6 / 111
6. 愛人とか鬼銀とか
しおりを挟む
「おう志麻、来たか! 待ってたぞ」
病室に入ると、ベッドで身を起こしていたおじいちゃんがこっちを見て顔を輝かせた。短く刈り込んだ白髪頭に、七十を越えてるとは思えないほど引き締まった体格。額には古い大きな傷跡が走っている。
「あのさおじいちゃん! さっきの……」
「こっち来い、志麻。ほれ」
あたしを手招く腕には、点滴の管が繋がっている。あたしは一つため息をつくと、ベッドわきの椅子に腰かけた。
なんだかんだいっても、やっぱり心配だ。
「突然倒れるなんてすごく心配したんだからね。具合はどう?」
「んなことより志麻。お前ェ、男の一人や二人いるのか」
「……は!?」
湿っぽい気分が吹っ飛んだ。
「な、何聞いてんのいきなり!?」
「お前ェがそんな色気もクソもねぇ格好してっからじゃねぇか。なんだその恰好は」
おじいちゃんは思い切り顔をしかめてあたしを眺めた。
「こ、これはいろいろと事情があるの!」
「知ったことかよ、お前ェせっかくの別嬪が台無しじゃねえか。おい朱虎!」
「はい」
おじいちゃんは入り口の傍に立っていた朱虎へじろりと視線をやった。
「朱虎、どうだ。志麻にいい男はいるのか」
「居てもいいんですか」
「良いわけねぇだろうがボケが。何のためにお前ェをつけてると思ってんだ。志麻に近づく野郎は全員ぶっ殺せ」
「分かりました」
「何それ!? あたしに恋人がいて欲しいの欲しくないの、どっちなの!?」
「朱虎にぶっ殺されるような馬の骨なんぞにやるほど、俺の孫は安かねェ」
朱虎は組一番の武闘派だ。勝てる男って、その辺にいるのか?
「いいか志麻、お前ェは志野譲りの器量良しなんだ。ちったあ洒落っ気だしたらどうでい」
志野はあたしが産まれる前に亡くなったおばあちゃんの名前だ。
「いいか志麻、女ってのは……」
「さっきすごく綺麗な人たちが出てったよね、あの人たち何」
イラっとして言ってしまった。
おじいちゃんはギクリとした顔になって顎をかいた。
「ああ? あれはお前ェ……看護婦だよ。やたら派手な化粧でよ」
「ドレスや着物の看護婦? へぇ~」
あたしがじとっとした目を向けると、おじいちゃんは慌てたように手を振った。
「まあいいじゃねえか、な! んなことより志麻、悪かったな」
「何が」
「心配かけてよ。学校まで抜けさせちまって」
あたしは口を尖らせた。
「ほんとだよ。おじいちゃん、最近ずっと家に帰ってきてないじゃない。そんなに忙しいの?」
「まァな。近頃は仁義のイロハも知らねェ若ェのや外人野郎どもがすぐにのさばろうとして来やがるからよ」
おじいちゃんは昔、かなり派手に暴れてて、今でも『鬼銀』とか呼ばれて有名人らしい。その名前を頼っていろんな人が相談に来たり、もめごとの仲裁を頼まれることも多いんだとか。
まあ、さっきのバリエーション豊かな愛人さんたちを見ると、忙しいのはそれだけじゃない気もするけど。
「まあよ、せっかく来たんだ。何かうまいもんでも食いに行くか。おい斯波、とっとと帰る用意しろや」
斯波さんが困った顔になる。
「まだ検査が済んでませんよ、オヤジ。今日は病院に泊まりです」
「ああ? 冗談じゃねェ、今日は志麻とメシ食いに行く約束してんだよ。お前ェ邪魔しようってのか」
「いえ、そんな……しかし」
「大体俺ァ、病院なんざ大っ嫌ェなんだよ。辛気臭ェったらありゃしねえ、長居なんぞしてたまるかってんだ」
「駄目だよおじいちゃん!」
浴衣姿のまま立ち上がろうとするおじいちゃんを慌てて止める。
「ちゃんと診てもらって! おじいちゃんに何かあったら、あたし……」
お母さんは天涯孤独で、ヤクザの息子のお父さんと結婚した。二人がいない今、あたしと血のつながってる家族はおじいちゃんだけだ。
あたしが睨んでいると、おじいちゃんは顔をしかめてベッドに腰を下ろした。
「あーあー、分かったよ仕方ねェな。泊まりゃいいんだろ」
「オヤジ」
斯波さんがほっとしたように息を吐く。
「ったく。なんてこたねェんだ、心配するんじゃねぇよ志麻。俺ァ、お前ェの花嫁姿を見るまでは死なねえって決めてんだからよ」
あたしの花嫁姿を見るまで死なない、はおじいちゃんの口癖だけど、今はちょっとズキリとする。
彼氏すらできたことないけど、あたし、いつかは結婚できるんだろうか……おじいちゃんに不老不死になってもらわなきゃ無理な気がする。
「お嬢。そろそろ学校に戻りますか」
「あ……そうだね」
朱虎に促されて、あたしは立ち上がった。
「何だもう行くのか。明日も来るんだろ」
「はいはい、分かったから。大人しくしててよ、おじいちゃん」
病室を出ると、斯波さんが手を合わせてきた。
「いやー、ありがとう! 助かったよ、オヤジが言うこと聞くのは志麻ちゃんだけだから」
「ごめんね斯波さん。おじいちゃん、ワガママばっかりで」
「ははは。それじゃ、志麻ちゃんも気を付けて学校に戻ってね」
にっこり笑った斯波さんは、やっぱり全然ヤクザになんか見えなかった。
