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4.噂とかニンジンとか
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手を振る風間君を尻目に、車が動き出す。
ハンドルを操りながら、朱虎がちらりとこっちを見た。
「何かあったんですか」
「ん~……まあ、あったっていうか」
サングラスを外した朱虎は彫りの深い、日本人離れした顔立ちをしている。風間君の言うとおりイケメンの類に入るとは思うんだけど、それ以前に纏っている雰囲気が威圧感たっぷりだ。
「朱虎って確か、背中に虎の刺青入れてたよね」
「ええ」
「だよね、いかにも入れてそうだもん」
「ヤクザですからね。それがどうかしましたか」
「あたしも、背中に刺青入れてそうに見える?」
車が大きく揺れた。
「うわっ!?」
「おっと、失礼」
朱虎は手早くハンドルを切り直した。
「スミ入れてぇなら自分は反対ですよ、お嬢」
「誰が入れたがってるって言ったよ! じゃなくて……そう聞かれたの、学校で」
「はい?」
朱虎の声がワントーン下がった。
「何ですかそれ。誰が言ったんです」
「ん~、クラスの男子。放課後に声かけられてさ、てっきりこ……」
あたしは危ういところで言葉を飲み込んだ。告白されるかと思った、なんてさすが
に恥ずかしすぎる勘違いで言えない。
「こ?」
「な、何でもない! とにかく、すぐ否定はしたんだけど……焦っちゃってダメダメだった。多分信じられてない」
「……ははあ」
いかにも興味なさげな相槌に力が抜けそうになる。
「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」
「まあ、一応」
「自分から聞いたくせに『一応』って」
「予想以上にくだらない内容でしたから」
「は!? 酷くないそれ!?」
車が角を曲がる。あたしは斜めに揺れながら朱虎を睨んだけど、前を見つめる朱虎はしれっとしていた。
いつもそうだ。朱虎は飄々としていて、どんな時も焦ったり苛立ったりすることはないけど言うことに容赦がない。
朱虎はあたしが五歳の頃からの世話係だ。肩書は雲竜組の舎弟頭だけど、基本的にはずっとあたしの傍に居て面倒を見てる。発表会や授業参観、入学式や卒業式もおじいちゃんが来られないときは朱虎が来てたから、小さい頃は朱虎を実の兄だと信じ込んでいたほどだ。
「愛人はない、愛人は」
「はい?」
「何でもない。……あーあ、明日学校行きたくないなあ」
月城くんは友達が多い。明日になったら噂がどれだけ広まっているのか、考えるのも嫌だった。
「サボりは駄目ですよ」
「サボりとかじゃなくて! 噂とか……あーもう! やっぱり、勇気出して脱いで直接背中見せればよかった!」
「正気ですか。そんな勇気出さんでいいです」
高い塀が続く純和風な門が見えてきた。門柱には『雲竜組』と書かれた看板が掛けられている。
「おじいちゃんは?」
「会合で遅くなるそうです」
「また? 最近飲み過ぎじゃない、年なんだからさあ」
門の前を掃除してた組員がこっちに気付いて門を開けてくれた。
「明日は早く帰るから、食事に行こうと仰ってました。好きな店を選んでおけ、だそうです」
「ホント?」
落ち込んでた気分が少し明るくなった。久しぶりにおじいちゃんとデートだ。巷では「鬼の銀蔵」とか呼ばれて恐れられてるらしいけど、おじいちゃんはあたしには甘々だし、話が面白いから一緒にいるとすごく楽しい。
車は門をくぐり、玄関の前に滑り込んで停まった。
「着きましたよ」
あたしはのろのろと車を降りた。ドアを閉めると、朱虎がもう一度車のエンジンを入れる。
「お嬢、すみませんが自分はちょっと出てきます」
「え? 出るって、何か用事?」
朱虎はサングラスをかけ直しながら頷いた。
「ええ、まあ」
「ええっ、英語の課題が沢山出てるんだけど!」
「一人でどうぞ」
「無理! 今日は特に無理、手伝って」
朱虎が窓越しにじろりとこっちを睨む。これは、ただでは無理な空気だ。
しばらくにらみ合った後で、あたしはしぶしぶ妥協案を提示した。
「分かった、今夜の夕食は全部食べる。……野菜も」
「ニンジンも?」
「に、ニンジンも。だからお願い!」
朱虎は小さくため息をついた。
「仕方ないですね。約束ですよ」
「やった! 早く戻って来てね」
あたしはほっとした。数学の次は英語の補習、なんて嫌すぎる。
「……あまり気にしないことです」
「え?」
ついでみたいに投げられた言葉に、あたしは瞬いた。
「刺青とやらはちゃんと否定したんでしょう。噂になんざなりゃしませんって」
「そうかな」
「誰もお嬢のことをいちいち噂するほど暇人じゃありません。だから明日も学校に行ってください。いいですね」
「……分かった」
いまいち引っかかる気がしたけど、あたしは頷いた。朱虎は軽く唇の端だけで笑った。
「じゃ、すぐ戻ります。帰ったらチェックしますからね」
「はあい、いってらっしゃい!」
車が出ていくのを見送ると、あたしは急いで家の中に駆け込んだ。
朱虎が戻るまでに、代わりにニンジンを食べてくれる人を捕まえなければならないからだ。
「――あんたが月城守也か?」
「え? そうですけど、なに……ひっ!? や、ヤクザ!?」
「うちのお嬢の背中に刺青があるとかほざいてたそうですね」
「あっ、そ、それはちょっとした興味っていうか、ほ、本気ってわけじゃ」
「あ?」
「すすすすすみません!ごめんなさい、許してください!!」
「まあまあ……ここじゃなんだから。ちょっとあっちで話しましょうか」
「え、いやちょ、ちょっと、あの」
「手早くいこうぜ。こちとら、時間がねえんだ。英語の課題があるもんでね」
「ゆ、許してください! 許し……た、助けて! 助けてぇええ!」
ハンドルを操りながら、朱虎がちらりとこっちを見た。
「何かあったんですか」
「ん~……まあ、あったっていうか」
サングラスを外した朱虎は彫りの深い、日本人離れした顔立ちをしている。風間君の言うとおりイケメンの類に入るとは思うんだけど、それ以前に纏っている雰囲気が威圧感たっぷりだ。
「朱虎って確か、背中に虎の刺青入れてたよね」
「ええ」
「だよね、いかにも入れてそうだもん」
「ヤクザですからね。それがどうかしましたか」
「あたしも、背中に刺青入れてそうに見える?」
車が大きく揺れた。
「うわっ!?」
「おっと、失礼」
朱虎は手早くハンドルを切り直した。
「スミ入れてぇなら自分は反対ですよ、お嬢」
「誰が入れたがってるって言ったよ! じゃなくて……そう聞かれたの、学校で」
「はい?」
朱虎の声がワントーン下がった。
「何ですかそれ。誰が言ったんです」
「ん~、クラスの男子。放課後に声かけられてさ、てっきりこ……」
あたしは危ういところで言葉を飲み込んだ。告白されるかと思った、なんてさすが
に恥ずかしすぎる勘違いで言えない。
「こ?」
「な、何でもない! とにかく、すぐ否定はしたんだけど……焦っちゃってダメダメだった。多分信じられてない」
「……ははあ」
いかにも興味なさげな相槌に力が抜けそうになる。
「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」
「まあ、一応」
「自分から聞いたくせに『一応』って」
「予想以上にくだらない内容でしたから」
「は!? 酷くないそれ!?」
車が角を曲がる。あたしは斜めに揺れながら朱虎を睨んだけど、前を見つめる朱虎はしれっとしていた。
いつもそうだ。朱虎は飄々としていて、どんな時も焦ったり苛立ったりすることはないけど言うことに容赦がない。
