ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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8. 大統領とかペンダントとか

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「ねえ、このワンピース変じゃないかな」

 クーパーの助手席で、あたしは服の裾を引っ張った。あっという間にお見合いの日は来て、今は朱虎の運転する車で待ち合わせ場所に向かっている途中だ。
 おじいちゃんはドレスを着ろ、いや振袖を着ろとうるさかったけど、結局あたしが今着ているのはこの前バーゲンで買ったワンピースだ。メイクは軽めで、髪型は悩んだ挙句に無難なハーフアップでまとめた。
 お見合い相手は『構えないで、ちょっとデートするつもりで来て欲しい』と言ってくれたらしい。デートどころか休日に友達と出かけたことすらないあたしには、絶妙に難しいテーマだ。

「やっぱり、ピンクのスカートにしたらよかったかな? ねえ朱虎」
「いいんじゃないですか」
「メイク濃すぎ? 髪型もなんかうまくまとまってない気がするし……」
「大丈夫ですよ」
「ちょっと、こっち見てよ」
「運転中なんで無理です」

 こちらを見もせず素っ気なく返す朱虎にムッとしたところでスマホが鳴った。

《見合いは始まったか》

 環からのメッセージだ。昨日、部室で見合いの話をしたときには興味なさそうだったけど、一応話は聞いていたらしい。

《15時からだよ。今、お見合い場所に向かってるところ》

 あっという間に既読が付くと、メッセージが返ってきた。

《見合いというものはどこでやるものなんだ? やはり料亭か》

 あたしの頭の中に座敷で向かい合う図が浮かんだ。カポーン、と水を受けた竹が石を叩く。
 あの竹と石、なんて言うんだっけ。

《そんなカタそうな感じじゃないよ。駅前の、グランドホテルのラウンジでお茶するの》
《意外と気楽な感じなんだな。健闘を祈る》

 短いメッセージを読み終わる前に、今度は風間くんからメッセージが届いた。

《志麻センパイ、お見合いどう?》

 環と同じく気にしてくれてるみたいだ。

《まだ始まってないよ》
《なんだ。てか、見合い相手ってどんな奴?》

「お見合い相手……名前なんだっけ」
 あたしはおじいちゃんに貰った封筒から資料を引っ張り出した。
「ええと、今黒万里夫こんぐろまりお。27歳……会社をいくつか経営する実業家、か」
 同封してあった写真にはお洒落な格好をしたイケメンが写ってる。優しそうな笑顔は芸能人の誰かに似てる気がするけど、思い出せなかった。

《今黒さんっていう、会社経営してる人》
《スゲー! セレブ旦那じゃん! とりま今日は頑張って!》

 メッセージの後に「ふぁいと!」とねこが言ってるスタンプが送られてきた。

「セレブ旦那……?」

 あたしは改めて今黒さんの写真を眺めた。そうか、結婚するってことはこの人があたしの旦那様になるのか。何だかぴんと来ない。

「着きましたよ、お嬢」
「えっ? あ、うん」

 朱虎の言葉にあたしは慌てて顔を上げた。車はいつの間にかホテルの地下駐車場に止まっている。

「まだ少し時間はありますが……いいですか、お嬢。見合いの最中はくれぐれも失礼のないように」
「うん」
「目の前でスマホいじっちゃ駄目ですよ」
「分かってるってば」
「自分は先方にご挨拶した後は車に待機してますんで、何かあれば連絡をください」
「えっ、お見合いの時って朱虎は一緒にいないの?」

 あたしがびっくりすると、朱虎は肩をすくめた。

「そりゃそうですよ、見合いですから」
「ええ~、ちょっと離れた席にいちゃ駄目?」
「相手さんはカタギなんで、あまり目立ないようにしねえと悪いですよ」

 確かに、朱虎は目立つ。ザ・ヤクザ的な意味で目立ちまくる。
 でも、朱虎が傍に居ないとなると、何だか落ち着かない。

「どうしよ……な、何話せばいいのかな」
「相手がリードしてくれますよ」
「えーだって10歳も年上で会社とか経営してる人だよ!? 大人な話されたらどうしよう!?」
「……大人な話とは」
「ええ!? 政治の話とか? ねえ朱虎、日本の大統領って誰だっけ!?」
「日本に大統領はいません」
 
 朱虎は息を吐いた。

「そもそも見合いの最中に政治談議するような奴ァ、お嬢には合いませんよ。難しい話振られたら、適当に流して断っちまいなさい」
「え、断ってもいいんだ」
「見合いってのは、お嬢が旦那にしてもいいかどうか見定める場ですからね」
「あ、そっか。でもさ、旦那様に良いかどうかってどこで判断したらいいの?」
「そいつに抱かれてもいいかどうか、じゃないですかね」
「抱く? ……」

 朱虎がさらりと言った台詞の意味を遅れて理解して、あたしは真っ赤になった。

「なっなななっ、何言ってんの朱虎!? それセクハラ! セクシャルなハラスメントだよ!」
「お嬢のわりに難しい言葉知ってますね」
「それ全然誉めてないし! もう! 朱虎のバカ!」

 朱虎は小さく笑った。何かムカつく。

「まあ、心配しなくても相手から断られるって可能性も大いにありますから、お嬢の場合」
「ちょっと!」
「気楽にいけばいいってことですよ。あ、それとこれを」

 懐に手を入れた朱虎が、どこに入れてたのか細長い箱を差し出してきた。

「何それ」
「ペンダントです。どうぞ」
「……え」

 ふくれていたところに不意打ちを食らった気分。あたしはおずおずと箱を受け取った。

「あ、開けていいの?」
「ええ」

 中に入っていたのは、大ぶりな黄色い花のペンダントだった。華やかなペンダントトップの中心には、黒く光る石がはめ込んである。

「わあ……可愛い!」
「気に入っていただけましたか」
「うん! これ、今つけたい!」

 朱虎は返事の代わりに箱からペンダントを掬い上げると、こちらに身を屈めてきた。
 金属がこすれる音がして、首元に冷たい物が触れる。

「ひゃ」
「じっとして」

 低い声が耳に響いて、煙草の香りが鼻をくすぐった。
 そういえば今黒さんは煙草を吸う人なんだろうか。
 朱虎が身を起こす。あたしは胸元の花を見つめた。

「えへへ……似合う?」
「ええ」

 薄く笑んだ朱虎が頷く。何だかふわふわした気分で、あたしは胸元の花を撫でた。

「すごく可愛い。これ、朱虎が選んだの?」
「ええ。特別オーダーで」
「特別オーダー……」

 どうしよう。なんかすごくむずむずする。

「その花ですが」

 朱虎は黄色の花を指さした。

「何かあったら強く引っ張って下さい。チェーンから外れたら即鳴り出す防犯ブザーになってます」
「……え?」
「それと、真ん中の黒い石を強く押すと、花弁の部分から催涙ガスが噴出します。自分に向けないよう気を付けてください」
「何その機能!?」
「いざという時のためです」
「……あ、そう」

 一気に冷めて、あたしは車を降りた。

「何拗ねてるんですか、お嬢」
「拗ねてない! さっさと行くよ、朱虎!」
 


《環センパイ、俺、志麻センパイの見合い相手情報ゲットしたよ。実業家だってさ》
《奇遇だな。私は見合いの場所と時間を仕入れた。駅前のグランドホテルで15時からだ》
《マ? てか環センパイ、ヤクザと実業家の見合いってメチャ気にならん? 俺マジ気になる》
《私は今ホテルに向かっているが》
《さすが環センパイ! お供しまっす》
《14:45集合。変装してこい》
《りょ! 速攻行くわ》
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