ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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6. 愛人とか鬼銀とか

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「おう志麻、来たか! 待ってたぞ」

 病室に入ると、ベッドで身を起こしていたおじいちゃんがこっちを見て顔を輝かせた。短く刈り込んだ白髪頭に、七十を越えてるとは思えないほど引き締まった体格。額には古い大きな傷跡が走っている。

「あのさおじいちゃん! さっきの……」
「こっち来い、志麻。ほれ」

 あたしを手招く腕には、点滴の管が繋がっている。あたしは一つため息をつくと、ベッドわきの椅子に腰かけた。
 なんだかんだいっても、やっぱり心配だ。

「突然倒れるなんてすごく心配したんだからね。具合はどう?」
「んなことより志麻。お前ェ、男の一人や二人いるのか」
「……は!?」

 湿っぽい気分が吹っ飛んだ。

「な、何聞いてんのいきなり!?」
「お前ェがそんな色気もクソもねぇ格好してっからじゃねぇか。なんだその恰好は」

 おじいちゃんは思い切り顔をしかめてあたしを眺めた。

「こ、これはいろいろと事情があるの!」
「知ったことかよ、お前ェせっかくの別嬪が台無しじゃねえか。おい朱虎!」
「はい」

 おじいちゃんは入り口の傍に立っていた朱虎へじろりと視線をやった。

「朱虎、どうだ。志麻にいい男はいるのか」
「居てもいいんですか」
「良いわけねぇだろうがボケが。何のためにお前ェをつけてると思ってんだ。志麻に近づく野郎は全員ぶっ殺せ」
「分かりました」
「何それ!? あたしに恋人がいて欲しいの欲しくないの、どっちなの!?」
「朱虎にぶっ殺されるような馬の骨なんぞにやるほど、俺の孫は安かねェ」

 朱虎は組一番の武闘派だ。勝てる男って、その辺にいるのか?

「いいか志麻、お前ェは志野譲りの器量良しなんだ。ちったあ洒落っ気だしたらどうでい」

 志野はあたしが産まれる前に亡くなったおばあちゃんの名前だ。

「いいか志麻、女ってのは……」
「さっきすごく綺麗な人たちが出てったよね、あの人たち何」

 イラっとして言ってしまった。
 おじいちゃんはギクリとした顔になって顎をかいた。

「ああ? あれはお前ェ……看護婦だよ。やたら派手な化粧でよ」
「ドレスや着物の看護婦? へぇ~」

 あたしがじとっとした目を向けると、おじいちゃんは慌てたように手を振った。

「まあいいじゃねえか、な! んなことより志麻、悪かったな」
「何が」
「心配かけてよ。学校まで抜けさせちまって」

 あたしは口を尖らせた。

「ほんとだよ。おじいちゃん、最近ずっと家に帰ってきてないじゃない。そんなに忙しいの?」
「まァな。近頃は仁義のイロハも知らねェ若ェのや外人野郎どもがすぐにのさばろうとして来やがるからよ」

 おじいちゃんは昔、かなり派手に暴れてて、今でも『鬼銀』とか呼ばれて有名人らしい。その名前を頼っていろんな人が相談に来たり、もめごとの仲裁を頼まれることも多いんだとか。
 まあ、さっきのバリエーション豊かな愛人さんたちを見ると、忙しいのはそれだけじゃない気もするけど。

「まあよ、せっかく来たんだ。何かうまいもんでも食いに行くか。おい斯波、とっとと帰る用意しろや」

 斯波さんが困った顔になる。

「まだ検査が済んでませんよ、オヤジ。今日は病院に泊まりです」
「ああ? 冗談じゃねェ、今日は志麻とメシ食いに行く約束してんだよ。お前ェ邪魔しようってのか」
「いえ、そんな……しかし」
「大体俺ァ、病院なんざ大っ嫌ェなんだよ。辛気臭ェったらありゃしねえ、長居なんぞしてたまるかってんだ」
「駄目だよおじいちゃん!」

 浴衣姿のまま立ち上がろうとするおじいちゃんを慌てて止める。

「ちゃんと診てもらって! おじいちゃんに何かあったら、あたし……」

 お母さんは天涯孤独で、ヤクザの息子のお父さんと結婚した。二人がいない今、あたしと血のつながってる家族はおじいちゃんだけだ。
 あたしが睨んでいると、おじいちゃんは顔をしかめてベッドに腰を下ろした。

「あーあー、分かったよ仕方ねェな。泊まりゃいいんだろ」
「オヤジ」

 斯波さんがほっとしたように息を吐く。

「ったく。なんてこたねェんだ、心配するんじゃねぇよ志麻。俺ァ、お前ェの花嫁姿を見るまでは死なねえって決めてんだからよ」

 あたしの花嫁姿を見るまで死なない、はおじいちゃんの口癖だけど、今はちょっとズキリとする。
 彼氏すらできたことないけど、あたし、いつかは結婚できるんだろうか……おじいちゃんに不老不死になってもらわなきゃ無理な気がする。

「お嬢。そろそろ学校に戻りますか」
「あ……そうだね」

 朱虎に促されて、あたしは立ち上がった。

「何だもう行くのか。明日も来るんだろ」
「はいはい、分かったから。大人しくしててよ、おじいちゃん」

 病室を出ると、斯波さんが手を合わせてきた。

「いやー、ありがとう! 助かったよ、オヤジが言うこと聞くのは志麻ちゃんだけだから」
「ごめんね斯波さん。おじいちゃん、ワガママばっかりで」
「ははは。それじゃ、志麻ちゃんも気を付けて学校に戻ってね」

 にっこり笑った斯波さんは、やっぱり全然ヤクザになんか見えなかった。
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