朱虎はあたしが五歳の頃からの世話係だ。肩書は雲竜組の舎弟頭だけど、基本的にはずっとあたしの傍に居て面倒を見てる。発表会や授業参観、入学式や卒業式もおじいちゃんが来られないときは朱虎が来てたから、小さい頃は朱虎を実の兄だと信じ込んでいたほどだ。
「愛人はない、愛人は」
「はい?」
「何でもない。……あーあ、明日学校行きたくないなあ」
月城くんは友達が多い。明日になったら噂がどれだけ広まっているのか、考えるのも嫌だった。
「サボりは駄目ですよ」
「サボりとかじゃなくて! 噂とか……あーもう! やっぱり、勇気出して脱いで直接背中見せればよかった!」
「正気ですか。そんな勇気出さんでいいです」
高い塀が続く純和風な門が見えてきた。門柱には『雲竜組』と書かれた看板が掛けられている。
「おじいちゃんは?」
「会合で遅くなるそうです」
「また? 最近飲み過ぎじゃない、年なんだからさあ」
門の前を掃除してた組員がこっちに気付いて門を開けてくれた。
「明日は早く帰るから、食事に行こうと仰ってました。好きな店を選んでおけ、だそうです」
「ホント?」
落ち込んでた気分が少し明るくなった。久しぶりにおじいちゃんとデートだ。巷では「鬼の銀蔵」とか呼ばれて恐れられてるらしいけど、おじいちゃんはあたしには甘々だし、話が面白いから一緒にいるとすごく楽しい。
車は門をくぐり、玄関の前に滑り込んで停まった。
「着きましたよ」
あたしはのろのろと車を降りた。ドアを閉めると、朱虎がもう一度車のエンジンを入れる。
「お嬢、すみませんが自分はちょっと出てきます」
「え? 出るって、何か用事?」
朱虎はサングラスをかけ直しながら頷いた。
「ええ、まあ」
「ええっ、英語の課題が沢山出てるんだけど!」
「一人でどうぞ」
「無理! 今日は特に無理、手伝って」
朱虎が窓越しにじろりとこっちを睨む。これは、ただでは無理な空気だ。
しばらくにらみ合った後で、あたしはしぶしぶ妥協案を提示した。
「分かった、今夜の夕食は全部食べる。……野菜も」
「ニンジンも?」
「に、ニンジンも。だからお願い!」
朱虎は小さくため息をついた。
「仕方ないですね。約束ですよ」
「やった! 早く戻って来てね」
あたしはほっとした。数学の次は英語の補習、なんて嫌すぎる。
「……あまり気にしないことです」
「え?」
ついでみたいに投げられた言葉に、あたしは瞬いた。
「刺青とやらはちゃんと否定したんでしょう。噂になんざなりゃしませんって」
「そうかな」
「誰もお嬢のことをいちいち噂するほど暇人じゃありません。だから明日も学校に行ってください。いいですね」
「……分かった」
いまいち引っかかる気がしたけど、あたしは頷いた。朱虎は軽く唇の端だけで笑った。
「じゃ、すぐ戻ります。帰ったらチェックしますからね」
「はあい、いってらっしゃい!」
車が出ていくのを見送ると、あたしは急いで家の中に駆け込んだ。
朱虎が戻るまでに、代わりにニンジンを食べてくれる人を捕まえなければならないからだ。
「――あんたが月城守也か?」
「え? そうですけど、なに……ひっ!? や、ヤクザ!?」
「うちのお嬢の背中に刺青があるとかほざいてたそうですね」
「あっ、そ、それはちょっとした興味っていうか、ほ、本気ってわけじゃ」
「あ?」
「すすすすすみません!ごめんなさい、許してください!!」
「まあまあ……ここじゃなんだから。ちょっとあっちで話しましょうか」
「え、いやちょ、ちょっと、あの」
「手早くいこうぜ。こちとら、時間がねえんだ。英語の課題があるもんでね」
「ゆ、許してください! 許し……た、助けて! 助けてぇええ!」
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