種がくすぶっている状態というわけだ。そこに君の誘拐という爆弾が投下されたら……下手をすると組同士の抗争になるぞ」
「え」

 抗争。
 そうなったら、多分先陣を切るのは組で一番の武闘派の朱虎だ。
 ひやっと胸が冷たくなった。

「やだ……そんなの困る!」
「幸い、あの鼻ピアスは東雲会と直接関係がなさそうだ」

 環はカウンターをごそごそやってるミカを見やった。

「ヤクザの事情にも詳しくないようだし、そもそも君の話をまるっきり信じていない。良かったな」
「う、うん」

 何だか微妙な気持ちになったが、あたしは頷いた。

「駄目だ、ねーわ」

 ミカが戻ってきた。

「君はナイフの一本も持ってないのか」
「あっくんなら持ってんだけどなあ。よく振り回すんだ、おっかねえよマジで」

 その時、ふいにドアが乱暴に開いた。ミカが跳ね上がって振り向く。
 短髪につなぎの男が入って来て、あたしと環を見て目を丸くした。

「おい、目が覚めてんじゃねえか! 何で呼びに来ねえんだよ!」

 何となく声に聞き覚えがある。多分、さっきミカと話してた人だ。その後ろから入ってきた人物を見て、ミカがぎくりと硬直した。

「あ、あっくん」 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

処理中です...