病室に入ると、ベッドで身を起こしていたおじいちゃんがこっちを見て顔を輝かせた。短く刈り込んだ白髪頭に、七十を越えてるとは思えないほど引き締まった体格。額には古い大きな傷跡が走っている。
「あのさおじいちゃん! さっきの……」
「こっち来い、志麻。ほれ」
あたしを手招く腕には、点滴の管が繋がっている。あたしは一つため息をつくと、ベッドわきの椅子に腰かけた。
なんだかんだいっても、やっぱり心配だ。
「突然倒れるなんてすごく心配したんだからね。具合はどう?」
「んなことより志麻。お前ェ、男の一人や二人いるのか」
「……は!?」
湿っぽい気分が吹っ飛んだ。
「な、何聞いてんのいきなり!?」
「お前ェがそんな色気もクソもねぇ格好してっからじゃねぇか。なんだその恰好は」
おじいちゃんは思い切り顔をしかめてあたしを眺めた。
「こ、これはいろいろと事情があるの!」
「知ったことかよ、お前ェせっかくの別嬪が台無しじゃねえか。おい朱虎!」
「はい」
おじいちゃんは入り口の傍に立っていた朱虎へじろりと視線をやった。
「朱虎、どうだ。志麻にいい男はいるのか」
「居てもいいんですか」
「良いわけねぇだろうがボケが。何のためにお前ェをつけてると思ってんだ。志麻に近づく野郎は全員ぶっ殺せ」
「分かりました」
「何それ!? あたしに恋人がいて欲しいの欲しくないの、どっちなの!?」
「朱虎にぶっ殺されるような馬の骨なんぞにやるほど、俺の孫は安かねェ」
朱虎は組一番の武闘派だ。勝てる男って、その辺にいるのか?
「いいか志麻、お前ェは志野譲りの器量良しなんだ。ちったあ洒落っ気だしたらどうでい」
志野はあたしが産まれる前に亡くなったおばあちゃんの名前だ。
「いいか志麻、女ってのは……」
「さっきすごく綺麗な人たちが出てったよね、あの人たち何」
イラっとして言ってしまった。
おじいちゃんはギクリとした顔になって顎をかいた。
「ああ? あれはお前ェ……看護婦だよ。やたら派手な化粧でよ」
「ドレスや着物の看護婦? へぇ~」
あたしがじとっとした目を向けると、おじいちゃんは慌てたように手を振った。
「まあいいじゃねえか、な! んなことより志麻、悪かったな」
「何が」
「心配かけてよ。学校まで抜けさせちまって」
あたしは口を尖らせた。
「ほんとだよ。おじいちゃん、最近ずっと家に帰ってきてないじゃない。そんなに忙しいの?」
「まァな。近頃は仁義のイロハも知らねェ若ェのや外人野郎どもがすぐにのさばろうとして来やがるからよ」
おじいちゃんは昔、かなり派手に暴れてて、今でも『鬼銀』とか呼ばれて有名人らしい。その名前を頼っていろんな人が相談に来たり、もめごとの仲裁を頼まれることも多いんだとか。
まあ、さっきのバリエーション豊かな愛人さんたちを見ると、忙しいのはそれだけじゃない気もするけど。
「まあよ、せっかく来たんだ。何かうまいもんでも食いに行くか。おい斯波、とっとと帰る用意しろや」
斯波さんが困った顔になる。
「まだ検査が済んでませんよ、オヤジ。今日は病院に泊まりです」
「ああ? 冗談じゃねェ、今日は志麻とメシ食いに行く約束してんだよ。お前ェ邪魔しようってのか」
「いえ、そんな……しかし」
「大体俺ァ、病院なんざ大っ嫌ェなんだよ。辛気臭ェったらありゃしねえ、長居なんぞしてたまるかってんだ」
「駄目だよおじいちゃん!」
浴衣姿のまま立ち上がろうとするおじいちゃんを慌てて止める。
「ちゃんと診てもらって! おじいちゃんに何かあったら、あたし……」
お母さんは天涯孤独で、ヤクザの息子のお父さんと結婚した。二人がいない今、あたしと血のつながってる家族はおじいちゃんだけだ。
あたしが睨んでいると、おじいちゃんは顔をしかめてベッドに腰を下ろした。
「あーあー、分かったよ仕方ねェな。泊まりゃいいんだろ」
「オヤジ」
斯波さんがほっとしたように息を吐く。
「ったく。なんてこたねェんだ、心配するんじゃねぇよ志麻。俺ァ、お前ェの花嫁姿を見るまでは死なねえって決めてんだからよ」
あたしの花嫁姿を見るまで死なない、はおじいちゃんの口癖だけど、今はちょっとズキリとする。
彼氏すらできたことないけど、あたし、いつかは結婚できるんだろうか……おじいちゃんに不老不死になってもらわなきゃ無理な気がする。
「お嬢。そろそろ学校に戻りますか」
「あ……そうだね」
朱虎に促されて、あたしは立ち上がった。
「何だもう行くのか。明日も来るんだろ」
「はいはい、分かったから。大人しくしててよ、おじいちゃん」
病室を出ると、斯波さんが手を合わせてきた。
「いやー、ありがとう! 助かったよ、オヤジが言うこと聞くのは志麻ちゃんだけだから」
「ごめんね斯波さん。おじいちゃん、ワガママばっかりで」
「ははは。それじゃ、志麻ちゃんも気を付けて学校に戻ってね」
にっこり笑った斯波さんは、やっぱり全然ヤクザになんか見えなかった。
0
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿

お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる